【24】
捕まった時に武器類はすべて取り上げられているが、魔術師の面が強いシャルロットにはあまり関係のない話だった。彼女が魔法を展開すれば、玉座の間の魔法が発動した。
彼女の周囲ではユーリやジスランが帝国軍人から武器を奪い取っている。ここの戦闘力で言えば、彼らは抜きんでている。後はシャルロットがうまく指揮をとれるかどうかだ。
シャルロットは玉座にかけ上ると、玉座の側の床に両手で触れた。すでに発動している魔法をコントロールする。すると、玉座の間と廊下をつなぐ扉が強制的に閉められた。シャルロットの魔法によるものなので、彼女が解除しない限りは開かない。他の場所でも順に扉が閉まっているはずだ。シャルロットも使うのは初めてだが、たぶん、問題ない。たぶん。
「彼女は殺すな!」
シャルロットははっと玉座の階段の方を見る。帝国軍人が駆け上ってきていた。シャルロットは魔法を使おうとするが、その前に帝国軍人が階段を転がり落ちた。背後からジスランが切ったのだ。
「あら、ありがとう」
「少しくらい動揺しろ。大丈夫か」
「平気。あ、あのさ。私、あなたに言ってないことがあって」
「それ、今言う必要あるか?」
などと言いながらもジスランはしゃがみ込む。シャルロットは少し目を細めて言った。
「実は私、子供ができたんだ」
「……お前それ、ここに来る前に言うべきことだよな」
驚いたのか本当だと思っていないのか、ジスランは平坦な口調で言った。
「言ったら止めるでしょ。でも、この魔法は私やフランソワがいないと成立しないんだから」
シャルロットが使っているのは、ミストラル宮殿の防御魔法だ。これは王族の血に反応するので、使用するにはシャルロットかフランソワが同行する必要があった。そうなると、どう考えても一緒に行くのはシャルロットだろう、ということになる。
不機嫌そうにシャルロットを見ていた彼は、不意に彼女に口づけると言った。
「その言葉が嘘でも本当でも、あとで覚悟しろよ」
『あとで』。未来の約束だ。シャルロットはこんな状況だと言うのに、嬉しそうに微笑んだ。
魔法を通して外の様子を確認する。宮殿の防御魔法を利用しているからできることで、シャルロット自身には索敵系の能力はない。シャルロットは立ち上がるとゆっくりと高くなっている玉座から降りる。
「ゲルラッハ公爵、あなたの敗けよ。悪いことは言わないわ。投降しなさい」
「この状況で? 馬鹿を言うな」
どうあっても彼は負けたなどと言わないだろう。そして、それはシャルロットも同じ。なら、本気で叩き潰すしかないだろう。
増援が来ないのなら、シャルロットたちの方が強い。ジスランとユーリの二人ですでに戦力過剰なくらいだ。
「八年前、我先にと突っ込んできた君が高みの見物か。偉くなったものだな」
「人にやらせて自分は何もしないあなたに言われたくないわ。それに、この宮殿は既に私の支配下にあることを忘れないでほしいわね」
いくらゲルラッハ公爵であろうと、この古い魔法を奪い取ることは不可能だ。彼は唇の片方を吊り上げる奇妙な笑い方をした。
「正しく魔女の支配下と言うわけか。ぞっとしない」
かつての戦争で呼ばれた名を蒸し返され、シャルロットはちょっと面白くない。そうしている間にも、玉座の間は制圧されてきたが。
「メートル。どうしますか」
「ひとまず捕らえておいて」
あとで考えようと思って、ユーリにそう命じる。今まさに拘束されそうになっているゲルラッハ公爵が笑い声をあげた。
「だから甘いんだよ、女公爵!」
ガシャン、と音がした。はっと上を見上げる。
「上!?」
さすがに上は見てなかった。天井高いし、と嫌に冷静に考えるシャルロットは、とっさに駆け出す。
「シャル!」
「っ!」
