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【16】

シャルロット視点。

シャルロットっていうか、エメ・リエル。









「おい、シャル、起きろ」

「……ん」


 肩をたたいて起こされた。声のした方を見ると、枕元に腰かけ、ジスランがシャルロットを起こしにかかっていた。

「起きたか」

「起きた」

「大丈夫か?」

「うん」

 短い会話である。シャルロットは寝起きでボーっとしていて、ジスランはそんな彼女をじっと眺めている。彼はたまに、こういうことをする。何が楽しいのかわからないけど。

 シャルロットは身を起こすと、ベッドに腰掛けているジスランの背中に抱き着いた。背はシャルロットより低いが、体格はやはり男だ。その肩に頬を摺り寄せ、目を閉じた。

「おい、てめえ、ここで寝るな」

 ばれた。ちょっと意識が飛びそうだった。ぺろっと舌を出してベッドから足を下ろす。

「ユーリはもう出かけた。俺たちも出かけるぞ」

「あれ、仕事は?」

 不定期出勤をしているシャルロットはともかく、ジスランは騎兵隊の隊長である。行かなくてもいいのだろうか。


「てめえが俺の側にいるっていうからな。いてもらおうじゃねぇか」

「……」


 ジスランがシャルロットの顎に指をかけて嫣然と微笑んだ。一応彼も貴族なのだが、何故こんなに口が悪いのだろうか。シャルロットがこんな性格になったのも、たぶん、二人がかつて仕えていた人の影響だろう。


 一体どこに連れて行かれるのかと思ったのだが、今王都に来ているサーカスを見に行くだけだった。なので、フランソワも一緒である。

 三人で出かけると親子に見られることが多い。親子と言うには年が近すぎる気もするが、シャルロットとフランソワが何となく似ているのも親子に見られる原因だ。二人だけならば姉弟に見られるかもしれないが、ジスランも一緒だと親子の方がしっくりくると言うわけだ。


 まあそれはいいのだが。(仮)親子三人でお出かけである。


 ジスランと出かけるときはいかにシャルロットと言えど気を使う。いつも適当にくくっている髪を編み、ワンピースを着る。靴はどうしても平たいものになる。ジスランの方が背が低いからだ。

 ジスランはシャルロットの髪をいじるのが好きだ。これは結婚する前からで、よく髪結いはジスランが行っている。シャルロット自身にさせると適当になるから、と言うのもあるだろうが。

 フランソワと手をつないでサーカスを見に行く。後ろの方の席に座ったが、フランソワは結構楽しめたらしい。


 彼にはいろいろな体験をさせたいのだ。様々なことを見て、触れて、大いに学んでくれるとよい。かつて、シャルロットやジスランに、彼の父親はそうしてくれた。

 帰りに公園に寄った。公園にも帝国兵がうろうろしているが、シャルロットたちも仲の良い家族にしか見えないだろう。

 芝生に座り、水鳥を眺めるフランソワを見ていた。少し離れているが、これくらいの距離ならすぐに駆け付けられる。ジスランなどシャルロットの膝に頭を乗せてまどろんでいた。シャルロットはフランソワの行動に注意しつつ、夫の硬い頬をつつく。

「……なんだ」

「ううん」

 ジスランは怪訝そうな表情で下からシャルロットを眺めていたが、彼女が微笑むだけだったのですぐに目を閉じた。そこにフランソワが戻ってくる。


「ジスラン、寝たの?」

「どうかしらね」


 たぶん起きているだろうが、シャルロットはあいまいに答えた。フランソワはツッコんでくることもなく、シャルロットの隣に座った。

「水鳥はもういいの?」

「うん」

 フランソワがうなずきながらジスランの前髪を引っ張った。ジスランは端正な顔立ちをしているが、表情が怖いのでみんな引く。だが、シャルロットはもちろんフランソワも彼を怖がったりせずぐいぐい押す。シャルロットの夫をしているところからもわかるとおり、彼は顔に似合わず寛容であり、簡単に怒ったりはしない。まあ、確かに短気なのかもしれないけど。

「ねえシャル。シャルはさ。何で僕を育てようと思ったの」

「……さて。何でかしらねぇ」

 改めて聞かれると、確かにわからない。いろいろ理由付けはできるけれど、シャルロットがやる必要はなかったのかもしれない。

「でも、まあ、この国から帝国を追いだそうと思ったら、わたくしかあなたの力が必要なのよ」

「それはシャルの事情?」

「そうね。だからあなたは嫌だったら逃げてもいいの」

「行く場所もないのに? 僕はシャルとジスランに守られてるってわかってるのに」

 シャルロットはフランソワの頭を撫でた。おとなしく撫でられた彼はその後に尋ねた。


「ねえ。何でシャルはジスランと結婚したの」

「ピンと来たから」

「何それ」


 かなり適当であるが、嘘は言っていない。たぶん寝たふりだと思うのだが、ジスランが目を開いて起き上がった。

「話はすんだか」

「完全に聞いてるじゃないの」

 ジスランは立ち上がるとシャルロットの手を引いて立ち上がらせた。フランソワは自分で立ち上がる。そして、ジスランと手をつないでいないシャルロットのもう片方の手を握った。

