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【4】











 花瓶を振り上げて今まさにミレーヌを襲おうとしていたアロイスであるが、彼は目的を完遂できなかった。ユーリによって背後から蹴り飛ばされたのである。顔面から床に激突したアロイスの腕を、ユーリが背後からひねりあげる。


「ミレーヌ、ジゼルを解放してあげなよ」

「そ、そうね」


 きれいなユーリの顔に似合わない過激な対応に面食らいながら、ミレーヌはジゼルの猿轡を外す。その途端、ジゼルが泣き声をあげた。


「うわぁん! ミレーヌ、怖かったぁ!」


 一応、ジゼルはミレーヌよりも二つ年上のお姉さんなのだが。まあ、この状況は怖いだろう。ミレーヌだったとしても怖いと思うし。気を失っているのならともかく、意識がはっきりしていては、なおさら。

 猿轡は外したので、今度は手足を拘束しているものを外そうとするが……。

「……ねえユーリ。手錠の鍵ってピッキングで開くもの?」

「ちょっと待って」

 背後でごきっという音が聞こえ、続いて「ぎゃっ」という小さな悲鳴が上がった。ユーリは平然としたもので、「あとではめてあげるよ」などと言っている。どういう状況だ。


「お、あった」


 ユーリがこちらにやってきて、ジゼルの手かせと足かせをかちゃりと外す。どうやら、アロイスからかせの鍵を取り上げたようだ。見てみたら本格的な鉄の枷で、どうしようと思ったのだが、ユーリ、嫌に冷静である。


「僕のジゼルに触るなぁ!」


 突然背後で声が上がり、ミレーヌはびくっと振り返った。解放されたジゼルが悲鳴を上げてミレーヌにしがみつく。ミレーヌは体をこわばらせることしかできなかった。

 しかし、ユーリの方が一枚上手だった。冷静にアロイスの顔を殴ったのである。いや、冷静であるところが逆に怖いのだが。

 しかも、その細腕のどこからそんな力が出るのか、と言うほど吹っ飛んだ。扉にぶつかったのだが、破れるかと思ったもん。


「往生際が悪い。少し罰を与えて放り出そうかと思っていたけど、社会的に抹殺されないと気が済まない? それともここにあの子と同じように拘束して、じわじわ衰弱させていってやろうか」


 助けに来てあげるよ、気が向いたらね、とユーリ、容赦がない。というか、どっちも嫌だ。

「ひ、ひいっ」

 アロイスはユーリに脅されて悲鳴を上げて逃げて行った。往生際が悪い割には意気地がない。ユーリがあからさまに舌打ちした。

「と言うかユーリ、強いのね……」

 ユーリが苦笑を浮かべ、ミレーヌを見た。

「引いた? いや、メートルに仕込まれたからね」

 メートル、というと『主人』というような意味だが、これは『ミエル・ド・フルール』のオーナーのことだろう。秘書だと言う話だったし。今のを見ると、護衛っぽい気もするけど。


「女の人なのに……すごい」


 つぶやくような言葉は、ユーリの耳にも届いたらしい。青い瞳が見開かれ、それから噴出した。

「な、何!?」

「いやね、勘違いされることはよくあるんだけど、僕、男だよ」

「そうなの!?」

 というセリフは、ジゼルのものとかぶった。ユーリに「ジゼル、君もか!」と突っ込まれた。いや、だって、背の高い女の人にしか見えないし。髪も肩に触れるほどだが、労働者階級にはこれくらいの髪の長さの女性も多い。

