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【22】









 家を出たところで、ミレーヌは男たちに囲まれたが、どこかへ連れて行かれる前に救出された。普通なら怯えるところではあるが、展開が早すぎてむしろぽかんとしてしまった。

「無事だね」

「そう、ね……え。ユーリ?」

「うん」

 一瞬で男たちをのしたのはユーリだった。今回は男装で、平民に紛れるような格好をしている。そんな恰好をしていても、持ち前の美貌のせいで浮いていたけど。

「え、何? どうしたの?」

「……侯爵の予知は当たるから困る……ミレーヌ。悪いけど一緒に来てくれ。早ければ二日ですむ」

「え、何が? え!? えっと、母さんと弟たちが!」

「そっちは大丈夫だよ。保護魔法をかけてあるから」

「……」

 なら、ミレーヌも家にいても平気なのでは? と思わないでもなかったが、ミレーヌはそのままユーリに連れて行かれた。ほぼ誘拐である。知り合いじゃなかったら。

 本当は、そのまま家に送り返す予定だったらしいが、思いがけず襲われたので、連れてこられた……のだが。


 連れてこられたのはどこかの貴族の屋敷だった。以前行ったフィリドール公爵邸ではないことはわかった。

「あれ、ミレーヌ?」

「エリゼさん」

 声をかけてきたのはエリゼだった。見なれた彼だが、いつものお仕着せではないのでちょっと違和感がある。

「あ、エリゼさん。メートルを知りませんか?」

「マリアンヌと一緒にいると思うけど」

 え、店長もいるの、と思ったが、ミレーヌは口を挟まなかった。ただ首をかしげてユーリに寄り添う。


 ミレーヌはユーリについて屋敷の奥に進む。すれ違う人々は軍人のような体格の人が多く、どうしてもミレーヌに物騒なことを連想させる。

 ユーリの仕えるフィリドール女公爵は、反帝国のファルギエールにおける主導者だ。彼女は否定しなかったし、事実なのだと思う。彼女が会社を立ち上げたのは、反乱の為の下準備だとしたら納得できる。

「マリアンヌ様。メートルは?」

 部屋をのぞいたユーリは部屋の中にマリアンヌとフランソワしかいないのを見て首をかしげた。たぶん、どこかにジスランもいるのだろうが。

「もうしばらくしたらみんな集まってくるわよ」

 マリアンヌはそう言った後、ミレーヌに目をとめた。

「あらら。あなたまで連れてこられちゃったの」

 マリアンヌが言ったとおり、ぼちぼち人が集まってくる。その間にミレーヌは、この屋敷が亡命した貴族のものを、エメ・リエルが買収したものだと知った。実際に、帝国に占領されてからファルギエールを離れる貴族はそれなりにいるらしい。

「地位を売り払って、ファルギエール貴族の位を帝国の人間が買ったと言う事例もあるわ。近いうちに、我が国は本格的に帝国に乗っ取られてしまうでしょうね」

 考えたこともなかった。ミレーヌのまわりでは、帝国支配の前後でそれほど何が変わった、と言うことがなかったのだ。だが、話を聞いていると本当に帝国占領下にあるのだと思わせられる。


 ふらっとフィリドール女公爵が姿を現した。ミレーヌを見て眼をしばたたかせる。

「あれっ。ミレーヌがいる」

「諸事情で連れてきちゃいました」

 ユーリが説明をかっ飛ばして言うと、フィリドール女公爵は眉をひそめたが「まあいいか」とあっさりしたものだ。まあいいか、の一言で片づけられてしまったミレーヌは手を上げる。

