【3】
集合住宅内の階段を上る。アロイスの部屋は、三階にあるようだ。集合住宅にもいろいろあるが、ここはそれなりに高級な集合住宅だ。ちなみに、ミレーヌも集合住宅暮らしだが、ここよりも少しグレードは低い。
「仕事をさぼってるくせに、こんなところに住んでるなんて……」
ぶつぶつ言っていると、ユーリが軽く笑うのがわかった。
「うん。ミレーヌの闇を見た気がするよ」
「現実的と言って」
ミレーヌの感性は普通だ。たぶん。
「えーっと。328のAだから……この部屋だな」
ユーリは328Aと書かれた部屋の扉をためらいなくたたく。
「すみませーん。アロイスさん、いますかー」
間延びした声でがんがんドアをたたく。そろそろ、ユーリのキャラが良くわからない。分類するのなら、クール系だと思うのだけど。
「……いないのかな」
「まあ、これだけ呼んでも出てこないしね……」
駄目押し、とばかりにユーリがドアノブをひねる。当たり前だが、開かなかった。
「あ、あきらめる?」
ミレーヌが尋ねると、ユーリは「うーん」とうなった。
「もう一つだけ試してみようか」
「へ?」
そう言うと、ユーリは何故か金具を取り出した。ミレーヌは素直に首をかしげる。
「新製品?」
「や、ただの金具。ミレーヌ、誰か来たら教えて」
「え、うん」
ミレーヌがうなずくと、ユーリはしゃがみ込み金具を鍵穴にいれた。って、ピッキングかい!
「ユーリ……それ本気?」
「本気本気。僕はいつでも大真面目だよ」
と、彼女は本当にまじめな表情で言い切った。まじめな表情で、ピッキングしているけど。
がちゃん、と開錠の音がした。まじか。まじで開くのか。ユーリは周囲を確かめ、そっとドアを開いた。彼女はすっと部屋の中に入る。
「ユーリっ」
ミレーヌは小さな声で叫ぶ。ユーリは何でもないように言った。
「ミレーヌも早く。そんなところにいると逆に怪しいよ」
「……」
ためらったが、ミレーヌも部屋の中に入った。確かに、部屋の外にいる方が怪しいからだ。
「ユーリ、手慣れているわね……」
「僕のメートルがこういうことが得意でね。あの人はもっとスマートにやるんだけど」
「いや、手慣れてていいものでもないでしょ……」
話をしながら、部屋の奥に入る。そして、ミレーヌは顔をひきつらせた。
部屋の中には誰もいなかった。単身世帯を想定した集合住宅なのだろう。ミレーヌが暮らしている部屋よりグレードは高いが、広さ自体はせまい。
しかし、問題はそこではない。部屋中に張ってあるジゼルの魔法転写の絵姿だった。正直、かなりきもい。
「何と言うか……変態だね」
「うん。きもい」
結局はっきりと言った。机や引き出しをあさると、ジゼルのことを書いた紙などが多数見つかった。それらは妄想だったり、ジゼルの一日の行動であったり、ジゼルへの思いをつづった手紙であったりした。きもい。ホントにきもい。
「結構まじなストーカーなんだね」
「ユーリ……疑ってたの?」
「疑っていたと言うか、アロイスは本当にジゼルが好きなんだなって。屈折してるし、犯罪だけどね」
ユーリはそう言うと、大量の写真や手紙、資料などを検分していく。ミレーヌは日記帳のようなものを見つけ、悪いな、と思いつつも開く。何日か分を読み、ミレーヌは顔をしかめてユーリを呼んだ。
「ねえ、ユーリ」
「ん?」
「これ……」
ミレーヌはユーリにその日記を見せた。数日分を眼にしたユーリは顔をしかめる。
「何これキモっ……」
そこにはジゼルに対する愛……というか、異常なまでの執着がつづられていた。日々の彼女の行動も書かれている。もう、本人でもかけないくらいみっちりと書かれている。
「こことか……『公園でいとしい彼女に出会う。眼があった。僕に気付いてくれた。やはり、彼女も僕を愛しているのだ』」
「何それ怖……」
鳥肌が立ち、ミレーヌは自分の腕をさすった。ユーリも少し目を通してからその日記を机に戻した。
「アロイスの異常性はわかったけど、問題はジゼルがどこに行ったか、だよ」
「あ……」
そうだ。ジゼルを探しに来たのであった、そう言えば。
一通り家探ししたが、それっぽいものは何も出てこない。アロイスのジゼルコレクションが多数見つかっただけである。
「何これただただ気持ち悪いだけ……」
