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【5】









「よく来たな」


 宮殿でミレーヌたちを待ち構えていたのは、ジスランだった。騎兵隊の正規の軍服を着ている。盛装なのだと思うが、よく似合っていた。彼は背は低いが、男前ではある。

「なんで出迎えが君なんだ」

 エリゼが笑顔で文句を言っている。ジスランはいらっとしたような表情を下。

「シャルもマリアンヌ様も不用意には動かせん。わかっているだろ」

「わかってるよ。言ってみただけ」

 ジスランはけろっとそんなことを言うエリゼに舌打ちしたが、一応案内はしてくれるようだ。

「お前たちには悪いな。シャルの思い付きに巻き込んで」

「……やっぱり言いだしたのはメートルなんですね……」

 ユーリが息を吐いて言った。

「あの女、何を考えているのかさっぱりわからん」

「失礼ですけどジスラン様。それなのに何故、メートルと結婚されたので?」

 ユーリが尋ねた。ジスランがふっと鼻で笑う。

「ユーリ、前にも同じことを尋ねたな」

「そうでしたっけ?」

 ユーリが首をかしげる。本当に覚えていないのだろう。エリゼが笑って「度胸あるね~」などとからかっている。


「フィリドール大佐」


 耳慣れない名で呼ばれたのはジスランだ。まあ、ミレーヌが耳慣れないだけで、宮殿では彼はその名で通っているのだろう。

「ドゥメール侯爵。シャルロットは執務室に?」

「ああ。様子を見てくるといい……と、グランジェ君、久しぶりだな」

 誰だそれ、と思ったが、エリゼのファミリーネームだ。いつもと違う場所に来ると、違う見方があってちょっと戸惑う。

「お久しぶりです、侯爵。いろいろとお世話になりまして」

 エリゼが相変わらずニコニコと言うと、ドゥメール侯爵は「相変わらずだなぁ」としみじみと言った。

「相変わらずのマイペースで、何故か安心した。何、君よりもシャルロット嬢の方が破天荒でな。苦労させられたのはそちらだから、気にすることはない」

 と、おおらかなのか判断に困ることを言った。ただ、ため息のつき方からシャルロットは本当に迷惑をかけたのだろうなぁと想像することしかできない。

「それで、そちらのお嬢さんと少年は初めて見るな」

「ああ……こっちの娘は、以前、フェリシアン・ボーマルシェに巻き込まれたかわいそうな子だ」

「それは災難だったな。あの男はやる気のないシャルロット嬢よりも過激だからな」

「はあ……」

 本気で同情されているようで、ミレーヌは反応に困った。

「こいつは今、うちで預かってる従者見習いだ。この子、ミレーヌの弟でもある」

「相変わらずいろんなものを拾ってくるなぁ、あの娘は」

「ユーリも拾って来たしね」

 エリゼが口をはさんだが、それに対してユーリが反論する。


「違いますよ。買われたんです」

「……こだわるよね、ユーリも」


 何をそんなにこだわっているのかわからないけど。

「一時間もしたら、公演が始まる。私は途中からしか行けないが、楽しんできたまえ」

「ありがとうございます」

 ドゥメール侯爵と別れ、ミレーヌたちは内務省の長官室に向かった。中にはシャルロットがいた。休憩中なのかわからないが、深い緑色のドレスを纏う彼女は、確かに『女公爵』だった。


「あら、いらっしゃい。結局、ミレーヌも来たのね」


 ニコリと笑った彼女は、お茶でも出そうと思ったのか、長官席から立ち上がった。それを見たジスランが彼女に向かって手をあげる。

「いい。お前は座っていろ。俺がやる」

「……ねえ、みんな、わたくしに気を使いすぎではなくて? ちょっと動いたくらいじゃ死にはしないわよ」

「俺がそうしたいだけだ。黙って座ってろ。あと、お前は白湯だ」

「ねえジスラン。わたくし、あなたのそういうところ好きよ」

 このやり取り、何回か見た。ミレーヌが慣れてくるくらいには見た。アランはよくわからないようで首をかしげているが。

「子供の前で盛大に惚気ないでくださいよ。ジスラン様も座ってください。アラン、手伝って」

「わかった」

 ユーリがアランを連れて小さなキッチンに向かう。ジスランとエリゼは応接用のソファに遠慮なく腰掛けるが、ミレーヌはためらった。


「ミレーヌも、どうぞ、座って」


 そう言いながらシャルロットはジスランの隣に座った。立ち上がっても、彼女はスレンダーなままだ。ただ、エンパイアドレスであることだけが、彼女が妊婦であることを物語っている。

