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【26】










 フィリドール女公爵ラ・デュシェス・ド・フィリドールシャルロットによって、ファルギエール王国がアイヒベルク帝国から解放された。そのことをミレーヌが耳にしたのは、シャルロットたちが宮殿制圧に向かった次の日だった。フィリドール女公爵どころか、途中で出て行ったマリアンヌたちも戻ってこなかった。たぶん、宮殿にいるのだと思う。

 一応人は残っていて、食事などは提供されたが、寂しかったので屋敷を維持している使用人たちに混ざらせてもらった。彼ら彼女らを雇っているのは、やはりフィリドール女公爵だ。


「完璧超人だとか、悲劇のヒロインだとか言われてるけど、あたしらに言わせたら、ただの女だね。旦那のことが好きすぎるけどね」


 と、使用人の女性がフィリドール女公爵を評しているのを聞いて、ミレーヌは「やっぱり好きすぎるよなぁ」と思った。片づけは手伝った。

 使用人が新聞を差し入れてくれたので、読んでみる。難しい単語はわからないが、父に習ったのである程度は読める。っていうか、いつまでここにいればいいのだろうか。新聞によると、フィリドール女公爵は政治体制の再構築を行っているようだから帰ってきそうにないのだが。

 などと思っていると、昼過ぎくらいにユーリとエリゼが戻ってきた。お帰りなさーい、と出迎えたミレーヌは尋ねる。


「いつ帰れるんですか」

「……まあ、シャルが治安維持を優先するから危険なことはないと思うけど」


 と、エリゼはあまりミレーヌを返したくない様子。だけど、母や弟妹達の様子が気になるのです!


「状況は知ってる?」

「新聞で読んだ限りのことなら。雇用主パトロナが帝国を追い出したって。あと、店長は王太后様、フランシス君は国王陛下になるんですよね」

「あんまり驚いてないね」

「何となく察してましたから」

 そう。ミレーヌは何となく気づいていた。フランシスはフィリドール女公爵と何となく似ていたし、フィリドール女公爵は処刑された先代国王の従妹姫だ。その彼女と顔立ちが似ていると言うことはフランソワは王族で、年回りから言って先代国王の息子である可能性が高いと思った。となると、マリアンヌは先代の王妃。

 まさか、推測が本当にあたるとは思わなかったのだが。


「じゃあ、『ミエル・ド・フルール』閉めちゃうんですか」


 給料よかったのに。ちょっとがっかりして言うが、エリゼは、「まあ、それを決めるのはシャルだからね」と微笑んだ。彼はユーリの背を押してミレーヌの前に押しやる。

「ユーリ、簡単に事情説明して家まで送ってあげて」

「……了解しました」

 エリゼが出て行くと、ユーリと二人残される。ユーリはミレーヌの向かい側に座ると、言った。

「無理やり連れてきたのは僕だから、ちゃんと送っていくから安心して。何か聞きたいことはある?」

 ああ、無理やり連れてきたから説明してくれるのか、と思い、ミレーヌは尋ねた。

雇用主パトロナはどうやって帝国を追いだしたの?」

「……正確には、統治権を与えられていたゲルラッハ公爵を帝国に強制送還したのだけどね」

 そう言えば、ファルギエールを支配していた人の名前はそんな感じだったかもしれない。


「うちのメートルはああ見えて下準備を欠かさない人だからね。今回は戦略的に勝った……のかな? あらかじめゲルラッハ公爵の謀反の噂を帝国内で流して、コルティナ王国の反乱同盟にも少し動いてもらった。そうすると、コルティナの方に兵が割かれるだろ」


 コルティナはファルギエールと帝国と反対側の隣国にあたる国だ。王妃マリアンヌの出身国だったと思う。ファルギエールと同じく、帝国占領下にある国だ。

「で、まあ、メートルたちが宮殿に侵入して宮殿を制圧。エリゼさんたちには民衆をあおってもらって、マリアンヌ様たちは正面から堂々と入城したよ」

 ちなみに、民衆にはフィリドール女公爵をゲルラッハ公爵が捕らえた、と言うような話をしたらしい。ユーリ曰く、当たらずとも遠からずと言ったところだそうだ。

「……じゃあ、本当に帝国は出て行くのね。新しい支配者が来たりはしないの?」

「それはないと思う。メートル曰く、多種多様な民族が集まる広大な地域を一つの統治機構が管理するのは極めて難しい、とのことらしいよ」

「なるほど。わからないわ」

 ミレーヌがそう返すと、ユーリは苦笑して「実は僕も」と言った。


「まあ、あの人が言うんだから、大丈夫だと思うよ」

「そうね」


 うなずいて、しばらく沈黙。それから尋ねた。

「皆さん元気?」

「メートルたちがってこと? 身体的には元気だよ。あー、……一人、元気じゃない人もいるけど」

 たぶんジスランかな。フィリドール女公爵の話題は出たし、彼女らが王族であるマリアンヌとフランソワに怪我をさせるわけがないので、消去法である。

 また会いたいな、と思うけど、彼女たちは雲の上の人。ミレーヌには手の届かない存在なのだ、本当は。今まで会話していたのが奇跡のようなもので。なんだか、少し、寂しい。


 その後、ミレーヌはユーリに送ってもらって帰宅した。ものすごく心配された。母たちも、帝国が追い出された件についてはもう耳にしていて、巻き込まれたのではないかと思ったらしい。いや、ある意味巻き込まれたけど。


