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【21】










 オペラ・ハウスでの事件の後、再びエメ・リエルとユーリは王都を離れたらしい。今回は突然姿をくらますようなことはなく、ちゃんと夫のジスランに報告してから出て行ったらしい。出立の前日にユーリが挨拶に来たので確かだ。

 たぶん、二ヶ月くらい王都にとどまっていたのではないだろうか。マリアンヌとエリゼが「結構持ったわね」と話していたので、いつもはもっと短いスパンで出て行くらしかった。


 ひと月くらいで戻ってくるよ、と言ってユーリたちが出立してから早十日。今日も、ミエル・ド・フルールには変わったお客様が来店していた。


「ねえ、この盛り付け、雑ではなくて。それにこのティーカップとお皿。もっと良いものを用意できませんの?」

「うちは大衆向けのカフェですので」

 いつもにこにこポーカーフェイスのエリゼも、笑顔が引きつっている。明らかに育ちのよさそうなお嬢さんが来店中なのである。恋人なのか手下なのかわからないが、同年代の男性も一緒で、「彼女にこんなものを出すなんて!」と憤っている。

「何度も言いますが、ここは大衆向けのカフェです。高級なものをお望みでしたら、そう言う店に行ってください」

「なんですって!? こんな店、私がパパンに頼めばすぐにつぶれるわよ!」

「ご自由に」

 エリゼがあきらめたように言った。ミエル・ド・フルールをつぶすことなど不可能だ。ミレーヌは他の客にコーヒーを持っていく。

「ご迷惑をおかけしております」

「いいのよ。あなたたちも大変ねぇ」

「あの子があんなことを言っていても、閉店したりしないでしょう?」

 いつもおしゃべりがてら寄ってくれるマダム達だ。ミレーヌは「はい」とうなずく。

「そんなことにはなりません」

 何しろ、バックにいるのは|エメ・リエル(フィリドール女公爵)だから。彼女がいる限りこの店がつぶされることはない。

 エリゼも言っているが、この店は大衆向けだ。平民を対象としたカフェなのだ。そこに高級さを求めるのは間違っている。

 もちろん、このようなカフェに来られるのは、平民でも中流階級くらいの人たちだろう。この素敵なマダム達も、平民だがそれなりの収入があるからこういうところに来られる。


 若いカップルらしき二人は、文句を言いながらもコーヒーを飲みほしケーキを平らげ、帰っていった。いったいなんだったのだろうか。

「なんだったのかしら、あの二人」

「さあねぇ」

 ジゼルに問われたミレーヌは肩をすくめた。結局、全部平らげていったし。

「とんでもないお客さんだったね」

「あの女の人、どこかのお嬢さんですかね」

「さあ……王国貴族ではないと思うけど」

「副店長、貴族名鑑が頭に入ってるんですか」

「まあある程度は? 一応元軍人だからねぇ」

 そう言えばそうでした。元軍人なら、ある程度貴族のことも頭に入っているだろう。その中にいなければ、たぶん、彼女は新興の富裕層だ。


「高級なのをお望みなら、高級な店に行けって話ですよね~」


 ミレーヌが言った。まあ高級店と言うのは帝国の息がかかっている場合が多く、それが嫌でいかない、という王国貴族は結構いるらしい。

「まあ今、王国人が高級店に行くと睨まれるからね。財産があるとみなされて、搾り取られる」

「え、でも雇用主パトロナは?」

 ファルギエール一の資産家と言われる彼女は? どう考えても大量の財産を所持しているが、搾り取られないのだろうか。

「難しいところだよね。彼女は分けて財産を管理しているから」

 入ってくるぶん、放出もしているし。

 悪いことをしていようが、ミレーヌには関係ない。少なくとも、直接会う彼女は親切で、夫のことが大好きな女性だ。


 そして、例の高慢な少女だが、三日ほどたったころにまた来た。そして、連れている男性は前回とは別だった。ミレーヌは思わず目を細める。

「え、まじで」

 いや、別にいいけど……。関係ないし……。ちなみに現在、エリゼは不在である。代わりにマリアンヌがいるので、たぶん、エリゼは今日夜のシフトなのだろう。

 コーヒーとタルト・タタンを注文した二人に、ミレーヌがそれらを運ぶ。

「コーヒーとタルト・タタンです」

 それぞれ二人の前に置く。おいしそうだね、と微笑んだ男性に対し、少女の方は顔をしかめた。

「わたし、前に言わなかったこと? 盛り付けが雑! 食器も大量生産のものでしょう! こんな小規模のカフェなんて、それくらいしか見せるところがないんだからもっと力を入れなさいよ!」