「はい! 私どうすればいいんですか!」

「襲われたのはこちらの落ち度だから、マリアンヌたちと一緒にいてもらうほかないね」

 フィリドール女公爵がさらっと言った。どうやら、先に報告が行っていたらしい。

「速やかに終わらせて帰ってくるつもりではあるけど……」

「反乱ってそんなに簡単に終わるものなんですか?」

「場合によっては」

 場合によっては、とはどういうことだ。さらにジスランがやってくる。

「何やってんだ、てめぇら」

 こちらは完全に戦闘用意が整っていた。戦闘服、と言うのだろうか。いかにもな格好をしていた。ついでに言うとフィリドール女公爵も男装で、ブーツにジャケット姿だった。

「本当にやるんだな」

「くどい」

 ジスランが確認するように言った。即答でフィリドール女公爵が応じる。

「私がやるしかないでしょ。最も適任だわ」

 その言葉はまるで、自分に言い聞かせているようで、ジスランにもそう聞こえたらしい。彼は顔をしかめた。


「そう言うことじゃねえ。マリアンヌには悪いが、別にやるのはお前じゃなくてもいいはずだろ」


 ミレーヌは視線をフィリドール女公爵に移す。ユーリも同じように首を動かしていた。

「そうかもしれない。だけど、私には始めた責任がある。抵抗を始めたのは、まぎれもなく、私が最初なのだから」

「シャル、王になるの?」

 フランソワが尋ねた。ミレーヌは子供ならではの問いかと思ったが、そうではなかったようだ。


「お前が望むのならね。私はお前に、未来を選べる教育をしてきたつもりだ。お前は王にもなれるし、嫌だと言うのであれば他のことをすることだってできる。何かしたいことがあるのなら、私が責任を持ってこの国の女王となろう」


 そうだ。フィリドール女公爵にはその資格があるのだ。彼女の父親は、フィリドール公爵家に婿入りした元王子なのだから。

「ふーん。考えとく」

「そうしてくれ」

 フィリドール女公爵はフランソワの頭を撫でるとそう言って微笑んだ。

「シャル、じゃなくて、フィリドール女公爵ラ・デュシェス・ド・フィリドール。準備ができたよ」

 ひょこっと顔をのぞかせたのはエリゼだった。フィリドール女公爵がため息をついて言った。


「よし。じゃあ行こうか」


 こういうの苦手、と顔をしかめている。ミレーヌはマリアンヌに肩をたたかれた。

「ちょっと見学して来ない?」

 何をかはわからなかったが、とりあえずうなずいてみた。よくわからないが、マリアンヌが一緒なら大丈夫だろうと思ったのだ。広いエントランスに数十人が集まっている。さすがにこれだけいると、広いはずのエントランスが狭く感じられた。

「みんな、お久しぶりね。突然行動を起こした私に同調してくれたことを感謝するわ」

 フィリドール女公爵が静かに口を開いた。みんな、彼女の話を真剣に聞いている。

「我々は理解しなければならない。自分たちの行動が、ファルギエールの今後にどう影響を与えていくのか。今行動を起こせば、私たちに退路はないのだと言うことを」

 フィリドール女公爵は反論を待つように言葉を切ったが、誰からも声は上がらなかった。なので、彼女の話は続く。


「今、私たちの国は侵略者・アイヒベルク帝国によって支配されている。私たちには、それを見て見ぬふりをすることはできない。だからこうして集まった。私たちの国を、誇りを取り戻すために」


 静かな語り口調だったフィリドール女公爵の口調が強くなった。


「帝国は確実に我らから奪っている。表面上は、七年前、帝国支配の前と変わりなくも見える。だが、今のままではそう遠くないうちに、ファルギエールと言う国は消え失せてしまう。世界から消えてしまう。

 私には、安全に君たちを国外に出せるだけの力がある。もし、望むものがいるのであれば、その機会を提供する。望むものはいるか」

「おりません!」

 即答だった。いや、もうちょっと考えろよ! と思わないでもない。だが、フィリドール女公爵も「そうか」で済ませた。

「では、みな、私についてくる気があるのだと判断する。かつて私は、家族を皆殺しにされた。これは私の私怨で、復讐なのかもしれない。それを理解しても、君たちは私についてくるか。自分たちに未来がないかもしれない、そうであっても、ついてきてくれるか」

 無言が答えだった。

「では、只今より、ファルギエール奪還作戦を開始する。私からの最初の命令は、全員、最後まで生き続けることだ」

 おお! と声が上がった。ミレーヌ・ベルレアンはたまたま、本当に偶然、後に政治家・革命家として名を残すフィリドール女公爵シャルロットの演説を耳にしたのだった。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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