「し、失礼します」

 空いているエリゼの隣に座った。とてもではないが、フィリドール夫妻の隣に座る気にはなれない。

「どうぞ」

 アランが紅茶を持ってきた。姉の前に置くときだけ少しためらっていたが、給仕の仕事をしているミレーヌから見ても完璧な所作だった。きっちりフィリドール公爵邸で叩き込まれているらしい。そのままアランとユーリはソファの後ろに立つ。

「シャル、意外と元気そうだね」

「一応は。ただ、周りが過保護なのよねぇ」

 困ったわ、とばかりにエリゼに向かって訴えるシャルロットであるが、隣から痛烈なツッコミが入った。

「自覚がないてめぇが悪い。この駄目妊婦」

「うっ」

 シャルロットが傷ついたふりをした。この夫婦、基本的にラブラブだがとても面白い。

「ミレーヌも元気そうね。相変わらず可愛らしくて、いいことねぇ」

「……女公爵ラ・デュシェスに言われても嫌味に聞こえるのですが……」

「えっ」

 まあ、シャルロットはどちらかというときれい系の顔立ちであるが。

 公演時間まで少しおしゃべりをして、時間ぎりぎりに会場に入った。と言っても、妊婦のシャルロットがいるので、ゆっくりの移動のために早めに移動は開始したけど。

「じゃあ、楽しんでくるのよ」

 シャルロットが楽しげに手を振る。しかし、彼女は自分より背の低い夫に優雅にエスコートされており、何となく姿と振る舞いがちぐはぐだ。


 エリゼと共に前の方の席に座る。何となく、既視感のある状況。アランとユーリも、従者ながら良い席に座っていた。アランが楽しそうなので、彼にとってはいい思い出になるだろう。

 そして、舞台が開幕した。
















 ボワモルティエ・シアターの公演が終了した後、ミレーヌはそのまま舞踏会にまで参加してしまった。もちろん、彼女は踊れないので見ているだけだが。ユーリ曰く、


「こんなところにいていいんだろうか、って顔をしてたら余計に目立つから、いて当たり前っていう顔してなよ」


 ということだった。ありがたく実行させてもらっているが、顔がこわばっているのは仕方がないと思うんだ。何しろ、住む世界が違いすぎる。

 と、結局エスコートしてくれているユーリに言うと、「わかる」と言われた。

「でもまあ、見ている分には華やかだけど、結構ドロドロしてるからね」

「うう……そうなのね」

 年ごろの娘として、華やかな格好で出かけられるのはいいが、そうした陰謀的なところには巻き込まれたくないところだ。すでに何度か巻き込まれているけど。

「まあでも、いい経験になった……と思っておく」

 少なくとも、これはミレーヌにとって、大切な思い出の一つとなるだろう。五日、笑って自分はこんなところに参加してきたんだ、と自慢できたらいい。

「僕もそれでいいと思うよ。思い出になるように、一曲くらい踊っておく?」

 ユーリが珍しく茶化すように言った。ミレーヌはむーっと頬を膨らませる。

「踊れないって言ってるじゃない」

「ただ僕に合わせて足を動かしていればいいだけだよ。難しくないって」

「あたし、ユーリみたいに運動神経いいわけじゃないもん」

 ユーリのものはもう、運動神経云々のレベルを越えているが、この際それは関係ない。目立つようなことはしたくない。いや、そのうちいい思い出になるのかもしれないが、今はそんなに図太くなれない。

「踊りたいなら、別の人を誘えばいいじゃない。女公爵ラ・デュシェス……は駄目か。でも、ユーリの顔ならだれでもたぶらかせるよ」

「君、僕をなんだと思ってるの」

 一応、友達だと思っている。


「僕が! 君がいいから誘ってるんだよ」


 はっきりと言われて、ミレーヌは瞬いた。

「え、何? もしかして、口説かれてる?」

「……そうだよっ」

 顔を赤らめたユーリがぷいっとそっぽを向いた。唐突な展開である。唐突であるが……理解が及ぶにつれ、ミレーヌもカッと赤くなった。

「え、えっと、その……ユーリって、あたしのこと好きなの……?」

「……そうじゃなきゃ、呼び出されて会いに行ったりしない」

「な、なるほど」

 向かい合っているが、二人して視線は下を向いていた。ミレーヌがユーリの腕をつかんだ。

「……ちょっとだけなら」

 ユーリがはっと顔をあげて、それから微笑んだ。ぐっ、美人が微笑むと攻撃力が高い。

「ありがとう」

 そして、二人は手をつないでダンスフロアに向かった。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


次で最後。


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