【2】
フィリドール公爵領から王都コデルリエまでの道のりで、長兄や父に稽古をつけてもらいつつ、シャルロットはマリアンヌに同行していた。
一応、父親が王弟であり、国王の姪であるシャルロットは、宮殿に上がったことはある。まあ、いつもおまけだが。
「お久しぶりです、兄上」
「久しいな、ヴィクトル。ご苦労だった」
宮殿の一番豪華な応接間で、国王オーギュスト二世と王太子アンリに対面した。
「そちらがマリアンヌ王女か」
「お初御目文字仕ります」
フィリドール公爵領では彼女の手を引いていたのはジュリアンだったが、ここでは侍女であるシャルロットがマリアンヌの手を引いていた。マリアンヌはそれほど長身と言うわけではないが、まだシャルロットが子供なので、かなりの身長差があった。
「コルティナ王国から参りました。マリアンヌ・アジャラ・コルティナと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
完璧な淑女は母ディアーヌで見なれているシャルロットが見ても、完璧な例だった。さすがは王女殿下。
「ファルギエールへようこそ。私が国王のオーギュストだ。彼女は王妃のイザベラ。それから、あなたの夫となる不肖の息子アンリだ」
「初めまして、マリアンヌ王女。アンリ・ロドルフ・ファルギエールと申します」
ニコリと笑ってマリアンヌの手を取って口づけた明るい茶髪の青年が、シャルロットたちの従兄であるアンリ王太子だ。精悍な面差しの彼と、あでやかな美女であるマリアンヌが並ぶと絵になる。
色彩は違うが、シャルロットとジュリアンの兄弟は、王太子アンリと似ていると言われることが多かった。アンリは精悍な印象で、フィリドール家の兄妹はどちらかと言うと繊細な感じなのに不思議である。
二人の結婚式は、半年後の秋の初めごろに行われる予定だ。それまでに、シャルロットは侍女としての技能を身に着ける必要がある。あと二ヶ月ほどで社交シーズンに突入するので、貴族たちが集まってくる。その中でマリアンヌをお披露目となるのだ。
フィリドール公爵であるヴィクトルは社交シーズンまでの間に一度領地に戻る予定だが、ジュリアンはこのまま王都にいるらしい。さすがに、十二歳のシャルロットを監督する家のものが必要だと考えたのだろう。彼がアンリと同い年のいとこで仲が良いと言うのもあるかもしれないけど。
「よお、シャル。大きくなったなぁ」
国王と王妃、それに王弟がいなくなると、アンリはシャルロットに砕けた調子で声をかけた。にやっとわらってシャルロットの頭を撫でる。
「しばらく見てないうちに身長伸びたなぁ。まだ子供だけど」
「子供で悪かったわね!」
つい、シャルロットもいつもと同じ調子で言い返してしまう。ジュリアンが「こら」と表面上でだけシャルロットをたしなめる。マリアンヌが声をあげて笑った。
「仲がいいのね。兄妹のよう」
「ああ、まあ、確かにシャルは妹みたいなものだな」
と、アンリはマリアンヌと笑いあう。ジュリアンがその間にシャルロットの体を抱き上げ、「二人もうまくいきそうだね」と安心したように言った。
「ああ、そうだ。紹介しておきたい者がいる」
と、アンリが言った。シャルロットはジュリアンの腕から降ろされ、マリアンヌの側に寄った。何故かマリアンヌにも頭を撫でられた。
入ってきたのは、シャルロットの双子の兄姉と同じくらいの年代と見える少年だった。ダークブロンドの髪にヘイゼルの瞳をしたなかなか顔立ちの整った少年だが、何となく目つきが悪い。
「騎兵隊所属のジスラン・リエル少尉だ。若いが剣の腕が良くてな」
ジスラン少年が騎士風の敬礼をした。騎兵隊所属なら、騎士なのだろう。たぶん。王族の護衛は近衛連隊で、騎兵隊は国軍という大まかなくくりがあるが、彼はヴィクトルが言っていた『アントワーヌと同等の力を持つリエル伯爵家の息子』なのだろう。
「シャルとペアを組んでもらおうと思うんだが」
相変わらずにやにやとアンリが言った。名指しされたシャルロットはジスランを見上げた。彼もシャルロットを見ている。そして、顔をしかめた。
「……子供ですよね」
「……まあ、子供だな。お前、いくつだっけ」
「十二歳です」
アンリの問いに正直に答えたシャルロットである。まあ、嘘をついたところで、側にジュリアンがいるからすぐにばれるのだけど。
十二歳は、まあ子供だ。年齢の割には大人びていると言われるシャルロットだが、やはり子供だ。
「俺に、子守をしろと言うのですか」
嫌そうな顔をするジスランに、アンリは言った。
「子供は子供でも、ただの子供じゃないぞ。フィリドール公爵家の次女、第八王位継承者、魔術の天才、シャルロットだ」
なんだか紹介が長かった。別にいいけど。確かにフィリドール公爵家の次女だし、王位継承権第八位を所持しているし、多少魔術の腕に覚えはあるけども。
「えと。シャルロット・エメ・フィリドールです」
マリアンヌに背中をつつかれてシャルロットはスカートをつまんで挨拶をする。すると、一応騎士であるジスランも挨拶を返した。
「騎兵隊、ジスラン・リエル少尉だ。よろしく」
形式的だが挨拶をする。この二人が後に夫婦になるなど、この時誰も思いはしなかっただろう。
ペアを組むと言っても、大したことはない。シャルロットはマリアンヌの元で侍女をしているし、ジスランはマリアンヌの護衛だ。マリアンヌが出席するサロンや晩餐会などに同行する。
一日の大半をマリアンヌと共に過ごすシャルロットであるが、たまにアンリとジュリアンに呼ばれることがある。その時はたいてい、マリアンヌの様子を聞かれてから訓練を行う。アンリは剣術を、ジュリアンは魔術をシャルロットに教えた。しかも、アンリが教えているのは宮廷剣術である。王族が習得する剣術だ。
「こんなの、私がならってどうするんですか」
アンリの訓練を受けたシャルロットはむくれて言った。宮廷剣術は習得が難しいのである。ジュリアンですら習得をあきらめて実践的な剣術を使っている。
「そう言うなよ。私も父上から習ったが、覚えられなかった。お前なら覚えられる」
「何、その根拠のない自信」
ジュリアンの根拠のない励ましに、シャルロットは唇を尖らせる。アンリがシャルロットの頭を乱暴に撫でた。
「今じゃ、使えるのは俺とお前の父親だけだからな~。途絶えないようにする必要があるんだよ」
「難しいってことじゃないですか~」
もちろん、向き不向きもあるだろうが。でも確かに、宮廷剣術の習得者が二人しかいないのであれば、少ない。
「あ、ジスランとかに教えればいいのでは? 彼、身体能力高いですよね」
「彼は王族じゃねぇからなぁ」
やはり王族でないとだめか。シャルロットも正確には王族ではないのだが、まあいいか。
「お前、リエル少尉とはどう?」
「任務に支障はないわ」
ジュリアンに尋ねられ、シャルロットはそう答える。必要最低限しか話さないが、今のところ、支障はない。あちらも踏み込んでこないし、踏み込んでくるな、という気概も見える。ジュリアンが「ははは」と笑う。
「どっちも踏み込んでいくタイプじゃないしな。何か事件でも起これば壁が外れそうなんだけどな」
「不吉なこと言わないでよ」
シャルロットがジュリアンをぺしぺしたたく。そう言うことを言うと、たいてい何か起こるのだ。
そして、本当に起こった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
まだシャルロットが常識の範囲内に収まっていた頃。