「うん、まあ、それは否定しないけど……」
ジゼルの行方が分からない。いつまでもここにいるわけにはいかないので、元通り部屋を施錠して外に出た。ユーリ、本当に手際がいいんだが……。
「これからどうするの?」
「うん……ちょっと待って」
ユーリが空を見上げ、手を差し出した。その掌に紙で作られた鳥が乗る。それはユーリの掌の中でぽん、と音を立てて紙に戻った。ユーリが四つ折りにされたその紙を開く。
「何それ。魔法?」
「うん。ジゼルの場所がわかった。行こう」
ユーリはぞんざいにうなずくと、ミレーヌの返事を待たずに早歩きで歩き出した。足の長さが違うので、ミレーヌは小走りになる。
「どこに行くの?」
「ジゼルを助けに」
「いや、それはわかってるけど」
少し的外れな返答をされたミレーヌは肩を竦め、小走りでユーリについて行く。彼女は途中で馬車を拾った。ミレーヌはぎょっとする。
「え、どこまで行くの?」
「そんなに遠くない。郊外まで行くよ」
「……」
そんなに大事のつもりはなかったのに。まあ、乗りかかった船であり、自ら志願したのもあるので、ミレーヌはそのままついて行くことにした。
しばらく馬車に揺られたが、確かに、そんなにかからずについた。しかし、たどり着いた場所を見てミレーヌは驚愕する。
「え、ここって……」
「廃棄されたかつての王宮、ラブラシュリ宮殿だね」
「……もはや宮殿には見えない……」
現在、ファルギエール王国の王宮は王都コデルリエの中心部にある美しき白亜の宮殿、ミストラル宮殿である。しかし、これは百年ほど前のファルギエール王が移り住んでからのことだ。それまでの王宮はここ、コデルリエ郊外にある黄金の城、ラブラシュリ宮殿が王宮として使用されていた。
しかし、王族たちが移り住み、日の目を見なくなってから早百数年。かつて黄金の城と呼ばれたラブラシュリ宮殿は、すでに見る影もない。
「さて、行こう」
「マジですか……」
「大丈夫、僕がいるからね」
さらっとハンサムな発言をするユーリである。自分でついてきたミレーヌだが、さすがにそろそろ後悔しだした。
廃棄されたラブラシュリ宮殿は、今は誰も管理していない。そのため、浮浪者たちが寝床として使っていたりする。足を踏み入れたミレーヌは、明らかな人の気配に、ユーリにしがみついた。
「隙を見せないようにね。囲まれるよ」
「……」
何それ、やっぱりついてこなければよかった。
かつて王宮として使われていた時は荘厳であっただろう面影はある。しかし、装飾品や高価そうなものは引きはがされており、壁の塗装も剥げている。何やら幽霊でも出そうな雰囲気である。
「っていうか、この宮殿って、広いよね? どうやって見つけるの?」
下手したら迷子になりそう。ユーリは迷いなく足を進めているが、大丈夫なのだろうか。
「大丈夫。いる場所はわかってるから。あんまり奥に行くと、迷子になっちゃうからね」
と言うことは、わりと入口側にいると言うこと? ユーリはいくつかの扉を開いて中を覗いている。全部覗いているわけではなく、先ほどのメモを見ながら何かの法則に従って覗いているようだ。
ミレーヌものぞいてみると、明らかに生活感がある部屋もあったりして、ああ、本当に暮らしている人がいるんだなぁとしみじみしてしまった。雨風をしのげるし、いい住処なのかもしれない。
「ん?」
ユーリがまた扉を開けようとして、鍵がかかっていた。もともとの鍵ではなく、南京錠で止められているらしい。少しだけ開いた隙間から、彼女はナイフを差し込み、南京錠の鎖を切った。
「……魔法?」
「今のは魔法だね。ほら」
ユーリが体をどかすと、そのゲストルームだったらしい部屋のベッドの足に、ジゼルがつながれていた。足かせと手かせをつけられ、猿轡をされている。
「ジゼル!」
うれしくなって駆け出したミレーヌに、ジゼルが何かを訴えようと口をもごもごさせている。いや、何を言いたいのかわかんないわ。
「お前か……!」
「へ?」
後ろを振り返り、目を血走らせたアロイスを認めたミレーヌは息をのんだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ユーリは仕える主人に鍛えられています。いらんことを教えられている気もしますが。