同じく駆け寄ってきたジスランの手をつかむ。強引に引き寄せられて抱き込まれた。金属が床に落ちる衝撃音がする。シャルロットはジスランにしがみついてギュッと目を閉じた。魔法ではじくことも不可能ではないが、今は宮殿の防御魔法の制御に能力の大半を割いてしまっていた。
「メートル! ジスラン様!」
音が落ち着いたころにユーリが駆け寄ってくる。ジスランの腕が緩められ、シャルロットはひょっこりと顔を出す。目の合ったユーリがほっとした表情になる。
「無事ですね」
ひとまず。うなずくと、ジスランがシャルロットの耳元でつぶやいた。
「てめえ……自分の身を守ることも考えろ……」
「ジスラン!」
シャルロットにもたれかかるように意識を手放したジスランに、シャルロットが悲鳴を上げる。これはまずい、と判断したのか、ユーリがシャルロットの肩をつかむ。
「メートル! シャルロット様! ジスラン様を助けるためにも、早く終わらせましょう。深呼吸して、まずは防御魔法を解除してください!」
あらかじめ手順を確認していたので、ユーリの指示は的確だった。たぶん、ジスランにシャルロットが混乱したとき対策を教わっていたのだろう。自分でもはっきりわかるほど、シャルロットは情緒不安定だった。
ユーリの指示通り、額に手を当てて何度か深呼吸を繰り返し、防御魔法を解除する。そうしなければ、マリアンヌたちが入ってこられない。
シャルロットはジスランの怪我を確認する。シャルロットをかばったのだから当たり前だが、剣やら短剣やらが刺さっている。おそらく、宮殿に装飾用に飾られていたものをあらかじめ天井に用意しておいたのだろう。そして、それを魔法で落とした。最初から用意されていれば、シャルロットの防御魔法が発動したって関係ない。
ゲルラッハ公爵はちゃんと拘束されている。防御魔法が解除されれば、宮殿の外での騒ぎが聞こえてきた。シャルロットの計画もうまくいっているようだ。
防御魔法が解除されたことによりやってきた魔法医の青年にジスランを預け、シャルロットは立ち上がる。そのまま取り押さえられているゲルラッハ公爵の前に片膝をついた。
「あなたの負けだ。あなたは、このままアイヒベルク皇帝に引き渡される。そして反逆罪で裁かれるだろう。皇帝があなたをどうするか見ものね」
「嵌めたのか」
「噂を流させてもらったわ。あなたがファルギエールを乗っ取って、皇帝を殺そうとしているとね。まあ、あながち間違ってなかったようだけど」
シャルロットが静かに言うと、ゲルラッハ公爵は乾いた笑い声をあげた。
「君は私に奪われたから、私から奪うのか!」
「ああ、そうだよ」
ゆらりとシャルロットは立ち上がる。ふらついたと思ったのか、ユーリがシャルロットの肩を支えた。
「奪ったのなら、奪われる覚悟をするべきだわ。私はあなたに多くを奪われたが、それ以上に多くを奪ってきた。だから再び、奪われる覚悟はある。すべてを失うことになったとしても、私は立ち止ることはできなかったのだから」
「シャル!」
玉座の間に入ってきたのはマリアンヌだった。さすがに侵略戦争を乗り越えたとはいえ、彼女は主戦場にはいなかった。いたるところに戦いの痕が残る広間に少しひるんだ様子だ。
「……あなた、大丈夫?」
そんなマリアンヌが気にしたのは明らかに顔色の悪いシャルロットのことだった。自分ではしっかり立っているつもりだったが、結構ユーリに寄りかかっているらしい。マリアンヌの整った顔を見たシャルロットは、さーっと蒼ざめた。
「……気持ち悪い……」
「ちょっとそれどういうこと!」
劇的瞬間なのだが、シャルロットが口元を押さえて訴えたので、微妙な感じになった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
シャルロットのはサバイバーズギルドな近い…のだと思います。