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【7】











 国土の北部に位置するコデルリエから、南の国境フィリドール公爵領アルトーまでは、それなりに距離がある。通常、十日ほどかけて行く道のりを、アンリたち一行は馬を替えつつ七日で駆け抜けた。シャルロットにとって懐かしい景色が見えてくる。


「ここまでは攻め込まれていないようだな」


 避難が完了している村々を見てアンリが言った。各々、決まっている避難地点に避難しているのだろう。人影は皆無であるが、荒らされた様子もないので、アンリは帝国が攻めこんできていないと判断したのだろう。


「……おそらくは。ここまで攻め込まれていたら、私たちはどこかで帝国軍とぶつかっているはずです」


 シャルロットも冷静に言い返す。この村はフィリドール公爵家の本邸よりも王都よりのところにある。アルトーでは、国境との最終防衛ラインはフィリドール公爵本邸となる。ここを突破しなければ、王都側に攻め入ることはできない。

 今は王太子妃にマリアンヌを迎えて共通の帝国と言う敵がいるため、関係は落ち着いているが、かつてはファルギエールとコルティナも頻繁に戦争をしていた。当然の防衛策である。


「だが……誰とも連絡が取れないのが気になるな」


 その言葉を聞いて、シャルロットは顔をしかめた。アンリの言うとおり、フィリドール公爵家の人間の誰とも連絡が取れないのだ。これはもう、嫌な予感しかしない。

「とにかく、領主館に向かいましょう。シャル」

「わかってるわ」

 シャルロットはジスランにうなずく。彼女も、案内のために先頭を行くつもりだ。本当は、知覚魔法の仕える魔術師が戦闘であることが望ましい。シャルロットも使えなくはないが、弱いし、先ほどからフィリドール公爵家側とテレパシーでコンタクトを取ろうとしているのはシャルロットではない別の魔術師だ。

 フィリドール公爵本邸は、事実上の要塞である。堅牢な外観のその領主館は、嫌に静まり返っていた。魔術師であるシャルロットの肌が泡立つ。


「何、この感じ……」


 本邸の敷地内に入ったが、見張りが誰もいない。まあ、防御魔法が正常に作動していたので、見張りはいらないと言えばいらないのだが……そうではなかった。戦闘を歩いていたシャルロットは足を止めた。

「シャル、どうした」

 すぐにジスランが近づいてくる。そして彼も息をのんだ。館まで続く道に、もともと警備の兵だった男たちが伏していた。怪我の深さや血の量からして、生きてはいまい。そして、彼らは亡くなってから数時間以上は経過しているだろう。


「……!」


 この状況から考えうる最悪の事態を想像して、シャルロットは真っ青になり、走り出した。おい! と止めようとしたジスランの手が空をつかむ。

「ジスラン、追え!」

「了解!」

 後ろからジスランが追ってくるが、シャルロットは振り返らずに建物の中に入った。勝手知ったる館の中を駆ける。出くわすのは血を流して倒れる遺体ばかり。ぬるりとしたものに足を取られる。

 血だ。どこを向いても、血、血、血……。真っ赤に染まっていた。

乾きかけた血で滑りかけながら走る。


「誰か! 誰か、生きている人はいないの!?」


 声を上げるが返答はない。次々と開ける扉の先には、生きている人間はいなかった。その中に防衛線の指揮官を務めたであろう父ヴィクトルや魔術師を率いたであろう母ディアーヌ、長兄ジュリアンや双子のアントワーヌ、アンジェリクの姿を認めて駆け寄るが息はなかった。シャルロットは呆然とする。


 ……この城の中に、生きているものなど本当にいないのではないか。壁に手をついて息を整える。


「シャル!」

 追ってきたジスランの声を背に聞きながら、シャルロットは手のを握りこむ。

 誰だ。私の大切な人たちを奪ったのは。私がいない間に、全てを踏みにじったのは。

 ここは国境。攻め込んできたのだ。隣国ではない。隣国を占領した帝国が。

「絶対に……っ」


 許さない。その瞬間、シャルロットは怒りに支配されていた。


「シャル!」

 もう一度名を呼ばれて振り返ると、ジスランが追い付いてきていた。彼の手がシャルロットの肩をつかむ。

「……ご両親か」

 確認するようなジスランの言葉に、シャルロットはうなずく。

「シャル! ジスラン! ……っ!」

 遅れて駆け込んできたアンリは、二人の側にある遺体の正体に気付き、顔をゆがめた。彼にとってシャルロットの両親は叔父夫婦であるし、何よりフィリドール公爵ヴィクトルは剣の師であったはずだ。

「……ここまで来る途中に、帝国の武装をした兵士の遺体があった。おそらく、帝国に攻め込まれて、それで亡くなったんだろうが……」

「……生きている人が一人もいないと言うのは妙ですね」

 アンリの言いたいことを引き継いで、ジスランが言った。一瞬、怒りに支配されたシャルロットであるが、その波をやり過ごすと少し落ち着いてきた。落ち着いてきたが、両親や兄姉が亡くなったという事実はあまり認識できないような気がする。


「たぶん、この館の人間は皆殺しにされています」


 シャルロットが言った。アンリが一瞬ためらったが、「どういうことだ」と尋ねてきた。

「見せしめになるからです。父は、他国にも戦好手として知られていると聞きます。その軍を破ったとなれば、その指揮官の優秀さは知れ渡るでしょう」

 また、その地区を支配するときにやりやすくなる。絶対権力者がいなくなるからだ。彼らが直系のコルティナ王族を皆殺しにしたのも、同様の理由だろう。

「……それなのに、防衛ラインが突破されていない理由は?」

 さすがに騎士らしいジスランの指摘だ。戦場での一指揮官として、彼は優秀なのである。

「帝国が突破できなかったからよ。侵入者を拒む防御障壁が張られているわ」

「……今、俺たちは普通に館の中に入ってきたと思ったんだが……」

「それは、今は私が一緒だったからね」

 シャルロットの言葉に、全員が「なるほど~」と言うような表情になった。

「……ということは、今、帝国側はこの防御障壁を突破するために、魔法解析を行っていて、足止めされているはずだな。状況から見て、叔父上たちは帝国にかなりの被害を与えたはずだ。たたくなら今だが……」

 アンリがつぶやいた。しかし、少数精鋭で来たため、兵力がない。もし本当に帝国軍をたたくのなら、父が散開させたであろう領軍の兵を集める必要がある。


「シャル。賢いお前なら、わかってるな?」


 アンリがシャルロットを見て言った。シャルロットは隣にいたジスランの服の袖をつかむ。


「シャル。シャルロット。選べ。フィリドール公爵位をここで俺に引き渡すか、それとも、お前が公爵となるか。お前が最後の一人だ」

「……っ」


 シャルロットは唇をかみ、視線を落とした。力をいれていないと、目から涙があふれそうだった。


「家族を亡くしたばかりのお前に、酷なことを言っているのはわかっている。だが、どうしてもフィリドール公爵の名がいるんだ」


 ファルギエール王国では、女性にも爵位や王位を継ぐ権利がある。フィリドール公爵位に関しては、シャルロットが継承するのが順当だ。

 今回の、アンリと国王の場合と一緒だ。シャルロットをマリアンヌの侍女として王都にやったヴィクトルは、自分の血を継ぐ者を一か所に集めていなかった。誰か一人、有事の場合に動ける人物を用意した。それがシャルロットだ。

 だとしたら、シャルロットがやることは決まっている。

「……わかった。私がやる」

「……そうか」

 アンリはほっとしたような、少しさみしそうな、いろいろな感情が入り混じったような表情をしていた。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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