 帝国は追い出され、その後の情報もボチボチ入ってきたけれど、ミレーヌたちにはあまり関係がない。だが、支配者がいなくなったことでみんな何となく表情が明るい。気がする、

 新国王には十歳のフランソワがアンリ4世として即位するらしい。宰相はドゥメール侯爵で据え置き。内務省長官にフィリドール女公爵が任命された。

 ちなみに、新聞のコラムでフィリドール公爵夫妻の仲よしぶりが取り上げられていたので、ジスランも生きている様子。よかった。

 しかし、ミレーヌは問題に直面していた。新たな職を探さなければならないのである。内務長官フィリドール女公爵が大規模な整備を始めたので、働き口は、あると言えばある。だが、せっかくなじんできた『ミエル・ド・フルール』に未練があるのだ。


 家に戻った翌日、様子を見に行ったが閉まっていた。閉店にはなっていなかったから、もう一度開く、と信じたいが……数日前もやっぱりやっていなかった。なんだかんだでもうファルギエール再制圧から半月が過ぎていた。


 マルシェで買い物をして、ため息をつきながらも未練がましく『ミエル・ド・フルール』のある通りを通って帰る。少し遠回りになるが、ミレーヌはたまにこうして帰るようにしていた。と。


「え!?」


 店が開いていた。もちろん、『ミエル・ド・フルール』だ。客としては言ってこともない店に、ミレーヌは正面から入った。

「いらっしゃいませ。ああ、ミレーヌ。久しぶりだね」

 ひらひら手を振っていたのはエリゼだった。ミレーヌは笑顔の彼に向かって言う。

「……何してるんですか、エリゼさん」

「どう見ても店番だね。再開したことを知らないのか、人が来なくて」

「来ないでしょうね……」

 街中では大した騒ぎはなかったが、政権が覆ってからまだ半月しかたっていないのだ。


「っていうかエリゼさん、軍に戻ったんじゃないんですか」


 エリゼが『ミエル・ド・フルール』で副店長をしていたのは、店長に身をやつしていたマリアンヌ王太后を守るためだと思っていた。だから、その役目が終われば軍に戻るとばかり思っていた。

 なのに、彼は笑って言う。

「それがね。私は将軍なんかより、店でコーヒー作ってる方があってるなぁって。あ、ミレーヌ、コーヒー飲んでみる?」

 ガトーも付けよう、と暇な店番が言うが、ミレーヌは首を左右に振る。

「そんなお金、ありません」

 物価が下がってきたのでなんとか暮らせる範囲だが、余剰分のお金はない。うちには食べ盛りの子たちが何人もいるのだ。


「ははっ。巻き込んじゃった君からお金をとったりしないよ。あとできっちりシャルに請求しておくから気にしないで」


 さらっと言われたが、フィリドール女公爵に付けてしまっていいのだろうか。ためらったのがわかったのだろう。エリゼが「いいから」と手招きする。ミレーヌはカウンター席に座った。

「っていっても、君にはまだコーヒーは早いかな? カフェオレにしようか」

「お、お願いします」

 働いていた店なのに、緊張しながら言った。エリゼがガトーとカフェオレを出してくれた。ミレーヌはカップに口をつける。

「あ、おいしい」

 覚悟したほど苦くない。砂糖を入れてくれたのか、ほんのり甘さがある。ガトーは文句なしにおいしい。

「それはよかった」

「……ユーリは元気ですか」

 一つ年上の少年のことを尋ねてみる。本当は、フィリドール女公爵とかフランソワとか、近況を聞きたい人はたくさんいるけれど。

「元気だよ。シャルが無理をするものだから、ハラハラしてるね。まあ、これはジスランもだけど」

「へえ~」

 フィリドール女公爵、今度は何をやらかしたのだろう。ものすごく気になった。


「ねえ、ミレーヌ」

「はい」


 呼ばれて反射的に返事をする。にっこり笑ったエリゼと目があった。

「ミレーヌ、今、何か仕事してる?」

「求職中ですけど」

 本当に、切実に、職を求む。

「良かった。実は、従業員を探してるんだよね。今、私一人だけで。他の子たちはみんなもう別の仕事についちゃって」

「は、早い……」

 と思ったが、元の『ミエル・ド・フルール』の従業員は元軍事や技術者が多く、フィリドール女公爵が権勢を握ってからは元の職に戻っていたのだそうだ。ジゼルはそのまま劇団に入団したと聞いている。

「と言うわけで、ミレーヌ、どうかな。明日からでも」

 ミレーヌはパッと破顔した。


「お願いします!」


 『ミエル・ド・フルール』。コーヒーと安らぎを提供するその店には、今日も変わった客が訪れる。慣れ親しんだお仕着せとエプロンをつけたミレーヌはからん、となったドアベルに振り返る。そして、そこに立っている仲よさげな夫婦を見て眼を細めて元気よく言った。


「いらっしゃいませ!」











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ひとまず、本編は完結です。

現在番外編の準備中であります。


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