「うん……まあね。メートルもそこを気に入って連れ歩いてるっていうくらいだからね……」

 はあ、とユーリがため息をついた。ミレーヌはジゼルにささやいた。

「ジゼルはオーナーさんに会ったことある?」

「えっ? あー、あるのかもしれないけど、わからないわ」

 わざわざオーナーだと紹介されなかったのだろう。彼女らはただのアルバイトだし。

「……ま、とにかく戻ろうか」

「アロイスは?」

 ユーリが二人をせかすが、ミレーヌは気になって尋ねた。彼女……ではなく、彼はなんでもないふうに言った。


「ジゼルが望むなら、社会的に抹殺するけど」


 さっきも言っていたが、それは本気なのだろうか。本気で、できるのだろうか。

「……そこまでは、いいかな」

「ジゼルがそう言うならやめておくけど、気が変わったら言ってね」

「うん」

 口調からして、ユーリは社会的に抹殺したかったみたいだ。三人はラブラシュリ宮殿を出ると、てくてくと歩きはじめた。すでに夕刻であり、夜のとばりがおり始めている。


 ここは廃棄された宮殿なので、近くに辻馬車などないのだ。まあ、少し行けば王都の中心につながる街道に出るので、馬車も通るだろうが。

「あの、ミレーヌ、ユーリ。ありがとう、助けてくれて」

 ジゼルが改めてお礼を言ってきた。歩きながらミレーヌは言う。

「私、何もしてないけどね」

「僕も半分命令で動いてたようなもんだし。それに、僕一人だとやっぱり怪しいからね」

「どこが?」

 またミレーヌとジゼルのセリフがかぶる。ユーリは怒ってはいないが、呆れたように言った。

「君たち、練習でもしてるの……」

 別にそう言うわけではないんだが。ミレーヌとジゼルが顔を見合わせた時、背後から馬の足音が聞こえてきた。
















 通りがかった商人に街中まで乗せてもらい、三人は『ミエル・ド・フルール』に帰還した。夜、店をバーに変える準備をしていた店員たちは「無事だったか!」と声をあげた。その騒動に気付いたエリゼが奥から出てくる。


「ああ、三人とも、よかった。遅いから探しに行こうかと思ったんだ」


 エリゼはミレーヌとジゼルの頭を順番に撫で、ユーリのことは抱きしめて背中をたたいた。ユーリが男性だと知ったから何となく納得できるが、そうでなければ勘違いしたかもしれない。

「ジゼル、大丈夫? 駄目ならしばらくお店を休んでもいいって、店長が言っていたよ」

「あ、大丈夫です。ちょっと気持ち悪いですけど……」

 変に引きこもるよりも、いつもと同じように生活した方がいいのかもしれない。エリゼも「それならいいけど」と首をかしげる。

「しばらくは午前中のシフトだけにしておくよ。ユーリ、悪いけど、ジゼルとミレーヌを家まで送って行ってくれる? それと、君のご主人を見かけたら殴っておいて」

「わかり……ました。メートルは今、王都に?」

「通りの向こうからひらひら手を振ってたよ。むかつくよね」

「一人でした?」

「一人だったね」

「あのバカ主人……」

 ユーリはちっと舌打ちすると、ミレーヌとジゼルに顔を向けた。

「まあいいや。送っていくから、帰ろう」

「う、うん」

 ミレーヌとジゼルはぎこちなくうなずいた。先ほどの態度からの送っていく発言にちょっと戸惑ったのである。


 その日以降、アロイスはミエル・ド・フルールに現れなくなった。彼がどうなったのか、それはよくわからない。社会的に抹殺されたわけではないと思うのだが……どうだろう。


 迷惑客がいなくなったのを喜ぶべきなのだろうが、ちょっと引っかかるミレーヌであった。
















 ミエル・ド・フルールの副店長エリゼに別れを告げたユーリは、大通りから細道に入った。そこにいた人物を見てため息をつく。

「何をしているんですか、メートル」

「やあ、ユーリ。待っていたよ」

 細長のパイプから紫煙が上がっている。壁に寄りかかり、パイプを吸っているその人は絵になる。細身の体を黒のコートに包み、長い黒髪を緩く束ねて肩から前に流している。切れ長気味の眼は青灰色だ。かなりの美貌であるが、ユーリの主人にあたるこの人、かなり変わった人でもあった。

「挨拶は済ませてきた?」

「はい。というか、あなた行動がいつも突然なんですよ」

 文句めいた言葉に、ユーリの主人は笑うと、携帯用灰皿にパイプの灰を落とし、パイプを布にくるんで懐にしまった。

「さて、行こうか」

「行くって、どこにですか?」

 大通りに出る主人に付き従い、ユーリは尋ねる。けろりと主人は言った。

「一度戻ろうかと思う。やりたいこともあるからね」

「……会って行かれないのですか」

 固有名詞を排除したセリフだったが、主人には理解できたらしい。その綺麗な顔に笑みが浮かぶ。まあ、いつも笑顔のポーカーフェイスだけど、この人。


「次に来たときにね」

「……前も言ってましたよね、それ」

「そうだっけ?」


 これははぐらかしているな、と思いつつ、ユーリは主人に付き従う。彼はこの人に助けられた。だから、必要ないと言われるまでついて行くのみである。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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