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【25】










 血で血を洗い奪還されたミストラル宮殿は、シャルロットにかつてのフィリドール公爵領の居城を連想させた。しかし、今回ミストラル宮殿をそうしたのはシャルロット自身だ。

 嘘のように天気が良い。シャルロットが宮殿を再制圧してから二日が経とうとしていた。すでにゲルラッハ公爵は帝国に送り返され、シャルロットはフランソワを中心にファルギエール政府の再構築を行っている。


 シャルロットが女王になるか、フランソワが王になるか。現在はフランソワが王になる方向で進んでいるが、彼が拒否すればシャルロットが女王として即位するだろう。

 フランソワはシャルロットの従兄、つまり、前ファルギエール王アンリの息子である。つまり、マリアンヌは王妃だ。だった、と言うべきだろうか。

 そもそも、シャルロットは十二歳で隣国コルティナ王国から王太子アンリ嫁いでくるマリアンヌの侍女として宮殿に上がった。王族の血を引くことから、アンリの影のような役割も求められていたのだとは思う。


 五年を、彼らと共に過ごした。シャルロットを鍛えたのは従兄のアンリだ。彼女はファルギエール国王の弟と、後のファルギエール王に師事したと言うことである。

 侵略戦争にファルギエールに敗北したとき、シャルロットはマリアンヌ、フランソワと共に逃げていた。アンリは捕らえられて処刑され、シャルロットは従兄の子を育てることに決めた。

 どうしても、マリアンヌと引き離さざるを得なかった。当時十八歳だったシャルロットは二人をまとめてかくまうような力はなかった。

 フランソワは賢い子供だった。シャルロットは彼に様々な学問を叩き込んだ。帝王学だけではない。普通に生きていくための術を。彼の未来の選択肢が広がるように。


 それでも、彼に生き方を強要してしまったのではないかと不安になる。彼がアンリの息子だから、王になるべきだとシャルロットはどこかで押し付けてしまってはいないだろうか。帝王学を教えたのも、今では会得者がシャルロットのみとなってしまった宮廷剣術を教えたのも、シャルロットだ。彼女がフランソワが王になる条件をそろえた。


 シャルロットがふらりと立ち寄ったのは、彼女の夫ジスランが眠っている部屋だ。いや、変な意味ではなく、シャルロットをかばって刺されてから目覚めないのである。

 部屋の中には世話役の女性がいたが、シャルロットが入ってきたのを見て静かに席を外す。帝国に制圧された後も、宮殿に留め置かれた使用人の一人だ。

 シャルロットはベッドの近くの椅子に座り、ジスランの顔を覗き込んだ。顔には怪我はなく、きれいなものだ。魔法治療も良く効いているのでそろそろ目覚めるだろうとは言われている。

 手を伸ばしてジスランの頬に触れる。そのまま指を滑らせるが、彼がその眼を開くことはなく、ため息をつく。


 大切なものが、指の間から滑り落ちていくようだ。一つ手に入れる代わりに、多くのものを失う。シャルロットはファルギエールを再制圧したことで、確実に何かを失っていた。


 このままジスランが目を覚まさなかったらどうしよう。本当にシャルロットは生きていけないかもしれない。


 ノックがあって、「入るわよ」と声がかかった。間をおかずに扉が開く。

「やっぱりここにいた。ドゥメール侯爵が探していたわよ」

 入ってきたのはカフェの女主人から王太后に華麗な転身を遂げたマリアンヌだった。振り返ったシャルロットは貫録のある王太后の姿に微笑む。

「やあ、マリアンヌ。今日も麗しいね」

「そんな蒼白な顔で言われてもねえ。本当はあなたも寝ていた方がいいくらいよ」

 マリアンヌがシャルロットのそばまで来ていった。シャルロットは椅子を譲ろうを腰を上げるが、マリアンヌはそんな彼女の肩をぐっと押した。

「座ってなさい。本当に倒れるわよ」

 自分は今そんなに顔色が悪いのだろうか。シャルロットが椅子に座りなおしたとき、小さなうめき声が聞こえた。はっとして身を乗り出す。


「ジスラン!」


 ヘイゼルの瞳が焦点を結ぶ。そして、身を乗り出したシャルロットを見て少し頬を緩ませる。


「……あまり、泣いてくれるな。俺はお前の涙が苦手だ」


 ジスランの指がシャルロットの涙をぬぐうが、ぼろぼろと泣きだしたシャルロットの涙は止まらない。病み上がりのジスランは身を起こして妻の頭を抱きしめた。シャルロットも素直にすがりつく。

