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【8】

しーがつ。









 防御障壁を破る準備をしていると思われる帝国をたたくには、どうしても兵力、つまり、フィリドール公爵領軍の力が必要だ。アンリがシャルロットに決断を迫ったのは、そう言った意味合いがある。

 どうしても、フィリドール公爵領ではシャルロットの方が知名度があるし、動きやすいだろう。それに、今なら家族を全員殺されたと言うことで同情をひける。アンリだけではなく、シャルロットもそうした政治的判断から自分が公爵位を継ぐことを了承した。

 結局のところ、その判断は間違っていなかったのだろう。正式な引継ぎをしていないも関わらず、フィリドール公爵シャルロットの元にはすぐに領軍がはせ参じた。ついでにアンリが放った斥候も戻ってきた。やはり、帝国軍は防御障壁の解除を試みているらしい。


「遠目なので断言はできないのですが」


 と言うのが、斥候に行った魔術師の言葉だが、シャルロットの見立てでは防御障壁が突破されるのは時間の問題だ。もともと、持続力が高いものではないない。シャルロットも使われているところを見るのは初めてなのではっきりしたことは言えないが、とにかく行動は早い方がいいだろう。

「行動が早ければ早いほど、私が怒りのあまり突撃したと言う状況をつくりやすいわ。私が指揮を執るし、今回のことの全責任を取る。ただ、初めてだから援護はお願いします」

「わかってるよ」

 アンリがシャルロットの肩をたたいた。前だった頭を撫でているのに、と思うと少しさみしい気もする。

 簡単な作戦会議を終え、行動に入る。ジスランがシャルロットを目で追って言った。

「意外と冷静だな」

「……嘆き悲しむことは、あとからでもできるわ」

 泣くのは後だ。今は、残された仕事を片づけなければならない。


 なんだか、父の掌の上で転がされている気分だ。もし同情を誘えと言うのであれば、末娘であるシャルロットが適任だ。彼はシャルロットを送り出す時、一番適性があるからだと言って送り出したが、万が一のときは、最も効果的に立ち回れるとわかっていたのだろうか。

 父はもうなくなっているので、確認することはできない。ただ、シャルロットたちは最善を尽くすしかない。


「……よし。行こう」


 静かにシャルロットは言った。静かな声だったが、あたりに響くようだった。


 夜明け。朝日が大地を照らし、一番目のくらむ時間。ジスランとアンリは後方だ。あくまでも、シャルロットが家族の敵討ちに来たのだ、という呈をとる。

 まず、従軍魔術師をたたく。シャルロットはすっと手をあげ、攻撃準備を行っている兵たちに合図を送る。全員の準備が整っているのを確認すると、すっと手を下ろした。その瞬間、矢や魔法などの攻撃が襲う。攻撃が当たったか確認する前にシャルロットは叫んだ。

「撤収!」

「了解!」

 速やかに退却だ。今の攻撃が当たっていようがいまいが、どちらでもいい。シャルロットの考えが正しければ、今のはおとりだ。本体は別のところにいる。もしかしたら防御障壁を解除しているのかもしれないが、それでも良い。あと二日もすれば、どちらにしろ消滅するような強力だがもろい魔法だ。


「シャルロットお嬢様! 囲まれています!」


 領軍の魔術師が言った。シャルロットは「よし」とうなずく。わかっていたことだ。このフィリドール公爵領を襲った帝国軍の指揮官は、やはりゲルラッハ公爵だという。彼はまだ二十代前半の若い将校だという話だが、どちらにせよ、シャルロットよりは経験豊富だろう。負けるに決まっている。兵の数だって劣っているのだ。だが、こちらには地の利がある。

「予定通りね。このまま遺跡に入るわよ」

「はい!」

 数で劣る場合は、相手が大勢で攻め込んでこられないようにすればいい。森の中を野営地にしていた帝国は、単純に身を隠すためだろうが、シャルロットにとっては都合がよかった。正面から兵力がぶつかる野戦では勝ち目がなかっただろう。


 アルトーで育ったシャルロットは、森の中が遊び場だった。森の中には古代の遺跡が点在している。兄ジュリアンの話では、これらはかつての国境を守る要塞だったのだろうという話だ。

