【4】
一組の男女が幸せそうな顔でチャペルの前を歩いている。結婚式だ。花嫁の純白のドレスが幻想的である。
しばらくぼうっと眺めていたシャルロットであるが、背後から頭を小突かれて振り返った。
「何ぼうっとしてんだ。行くぞ」
「わかってるわ」
シャルロットはその背中を追って小走りになる。しかし、小突いてきた彼は、シャルロットが追い付いたのを確認すると、少し歩く速度を緩めた。シャルロットの歩調に合わせてくれているのだ。
彼、ジスランはちらりとシャルロットを見る。
「もういいのか」
「いいの。ちゃんと決めたから」
シャルロットはニコッと笑ってジスランを見た。
「付き合ってくれてありがと」
「……いや」
街に行きたいと言ったのはシャルロットだ。父への誕生日プレゼントを見つくろいに行ったのである。主君であるマリアンヌが、女の子の一人歩きは危ないらしいからついて行け、とジスランを送り出したのだ。
マリアンヌに仕えるようになってから、四年が経つ。四年前は否定しようもなく子供だったシャルロットも十六歳となり、背も伸びた。大きく見えたジスランも、今では肩を並べられるくらいにはなっている……と思う。
「……結婚式だったな。興味あるのか」
不意にジスランが尋ねてきた。健脚の二人は、このまま宮殿まで歩いて帰るつもりなので、暇つぶしなのかもしれない。
「まあ、花嫁っているのは女の子の憧れよね」
「お前が花嫁ねぇ……そんな玉じゃねえだろ」
「失礼な。っていうか、あなた、ホントに口が悪くなったわよね」
一応、ジスランもいいところのお坊ちゃんなのだが、なぜこうなってしまったのか。この少し粗野な口調が似合っているので何とも言えない。ついでに言えば、この気の強そうな口調はお嬢様方に人気であるらしい。
「余計なお世話だ」
ジスランがシャルロットの額をはじく。彼女はむくれるが、ジスランは逆に笑った。
「とっとと帰るぞ。今は情勢が不安定だからな」
「わかってるわ。……嫌な風ね」
自分の黒髪を揺らす風に、シャルロットは目を細めた。ジスランが「やめろ」と思いのほか真剣な表情で言った。
「お前が言ったら、本当になりかねん」
「……そうね」
力の強い魔術師であるシャルロットの言葉は強い拘束力がある。シャルロットの魔法は『音』には関連していないが、避けるに越したことはない。
宮殿に戻ったシャルロットとジスランはそのままアンリに呼び出された。近々、王位が譲られることは決まっているアンリだが、それどころではなくなるような気もする。
「帝国がコルティナ王国に攻め込んだ」
アンリが直球で言った。シャルロットとジスランは思わずマリアンヌをちらっと見てしまう。コルティナ王国はマリアンヌの母国だ。今は彼女の姉が女王であるはずだが。
近年、領土拡大を謳い、アイヒベルク帝国が各地で戦争を起こしていた。かつて、大陸の東側はアイヒベルク帝国であった、というのが彼らの主張であるが、迷惑気まわりない。しかも、帝国は圧倒的物量で勝利をおさめ、各国を次々と占領していた。
「攻め込んだと言うのは、海上からと言うことですか?」
半島の先端にあるコルティナ王国は、アイヒベルク帝国とは接していない。ジスランが言うとおり、帝国がコルティナ王国に攻め入る場合、海を回り込むしかない。半島と大陸をつなぐ位置に、ファルギエール王国があるからだ。ここを通れない以上、海から攻めいるしかない。
「その通りだ。コルティナ王国は、陸上ではファルギエール(うち)としか接していないからな」
アンリが真剣な表情で言った。三方が海に面しているコルティナ王国は、おそらく三方向から攻め入られている。唯一、陸上で大陸と接している部分のファルギエール側の国境には、シャルロットの出身家であるフィリドール公爵領がある。
シャルロットの表情が曇ったことに気が付いたジスランが彼女の頭を手荒になでる。口は悪いし喧嘩ばかりだが、本質的に彼は優しくて面倒見が良い。
「あなたたち……仲いいわね」
