【2】
不運にもエリゼに丸投げされてしまった金髪美人は、ユーリ・フェーヘレンと言うらしい。年は十七で、ミレーヌより一つ年上だった。何でも『ミエル・ド・フルール』のオーナーの秘書をしていて、しばらく帝国にいたとのこと。二か月不在だったらしく、一か月前に雇われたミレーヌが知らないのも当然だった。
ユーリ・フェーヘレンと言う名は、ファルギエール王国風ではない。どちらかと言うと、現在、この国を実効支配しているアイヒベルク帝国の名前に近い。ちょっと違うような気がするから、周辺国家の出身なのかもしれないけど。まあ、わざわざ聞いたりはしない。聞くにしても、もう少し打ち解けてからだ。
ファルギエール王国は、今から七年ほど前に帝国との侵略戦争に敗北し、その支配下に置かれることになった。完全に帝国に組み込まれることはなく、一応の自治を保った形であるが、政をまわしているのは帝国。周囲を見渡しても、帝国人が肩で風を切って歩いている。帝国軍人はファルギエールを守っていると言いつつ、ファルギエール人をいたぶるなど、好き放題だ。むしろ治安は悪化していると言っていい。
そんなわけで、帝国人は珍しくないのだが、ユーリは帝国人とも少し違う気がした。なんと言うか、名前のイントネーション的にと言うか。
「確かに、その話は聞いてるよ。ついでに何とかして来いっていう意味も込めて、オーナーは僕を送り出したんだろうしね」
並んで歩きながら、ユーリは言った。束ねていた金髪は肩までおろし、服もブラウスとシフォンのスカートに変わっている。こちらも良く似合っていた。
この優しげな見た目で、ユーリは近接戦闘の達人らしい。エリゼのように、元軍人なのだろうか、と思ったりもしたが、『元』が付くには若すぎるので、オーナーの秘書と言うよりは護衛をしているのかもしれない、と思って納得した。
とにかく、ジゼルと同性であるユーリにならストーカーのアロイスも過剰反応しないだろうし、しかも彼女は強いので護衛になる。ジゼルも一緒に帰るミレーヌも安心だ。
ミレーヌとジゼルがユーリにあれこれと国外の話を聞いていると、彼女はちらっと斜め後ろに視線をやった。ジゼルの顔がこわばる。
「……誰かいる?」
「君のストーカーかはわからないけどね」
ユーリは冷静に言った。クールと言うほどではないが、落ち着いた人だ。今も落ち着いた様子で「大丈夫」と言っている。
「君たちに何かあったら、僕が各方面にシバかれるから、全力で護るよ」
「そ、そう」
さすがにジゼルも引いた様子だ。
とりあえず、その日は無事にジゼルを家に送り届け、ミレーヌまで家に送ってもらった。住宅街の外れにある小さな家は、治安の悪い場所に位置するが、帝国に実効支配されている現在では、どこでもあまり変わりがないそうだ。
とにかくその日は無事にミッションを終えてほっとしたミレーヌであるが、翌日出勤してみると、思わぬ展開となっていた。
「え、ジゼル、来てないんですか?」
「ああ。何か知らない、ミレーヌ」
ミレーヌはふるふると首を左右に振る。むしろ教えてほしいくらいだ。どこ行った、ジゼル。
「はっ。もしかして、連れ去られたとか!」
「まさか! と、言いたいところだけど確かにその可能性はあるんだよね」
ちなみに、さきほどから会話している相手はエリゼである。今、ユーリがジゼルの家まで様子を見に行っているらしい。
「ストーカーですね。そんな強硬手段に出ることってあるんですか?」
って、男性のエリゼに聞くのはおかしいのか? だが、元軍人の彼なら、ストーカー被害の対応もしたことがあるのではないだろうか。
「まあ、ストーカー対象に別の異性の影が見えた時とか……」
「特にありませんよね」
しいて言えばユーリが増えたが、彼女は同性だし。しかし、エリゼは難しい表情で「うーん」とうなっている。
「え、何か心当たりでも」
「……ないこともないけど、見てもわからないしなぁ」
「はい?」
なんかよくわからないことを言っている。エリゼの脳内だけで完結している気がするので、とりあえず深く突っ込まないことにした。
「今はユーリが帰ってくるのを待って……お、噂をすれば」
ユーリが帰ってきた。ミレーヌは彼女に飛びつく。
「ねえ! ジゼルは!?」
「家にはいなかった」
「ええっ!?」
大声を上げるミレーヌに代わり、エリゼがユーリに尋ねた。