「……はあ」

 そんなこと言われても。背後で「てんちょー」とマリアンヌを呼んでいる声が聞こえたので、間もなく彼女が出てくるだろう。

「ちょっと、聞いてるの!?」

「聞いてますが、ただの一従業員である私には何も答えることはできません」

 ちょっと責任転嫁してみる。いや、実際に変なことは答えられないし。

「なら店長でも呼んできなさいよ!」

「はい。あたくしが店長ですけれど?」

 すっとミレーヌの隣に並んだのは赤毛の美女、店長のマリアンヌだ。ミレーヌはほっとしてさがろうとしたが、視えない位置で服を引っ張られたのでその場にとどまる。


 突然の美女の登場に、男性の方がちょっと見惚れていた。それが面白くないのか少女は彼を睨む。

「なんて顔してますの。こんな年増!」

 すさまじい暴言であるが、マリアンヌは怒らなかった。ただにっこり笑って言った。

「この店のあり方になじめないのでしたら、他の店を紹介しましょうか」

 ああ、マリアンヌならいろんな高級店を知ってそう。しかし、そう言うことではないのだろう。少女はむくれた表情になった。

「そう言うことではないわ! この店の質向上に貢献しようと言っていますのよ!」

 何だろう。その押しつけがましい感じは。自分のことではないが、ミレーヌは少しむっとする。だが、口を挟んでは面倒なことになるので黙っていた。

「確かに、店の質を向上させるのはあたくしたちの命題ですね。けれど、何もしていないわけではありません。我が店舗では、常に最新のものを取り入れていますから」

 確かに定期的にメニューは入れ替わっているが、そうなの? まあ、エメ・リエルが新商品を試していても不思議ではないけど。


「たとえばこのカップや皿。これらは、確かに大量生産のものですけど、ち密な魔法を使って模様をえがいたものです。現段階では、下手なブランド物より高いですよ」


 あとで聞いたところによると、まだ技術者が少ないからだ。エメ・リエルやその夫のジスランが手ずから試しているらしい。何してるんだ。

「何でも高級ならいいわけではありません。見た目がきれいならいいわけでもありません。ガトーの盛り付けだって、一番おいしそうに見える位置に置くようにしているのですよ」

「……」

 にっこり、さらに核心を持った口調で言われて少女は黙り込んだ。心なしか震えているようにも見える。適当に追い返したエリゼとは違うところだ。

「帰るわ! 行くわよ!」

 少女は立ち上がると男性を呼んでそう言った。怒りやら恥じらいやらで赤い顔を隠すように速足で店を出て行く。男性の方は「すみません」と苦笑してお金を払って少女の後を追う。

「ありがとうございました」

 マリアンヌがひらひらと手を振って見送っている。強い。


「さっき言ってたこと、本当なんですか」


 隣で聞いていたミレーヌが尋ねると、マリアンヌは「半分くらいはね」と答えた。と言うことは、半分は嘘と言うことだ。

「いいんですか。適当なこと言って」

「いいのよ。どうせわからないんだもの」

 はっきりと言いきられた。確かにわからないとは思うが。

「さて、ミレーヌ。引き留めて悪かったわ。作業に戻っていいわよ」

「あ、はい」

 ミレーヌはうなずくと、皿を下げて元の給仕の仕事に戻った。


 その五日ほど後、あの少女はまた別の男性を連れてミエル・ド・フルールを訪れた。さすがのミレーヌも度胸があるな、と感心した。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


そらそろ本編完結に向かっています。


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