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【3】










 アンリとマリアンヌは婚前旅行で景勝地を訪れていた。と言っても、王都の近く、きれいな湖と美しい星が見える離宮だ。

 昼間、湖のまわりを散歩し、岸辺で昼食をとった。それから、夜は天体観測である。十二歳で子ども扱いのシャルロットは、早く寝るように言われた。むくれながら就寝したシャルロットであるが、夜中に一度目覚め、水を飲んだ後に夜空を見上げた。


「……すごい星」


 さすがは美しい星空が売りなだけある。

 しばらく夜空を見上げていたシャルロットであるが、廊下から何か気配を感じ、扉を開けて顔をのぞかせた。魔法で暗闇を見透かしたが、何もなかったので首をかしげながら室内に引っ込んだ。

 翌朝、マリアンヌの姿が消えた。緊急招集されたシャルロットは、マリアンヌの客室にいた。一応、婚姻前なので、アンリとマリアンヌの部屋は別々だった。


「へ? マリアンヌ様が消えた?」


 シャルロットがなんで? とばかりに首をかしげる。逃げたとは考えにくい。マリアンヌは自分の役割をちゃんと理解している人だ。

 と、考えたところでシャルロットははっとした。

「誘拐された!?」

「遅いな。たどり着くまで十二秒」

「計ったの!?」

 ジュリアンの冷静な言葉に、シャルロットがツッコミを入れた。アンリから「お前たち、緊急事態なの分かってるか」と呆れたように言った。


「ま、順当に考えてマリアンヌとの婚姻に反対している貴族の仕業だろうな……シラク公爵か」


 シラク公爵家は王家の遠縁にあたる。ファルギエールの筆頭貴族はフィリドール公爵家だが、旧王家の血も引くシラク公爵家は、代々フィリドール公爵家に敵対心がある。フィリドール公爵ヴィクトルが進めたコルティナ王国の王女と王太子アンリの婚姻を良く思わなかっただろう。

 加えて、シラク公爵家は王家の血を引いているとはいえ、遠い。王弟が婿入りしたフィリドール公爵家に対抗心を燃やし、自らの娘を王太子に、と思っていても不思議ではない。まあ、シラク公爵家の娘はシャルロットと同世代なので、結婚はまだ難しいだろうが、婚約くらいなら、と思ったのかもしれない。