「家の人はなんて言ってた?」
「いつも通り出勤していったって。出て行った時刻から見て、寄り道していたとしてももう着いていなければおかしいのだけど」
それは、本格的に行方不明なのでは? ミレーヌは心配で眉をひそめた。
「大丈夫なんですか? ジゼル、見つかりますよね?」
「……まあ、無断欠勤するような子じゃないし、ストーカーに捕まったと考えるべきなのかな……」
エリゼも顔をしかめて言った。ユーリも整った顔を険しくする。
「ストーカーの人、何て名前だっけ?」
「アロイス・ペルランだね。そこの新聞社に勤めてる」
「わかった。じゃあ、僕はそっちも当たってみるよ。エリゼたちはカフェを開けて。お客さんも待ってるだろうし、オーナーもカフェは開けろって言うと思うし」
「確かにね」
ユーリの言葉に同意し、エリゼは店員たちに指示を出しはじめた。開店前の準備だ。ミレーヌも加わろうとしたが、その前にエリゼに呼び止められる。
「ミレーヌ! 君はユーリと一緒に聞き込みに行ってきな」
「え!?」
ミレーヌとユーリが同じ反応をした。エリゼは笑うと言った。
「上の空だからね。そんな状態で接客されても危ないから、ジゼルを探しに行ってきなよ」
「副店長……!」
ミレーヌはいつもは呼ばない役職名を呼び、目を輝かせた。だがしかし、ユーリは顔をしかめる。
「もしかしたら荒っぽいことになるかもしれないんだけど」
ユーリはミレーヌを連れて行きたくないようだが、ミレーヌはじっとユーリの顔を見つめた。見れば見るほどきれいな顔立ちをしている。はあ、とユーリがため息をついた。
「わかった。でも、身の安全は保障できないからね」
「うん!」
ミレーヌはうなずき、給仕の制服から着替えるために一度引っ込んだ。いつものワンピースに靴で出てくると、ユーリが待ち構えていた。彼女はミレーヌにポンチョのようなものを差し出す。
「えっと、何これ」
「気休めだけど、防御魔法陣が織り込まれてるから」
「う、うん。ありがと」
ミレーヌは素直に受け取ると、それを肩に羽織る。ユーリのものなのか、心もち大きい気がしたが、たぶん大丈夫だろう。
「いい? ミレーヌ。僕から離れないでね」
「わかった」
きりっとして答えると、ユーリが苦笑を浮かべた。ちょっと不安そう。いや、本当にごめん。無理やりついてきて……。
向かったのは何のことはない。アロイスが勤めている新聞社だ。ユーリは遠慮なく中に入っていく。ミレーヌは彼女の服の裾をちょっと引っ張って尋ねた。
「見つかったらどうすんの?」
「その時はその時だよ。嫌だね。こういうところ、オーナーに似てるって言われるんだよね」
ユーリは肩をすくめると、さらに奥に進み、若い男性記者に声をかけた。
「すみません、ちょっといいですか?」
ユーリがにっこりと笑ってそう声をかければ、たいていの人が振り返るだろう。それほど美人なのだ。ミレーヌもちょっとぽーっとする。ユーリは美人だが、あまり笑わない。少なくとも、この二日間で笑ったところを見たことがなかった。
「ええっと、何の用でしょう?」
若い男性記者はユーリを見て顔を赤らめていた。気持ちはわかる。世の中容姿がすべてではないが、容姿がいいに越したことはないと思う。
「少しお聞きしたいんですが、アロイス・ペルランさんってどんなかたでしょうか? ここで働いてるんですよね?」
にっこり笑ったユーリであるが、対照的にその記者は顔をゆがめた。
「アロイスですか……なんというか、いけすかないやつですよ。今日も無断欠勤だし」
「そうなんですか?」
ユーリが小首をかしげる。見ているだけのミレーヌであるが、ユーリが話しの引き出し方がうまいのはわかった。とにかく、アロイスは評判が良くないらしい。
「仕事は不真面目、記事は嘘だらけ、職場の同僚の彼女や奥さんに手を出す……」
「最低ね」
ユーリが集めた情報を読み上げるのを聞いて、ミレーヌは吐き捨てた。
「これが本当なら、早くジゼルを助けないといけないね。と、ここだ」
教えてもらったアロイスの家の住所を見ながら歩いていたユーリは、一つの集合住宅を見上げて立ち止った。ミレーヌも同じようにその集合住宅を見上げる。
「よし。行こうか」
ミレーヌはうなずくと、ユーリのあとに続いた。
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