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【19】








「長らく姿をくらませていたようですが、再びお会いできて光栄ですよ、女王ル・レーヌ

「妙な呼び方をしないでちょうだい」


 フィリドール女公爵ラ・デュシェス・ド・フィリドールが低い声で言った。もともと、女性にしては落ち着いた声音であるが、今のは本気で怖かった。ミレーヌもさすがに硬直していると、かばうようにすっとユーリがミレーヌとジゼルの前に立った。

 フェリシアン・ボーマルシェがフィリドール女公爵に近づこうと足を踏み出すが、ジスランが前に出た。フィリドール女公爵がそれに従って後ろに下がる。

「逃げるのですか」

「てめえには関係ねぇだろ」

 ジスランが低く言った。いや、彼はもともと声が低いけど。この夫婦怖い。

「何の用だ。こいつに『動くな』と言われただろう」

 ジスランが問いかけると、フェリシアンがふっと笑った。

「ええ、確かに。ですが、いつまでたっても女王ル・レーヌが動く気配がありませんでしたので、思わず」

「それと、てめえがこいつを狙うことと、何の関係がある」

 飄々と笑うフェリシアンと、静かに怒るジスラン。彼の後ろから成り行きを見ているフィリドール女公爵はじっと様子をうかがっていた。

 フェリシアンは芝居がかかった仕草で両手を広げた。


女王ル・レーヌを狙ったわけではありませんよ。すべては王国の自治を取り戻すためです」


 王国の自治を取り戻す。実はミレーヌにピンとこない。たぶん、国民のほとんどがそうだろう。下層の人間にとっては、支配者が誰だろうと大して変わらない。圧政があるのは確かで、ミレーヌだって帝国が攻めてくる前よりも生きるのが大変になっている気はするけれど、それが本当に帝国に占領されているからかは判断がつかないのだ。

 ミレーヌの父は騎兵隊の一員で、二年前の反乱の鎮圧に向かって命を落としている。戦いが起こると言うことは誰かが死ぬと言うことで、それはとても悲しいことであるが、ミレーヌはフィリドール女公爵のように家族をすべて殺されたわけではなく、彼女ほど帝国を憎むことはできない。

 ただ、ファルギエールを取り戻す過程でまた戦争が起きたら嫌だな、と思う。


「あなたはどちらでもよかったのね。わたくしが死んでも、生きても」


 フィリドール女公爵が言った。その声は平坦で、何の抑揚も感じられない。その言葉に答えるようにフェリシアンはふっと笑う。


「八年前、あなたはフィリドール公爵領軍を率いて帝国と戦い、完勝した方ですからね」


 ミレーヌたちから見えているのはフィリドール女公爵の後姿であるが、彼女が手を握りこんだのはわかった。家族を皆殺しにされた彼女が帝国軍に乗り込んでいったというのは聞いたことのある話だ。正直、普段の彼女を見ていると、そんなことをする人には見えないのだが。

「わたくしが生きていれば後に引けなくなって帝国軍を追い出すための戦を始める。死ねば、わたくしを慕うものたちが報復戦を行う。戦うことで帝国を追いだそうとするあなたにとっては、どちらにしても都合がいいのでしょうね」

 すっとフィリドール女公爵が前に手を伸ばした。

「だからわたくし、あなたのことは好きになれないのよ」

 がらがらと、周囲の景色が崩れていった。はっと気づくと、ミレーヌはオペラ・ハウスの客席の自分の席に座っていた。気を失っていたからか、椅子から半分ずり落ちているけど。隣のユーリも似たようなものだ。