 子供であるシャルロットにすらわかる動機だ。魔法を使っていたとしても、さほど遠くへは行けるまい。監視網が強力だからだ。

「ひとまず、ジスラン」

「はい」

「シャル」

「はい」

 アンリに呼ばれてそれぞれ返事をする。

「二人はマリアンヌがいるように振る舞え。誰か、侍女の一人を代役に仕立て上げてもいいだろうな。人は入れるな」

「わかりました」

 シャルロットが頭を下げる。ジスランも騎士の礼をとった。


 マリアンヌがコルティナから連れてきた侍女は二人。それだけでは足りないので、シャルロットのほかに二人、ファルギエール人の侍女がいる。

 アンリは『誰も入れるな』と言った。つまり、侍女も護衛も入れるな、と言うことだ。

「余計に怪しまれるんじゃないのか」

 マリアンヌの客室に、シャルロットのほかに唯一いる人物ジスランが言った。シャルロットはそんな彼に答える。

「それが、目的なのだと思いますよ」

「……怪しませて、俺達に襲われろと?」

「……まあ、遠回しにそう言われていますよね」

「お前みたいな子供がいるのにか」

 子供子供と言われて、シャルロットもさすがに面白くないが、事実なので否定もできない。


 実際に二人にされて、シャルロットはさすがに違和感を覚えている。経った二人残されて、現在注目を浴びているはずの王女の部屋に誰も入れるな、と言う。


 むしろ、こちらがおとりなのではないだろうか、と思ったシャルロットであるが、時すでに遅し、である。


 こんこん、とノックがあった。シャルロットとジスランが目を見合わせる。シャルロットが立ち上がり、扉のそばまで行って「はい」と声をあげた。

「すみません。アラベルです。マリアンヌ様に至急伝えるようにと言伝を預かっているのですが」

 ファルギエールでマリアンヌの侍女として招集された少女だ。伯爵家の娘である。シャルロットは少し考えてから言葉を返した。

「マリアンヌ様はまだお休み中です。どなたからの伝言でしょうか。よろしければわたくしが承りますが」

 不自然に思われないくらいの回答を考えて答える。実際、主人の不在時に伝言を預かる侍女や侍従は珍しくない。この場合、アラベルも怪しいがシャルロットもかなり怪しい。

「直接伝えるように、とのことなのですが……」

 少し困ったような口調でアラベルが扉の向こうから言う。シャルロットはジスランを振り返る。彼がうなずいたのを見てから言った。


「わかりました。マリアンヌ様を起こしてきますので少々お待ちください」


 そう言ってシャルロットは扉から離れる。ジスランがシャルロットの肩を捕まえる。

「お前! マリアンヌ様はいないんだぞ!」

「わかってます! ただの時間稼ぎです。あの方がいようがいまいが、同じことです。怪しいんですから、通すわけないでしょう?」

 シャルロットが言い切ると、ジスランは目をしばたたかせた。

「……お前、結構頭いいんだな」

「馬鹿にしてます?」

 意外そうに言わないでほしい。確かに子供だが、それとこれとは別の話だろう。

「あのー、シャルロット?」

「あ、はーい」

 なかなか出てこないので、外からアラベルが声をかけてきた。とっさに返事をしたシャルロットだが、はっと気が付いた。

「囲まれてるわ」

「わかるのか」

「何となくだけど」

 知覚魔法はあまり得意ではないシャルロットだが、さすがにわかる。彼らは、シャルロットが扉を開けるのを待っている。彼らにとっても、こちらにマリアンヌがいようがいまいがかまわないのだ。


「……わかった。俺が開ける」


 ジスランが買って出た。彼は腰の剣を引き抜くと、構えたまま扉を開けた。その瞬間、魔法の銃弾が降り注いだ。シャルロットがジスランの前に魔法障壁を展開する。うまい具合にすべて弾き返した。

「そのまま援護しろ!」

「はいっ」

 シャルロットが返事をする。ジスランは五人いた襲撃者に襲い掛かる。鮮やかな手並みで三人までを倒し、四人目と切り結んだ。五人目は彼らの側を通りぬけてシャルロットの方へ来た。


「シャルロット!」


 ジスランが焦ったように声をかける。一方のシャルロットは目をしばたたかせると一気に魔法を組み立てる。

「おわっ」

 迫ってきた襲撃者が足をとられてその場で地面に激突した。シャルロットは冷静に説明した。地面に倒れ伏した男を縛り上げる。白兵戦もできないわけでは無いが、十二歳の女の子が男性に立ち向かうのは非常に分が悪いのだ。


 「お前……意外と強いな」


 呆けたようにも呆れたようにも聞こえる口調でジスランは言った。

 ジスランがシャルロットの兄ジュリアンに連絡を入れると、ほどなくして彼らはやってきた。……マリアンヌを連れて。シャルロットもさすがに顔をしかめた。


「その顔を見ると、謀られたことには気づいていたようだな」


 アンリがにやにやと言った。ジスランも謀られたことに怒っているようだ。


「マリアンヌ様が消えたと見せかけて、一網打尽にしようとしたことなんて知りません」


 むくれて言ったシャルロットに、マリアンヌが「ごめんねぇ」と謝る。

「でもあなた、むくれても可愛いだけよ」

 ちょいちょいと頬をつつかれる。

「いや、二人とも試すようなまねをして悪かった。気づいたうえであれだけ動けたのだから大したものだ」

 アンリがもっともらしく言うが、首謀者は彼なのでシャルロットは半眼で彼を見ていた。

「……そんな目で見てくれるな、シャル。悪かったって。一応、危なかったら助けに入るつもりだったんだぞ? ジュリアンが」

「私ですか」

 さらっと巻き込まれたジュリアンだが、言われなくても彼なら察して助けに入ってくれたと思う。まあ、今回は助けがなくても大丈夫だったが。

「二人とも、そう怒るな。二人の実力を見るためにも必要だったんだ」

 ジュリアンが隠さずに言った。確かに、力量を把握しておくのは大切なことだが。

「まあ、結構いい連携ができるだろうね、二人は」

 シャルロットとジスランは顔を見合わせた。ジスランの顔に大きく『不本意』と書いてあり、シャルロットもむっと顔をしかめた。


「……仲良くしなさいよ、あなたたち」


 さすがに呆れたように、マリアンヌがそう言うのが聞こえた。


 アンリとマリアンヌの結婚式まで、あと二ヶ月。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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