「あんたたち……昔は喧嘩ばかりしていたのにね」

 マリアンヌが懐かしむような口調で言った。確かに、顔を合わせたばかりのころ、シャルロットとジスランは喧嘩ばかりしていた。今も変わらない気もするけど。

「すまん、マリアンヌ。これが迷惑をかけたな」

「いいえ。あたくしの夫との思い出の場所を取り戻してくれたのは彼女よ。もう少し、体を大事にしろとは思うけれど」

 それで思い出したらしく、ジスランはシャルロットの顔を覗き込んだ。

「そう言えばお前。妊娠したとか言ってなかったか」

「……二日ぶりに目覚めてそれだけ動けるって、やっぱりすごいわね」

「話をそらすな」

 ジスランが呆れたように言った。マリアンヌが「医者を呼んでくるわね」と出て行く。王太后を使い走りにしているこの状況。

「……私は平気よ。おなかの子も……」

 今のところは。ジスランがほっとした様子を見せ、そうか、と微笑む。

「お前に申告された時は本気で殴ろうかと思ったぞ」

 シャルロットがジスランに告げた時、二人とも戦場にいた。ジスランは気が気でなかっただろう。シャルロットは保身のために平気でうそをつくが、この手の趣味の悪い嘘はつかない。付き合いが長いからこそ、本当だとわかったはずだ。夫として、腹の子の父親として、早く戦いの場から遠ざけたかっただろう。その結果が、彼のこの怪我である。元をただせはやはりシャルロットのせいだ。


「……ごめんなさい。私のせいね」


 包帯の巻かれた腕をそっとなでると、ジスランは「そうかもな」と答えた。

「聞いてもいいか。何故このタイミングだった。フェリシアンが行動を起こしたから、だけじゃねぇよな。お前なら子を生んだ後に延期させることだってできただろう」

 難しかったかもしれないが、それもできたと思う。ユーリなどは、フェリシアンが行動を起こした時点でもうやるしかない、と思っていた節があるが、そうでもない。もちろん、彼らが先走らないようにするためには、早めの行動が一番よかったのだけど。


 それも理由の一つ。でも、一番の理由は。


「……子供を生んでしまったら、決心が鈍ると思ったの」

 シャルロットはファルギエール王国の筆頭貴族で、王国一の資産家だ。帝国支配下でも、愛する夫と愛する子と、幸せに暮らすことはできたと思う。

 母となったシャルロットは、全てを投げ捨ててその道を選んだかもしれない。だから、一度進んだ道を全うするには、今行動するしかなかった。まあ、準備を始めてから発覚したと言うのもある。

 とても言い訳がましい。理由を聞いたジスランは、「正直俺は、それでもかまわなかった」などと言いだす。シャルロットは少しむくれた。

「何よ。もう遅いわ。それに……この子を育てられるか、まだわからないわ」

 そっと自分の腹に触れる。まだ平坦な腹。この子が大きくなるか、まだわからない。シャルロットは過去にも妊娠したことがあるが、その子は育つ前に流れてしまった。

「……なあ、シャル。俺はお前との子ができてうれしい。だがな、お前と二人きりだったとしても構わないと思っている。お前を独り占めできるからな」

「……何、それ」

 口元に笑みを浮かべたシャルロットだが、その青灰色の瞳からは再び涙があふれ始める。ジスランがシャルロットの頬を撫で、微笑む。


「だから、泣いてくれるな」


 触れるだけのキスが落とされる。その時、扉が開いた。


「仲がいいのはいいことだけど、病み上がりなのはわかってる? シャルも安静にしていなさい」


 人生の先輩の言うことは聞くものよ、とマリアンヌ。本当に医師を連れて戻ってきた。医師も苦笑を浮かべていた。今更恥じらうような可愛げもない二人であるが、さすがに顔を見合わせて慎むことにした。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


砂糖吐くかと思った。あと1話で完結です。


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