「二人とも、大丈夫?」


 声をかけてきたのはフィリドール女公爵だった。周囲を見渡すが、彼女たち以外に人はいなかった。彼女は冷静に言う。

「フェリシアンたちの魔法で異空間にとらわれていたみたいね。公演はもう終わっているわ。ジゼルのことはジスランが連れてくる。行くわよ」

 フィリドール女公爵は強引にそう言うと、ミレーヌとユーリを連れて会場を出る。馬車乗り場の近くでジスラン、ジゼルと合流した。

「無事そうだな」

「こちらはね。とっとと帰りましょう」

 フィリドール女公爵はそう言ってジスランの手を借りて馬車に乗りこむ。ミレーヌは思わずジゼルと顔を見合わせた。


「何してるの。乗って」


 何でもないようにフィリドール女公爵が言った。ユーリが手を差し出したので、一応それをとって馬車に乗りこむ。最後にユーリが馬車に乗りこむと、走り始めた。

 進行方向と逆向きに座ったミレーヌとジゼルは向かい側のフィリドール女公爵をちらっと見て再び顔を見合わせる。どこに向かっているのだろうか。まあ、フィリドール公爵邸だろうけど。

「あ、あのっ」

 珍しくジゼルが声をあげたが、ちらっとジスランに見られ、断念したようだった。いつも空気をぶち壊してくるフィリドール女公爵が黙っているため、どうしても空気が重苦しい。


「えっと……ひとまず二人には公爵邸に来てもらうから。ご家族にはもう連絡してある」


 誰も事情を説明しないので、ユーリが言った。拒否権はないので、ミレーヌとジゼルはひとまずうなずく。


 平民である二人は、貴族街ですら足を踏み入れたことがない。なのに、目の前にある屋敷は豪奢すぎて唖然とした。思わず立ち止まる二人の背中を押して、ユーリが無理やり前に進ませる。

 彼女らの前を行くフィリドール夫妻は無言で、屋敷の中に入って行く。ミレーヌはこそっと尋ねた。

「あの二人、大丈夫なの?」

「大丈夫。基本的にラブラブだから」

 今はとてもそうは見えないから聞いたのだけど。ミレーヌは肩をすくめた。

 エントランスもまた豪華だった。もう驚くところが多すぎて驚けなくなってきた。別次元だった。

「管理が甘いぞ」

「余計なお世話。まあ、何を言っても言い訳にしかならないけど」

 立ち止ったフィリドール夫妻がにらみ合う。見つめ合うと言うよりは、にらみ合うと言った方がしっくりくる。

「もう猶予はねえ。どうする気だ」

「わかってるわ。二人も巻き込んでしまったし」

 肩越しにフィリドール女公爵がミレーヌとジゼルに目をやった。視線を戻して彼女がため息をつく。


「やるしかないのだろうか」

「今更怖気づいたか、盟主」

「怖気づいたわけではない。嫌なら、初めからしないからね。ただ……」


 言いかけて、フィリドール女公爵は首を左右に振った。それから振り返って微笑む。

「いきなり連れてきてしまってごめんなさいね。明日、二人ともおうちまで送るから、今日は泊まっていってちょうだい」

「えっと、はい」

 戸惑いながらもうなずく。こんなお屋敷に住めたらなぁと思ったこともあるが、いざ泊まるとなると戸惑う。戸惑った後にはっとした。

「あ、着替え!」

「それくらい貸すわよ。私が子供のころの服だけど」

 苦笑を浮かべたフィリドール女公爵が言った。雰囲気がいつもの感じに戻ってきたので、ジゼルが尋ねた。

雇用者パトロナはいつからそんなに背が高いんですか」

 そう尋ねるとフィリドール女公爵は頬に手を当てて小首をかしげた。

「結婚したころはジスランと同じくらいの身長だったのだけどねぇ」

 それでも結構高いのでは? ジゼルがさらに「結婚したのいつですか」と尋ねている。ジゼルは行けると思ったら結構ぐいぐい行く。ミレーヌはフィリドール女公爵の背後のジスランが気になってそれどころではなかったけど。


 お屋敷の使用人が案内してくれた部屋は客間らしいが、ジゼルとは別の部屋に案内されてちょっと不安になった。

「ここで一晩過ごせと……?」

 ベッドが大きい。このベッドだけでミレーヌの兄弟全員が寝られそうだ。そもそも、部屋自体がミレーヌの家より広い。格差だ、格差。

 しかし、思ったよりも疲れていたのか、横になったらすぐに眠ることができた。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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