「それじゃあ、帰りましょうか。フランソワ、午後はお勉強ね~」

「剣術の訓練がいいです」

「それは明日ね」

 今日は学問だ。剣術や体術も必要であるが、連続して教えられるほどシャルロットには体力がない。フランソワに必要な剣術を受け継いでいるのは、もうシャルロットだけになってしまった。だから、彼女が教えるしかないのだ。


 翌日、シャルロットはジスランが出勤している間、約束通りフランソワに剣術を教えていた。シャルロットの剣術は、彼女の父が基礎を叩き込み、さらにフランソワの父が応用を教えたものだ。この型の剣術を純粋に使えるのは既にシャルロットだけ。

「力がついて来たらジスランに変わってもらわないといけないわねぇ」

「それまでに基礎を叩き込んでほしいんだけど」

「わかってるわ」

 フランソワの不遜な態度に、シャルロットは笑った。彼はマリアンヌの子であるが、育てたシャルロットとジスランの影響を大いに受けている。


 早めに訓練を切り上げたのは、シャルロットがドゥメール侯爵家の夜会に参加するためだ。ジスランも早めに帰ってきた。

 ドレスや髪型、アクセサリーなどを選んだのはジスランだ。三日前にシャルロットに告げたのは、彼女が逃げる猶予をできるだけ少なくするためだ。三日間でドレスなどを用意するのは難しいので、彼が用意していると思っていたのだが、本当にしていた。まあ、猶予があってもジスランが準備していただろうけど。彼はシャルロットを美しく飾り立てる方法を知っている。

 戻ってきたユーリにフランソワを預け、シャルロットはジスランと共にドゥメール侯爵邸に向かう。ドゥメール侯爵は宰相である。まあ、帝国に支配されている以上、権限などあってないようなものだが、ファルギエール人の中で最も権力を持っている人だ。彼の尽力がなければ、シャルロットは反乱同盟に加担しているというしっぽをつかまれてとっくに処刑されていてもおかしくない。


 シャルロットがジスランにエスコートされてホールに入場すると、一瞬人の声止み、楽団が奏でる音楽だけが聞こえた。しかし、すぐにざわめきが広まる。シャルロットは扇を開き、それで口元を隠して目を細める。ファルギエールの貴族も多いが、帝国貴族も多数出席している。

「シャル、表情が保ててねぇぞ」

「あなたこそ、その言葉遣い、どうにかしたらいかが?」

 嫌味を言いあっているのに手を組んでいるのは少し不思議だろう。

「こんばんは、フィリドール女公爵ラ・デュシェス・ド・フィリドール、フィリドール隊長」

「こんばんは、ドゥメール侯爵。お招きにあずかり、光栄ですわ」

 声をかけてきたのは主催者のドゥメール侯爵だった。三十代半ばの彼は、侵略戦争以前からの知り合いである。同じ主君に仕えた仲間でもある。

「はは。相変わらず取り繕うのがうまいな。こういう場に出てくるのは久々だろう」

「ドゥメール侯爵からのお招きでしたので」

 にこっとシャルロットは微笑む。ジスランが隣で呆れたようなため息をついていたが、見なかったふりをした。


「さすがにドゥメール侯爵家の夜会は参加者が多いですわね」


 ダンスフロアはあるが、そこ以外は人が大勢ひしめき合っている。ドゥメール侯爵は苦笑した。

「我が家で一番広いホールなのだけどね。フィリドール公爵家では夜会を開かないのかな」

「わたくしが爵位をついでからは、一度もしたことがありませんね、そう言えば」

 はぐらかすようにシャルロットは言った。わかっている。一度くらいは開くべきなのだが、預かり人がいるのでできない、と言う事情もある。そもそもシャルロットが長期にわたって王都邸に滞在することも珍しいくらいだ。


「シャル」


 ジスランがシャルロットの腕を軽く引いた。シャルロットが引かれた方に目を向ける。そして、再び真顔で目を細めた。

 ゲルラッハ公爵。帝国貴族だ。帝国から見て西側の支配地域、つまりファルギエール王国の統治権を預かる帝国軍元帥。


 そして、シャルロットの家族を皆殺しにした男だ。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


支配地域の統治者は総督とお呼びしたい。


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