弱弱しく微笑んで言ったのはマリアンヌだ。シャルロットは「別によくありません」と唇を尖らせる。ジスランも隣でうなずいていた。
「仲がいいのはいいことだ。で、だ。ベレンガリア女王が下手を打つとは思えんが、敵は圧倒的物量を誇る帝国だからな……コルティナ王国がどうなるかは、正直分からん」
マリアンヌの手前、言葉を選んでいたが、アンリはコルティナ王国はアイヒベルク帝国に制圧されると思っているだろう。シャルロットも同様だ。そうなると、次は、ファルギエール王国の番。
「……誰かよくない者が接触してくるかもしれない。マリアンヌの護衛を増やす。お前たちにもより警戒してもらう必要がある」
「わかりました」
シャルロットとジスランが同時に返答した。アンリは目を閉じて息を吐く。
「すまんな。シャルも、家の方が気になるだろうが」
「……気にならないと言えば嘘になりますが、今の私はマリアンヌ様の侍女なので」
「……シャル、お前はいい子だなぁ」
「ちょ、やめて」
ジスランにも手荒になでられたが、アンリにもぐしゃぐしゃと髪の毛をかき混ぜられて、シャルロットはむくれて従兄の手を払いのけた。初めは怒ってきたジスランだが、この頃では慣れているので何も言ってこない。シャルロットも親戚のお兄ちゃんと言う感じが抜けないのも悪いけど。
もうそろそろ社交シーズンが始まるが、今年はシャルロットの家族は来られないだろう。もしかしたら、母か兄辺りが来るかもしれないが、少なくとも父はフィリドール公爵領を動けないはずだ。こういう場合も想定して、ヴィクトルはフィリドール家に婿入りしたのだと聞いている。
帝国との国境には峻厳な山脈があり、攻めるに難い。帝国がファルギエールに攻め込むのなら、コルティナ王国側からだとみなされていた。
「……シャル。コルティナは、持ちこたえると思うか?」
二人でマリアンヌの寝室前で番をしていると、小さな声でジスランが尋ねてきた。彼はこの頃、シャルロットに意見を求めることが多い。どうして? と尋ねると、シャルロットの見解の方が正しいことが多い、とのことだった。実際、ジスランも意見を言ってくるので、二人で話し合い的な場合が多い。
シャルロットはちらっとジスランを見上げ、言った。
「正直、難しいと思う。ベレンガリア女王は優秀だと思うけど、それではまかないきれないくらい、帝国の物量が大きすぎるわ」
ファルギエールが戦争の準備をしているのは、宮廷内の動きや物資の動きを見ていればわかる。わずかだが、物価も上がってきている。
シャルロットはふと立ち上がった。ジスランはその姿を無言で追う。
シャルロットは続きの間に向かうと、赤子を抱き上げた女性の肩をつかんだ。
「どこに連れて行く気」
「あ、あやしているだけで……」
その女性は顔を俯けて言った。シャルロットは言い募る。
「あなた、乳母でも侍女でもないでしょ。乳母に顔を似せたようだけど、術のかかり方が甘いわ。術者は遠くにいるのかしら」
動揺を見せる女性から、シャルロットは赤子……アンリとマリアンヌの子であるフランソワを奪い取った。一歳の王子様はよく眠っている。
「早く出て行きなさい。見逃すのは一度だけよ」
女性が身を翻して扉から出て行った。それを見送ったあと、シャルロットも同じ扉から元の部屋に戻った。ジスランが戻ってきたシャルロットを見て、言った。
「今、見なれない侍女が出て行ったな」
「ええ。フランソワ様を連れて行こうとしていたのよ」
「そうか。乳母を呼んでくるから、しばらく頼む」
「ええー、ジスランが待機してた方が良くない?」
「子供は苦手だ」
とか言いながら、フランソワの頬をつついている。すると、よく眠っていたはずの赤子がぐずった。ジスランがすぐに手をひっこめる。
「じゃあ行ってくる」
「はーい」
シャルロットはフランソワをあやしながら返事をした。優しいが、ジスランは勝手な男である。
そして、この二か月後、コルティナ王国は陥落した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
過去編はさくっと行きたいとおもいます。