 遺跡の中は動きづらい。もろく崩れやすいところも多く、迷路のようになっている。ただ、中に入ると自分たちも上から狙われるのを覚悟しなければならない。

「いいこと? 必ず一つのグループに一人は魔術師がつくのよ。はぐれないようにね。迷子になったら一度外に出ること。向かってくるものはコルティナ人でも帝国人でも、殺しなさい。私が責任を持つわ。全員で帰るのよ」

「はっ」

「では、散開!」

 パッとシャルロットのまわりから人が散っていく。シャルロット自身は魔術師のくくりであるので、側に剣士が二人残った。魔術師の数が足りないので、指揮官である彼女自身も戦力である。

 実は、この方法は父ヴィクトルが考案した戦術を基本としている。十七歳の小娘に、さすがに一から戦術を立てるのは難しかった。


 太陽が昇った。気温が上昇してくる。昼になる前に決着をつけたいところだ。


「二班、南側に回り込んで! 六班、前に出過ぎよ、戻って! 五班! そのまま行くと七班にぶつかるわよ!」

 後から、初めてには思えなかった、と言われたシャルロットの指揮は、確かになかなかだっただろう。相手の人数が多く、地形をわかっていたからこそできた先方ではあるので、もう一度やれと言われてもたぶんできない。

「! お嬢様!」

「クロヴィス!」

 振り返ったとたんに斬られたクロヴィスを見て、シャルロットは声を上げる。クロヴィスを切った男を見て、もうひとり、シャルロットについているモーリスが彼女をかばうように前に出た。


「君が指揮官か、お嬢さんフロイライン


 二十代前半と見える男だった。帝国語だったので、モーリスにはよくわからなかったようだが、帝国語を学んでいるシャルロットには彼の言葉が理解できた。

「……あなたがゲルラッハ公爵かしら。初めましてね」

「そう言う君はフィリドール公爵家の末かな。かたき討ちと言ったところかい」

「……」

 二人とも、相手の問いかけを否定しなかった。つまり、その通りだ、という返答になる。シャルロットは唇をかんだ。かたき討ちという名目ではあったが、自分としてはそんなつもりはなかった。だが、いざ、家族の敵だと思う人を目の前にすると、飛びかかりたくなる。あそこまで父たちを追い詰めたこの男を、同じ目に合わせてやりたい。

「……やってくれるね。ここまで損害はほとんどなしでやってきたというのに、君のおかげで半壊滅だ」

 たぶん、それは帝国軍人の話。コルティナから徴兵した人間は含んでいない。

 彼は半壊滅と言ったが、たぶん、シャルロットたちの方はそれだけの被害ではすまないだろう。シャルロットの計算が正しければ、少なくとも四割の戦力が失われているはずで、こちらは全滅に近いはずだ。


「せめて君の命くらい貰い受けないと、割に合わないんだよ!」


 モーリスがシャルロットを突き飛ばした。ゲルラッハ公爵の剣が彼を斬る。シャルロットが突き飛ばされると同時に放った攻撃魔法も避けられた。シャルロットも剣を抜き、剣戟を受け止める。

「きれいな女の子を斬るのは気が引けるんだけどね!」

「……っ」

 力の攻防ではシャルロットが負ける。彼女は身をひねるとゲルラッハ公爵を蹴り飛ばした。渾身の力で蹴り飛ばしたのだが、彼はよろめいただけだった。

「っ。どういう体してるのよ、あんた」

「いい蹴りだ」

 ゲルラッハ公爵が剣を振り下ろす。シャルロットは腰を落として下から斬りかかるが、どちらも致命傷にはならない。

「シャル!」

 ゲルラッハ公爵の相手が替わった。後方にいたジスランが追い付いてきたのである。ということは、そろそろ作戦終了か。


 ゲルラッハ公爵が上段に剣を構え、ジスランは剣を持つ手を後ろに引き、腰を落とす。二人ともシャルロットが使う王宮剣術とは違う、実戦的な剣術の構えだ。

 笛が鳴った。シャルロットたちの方ではない。帝国軍だろう。ゲルラッハ公爵が舌打ちした。

「ここまでか。また会おう、お嬢さんフロイライン

 シャルロットの身元を特定しているのに、彼は一度も彼女を名で呼ばなかった。帝国軍が彼の指揮のもと撤退して行くのを見て、シャルロットも「追うな」と指示を出す。

「命拾いしたな」

「……どっちが?」

「どちらもだ」

 ゲルラッハ公爵も、シャルロットたちも。そんなに強いのか、彼は。


 ひとまず、役目を果たしたことに、シャルロットは肩を下ろした。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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