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【14】









 カフェ『ミエル・ド・フルール』には変わった客が多い。今日も変な客が来ていた。

「ねえ、頼むよ。バイト代も出すからさぁ」

「せっかくですけど、それはちょっと……」

 ジゼルが熱烈な勧誘を受けていた。前のストーカーよりはましだが、しつこい。


 ジゼルを勧誘中の男は、店に入ってきた途端にジゼルを見て「君、舞台女優をやってみないか!」と言いだしたのだ。意味が分からん。

「いやあ、君のような女の子を探していたんだよ。お人形のような金髪碧眼の女の子!」

 確かに、ジゼルは人形のようにかわいらしい。だが、もう一人金髪碧眼の人形のように整った顔立ちの少女に見える人を知っているジゼルとミレーヌは思わず目を見合わせてしまった。でもまあ、ユーリだと少し大人っぽいか。

 ミレーヌが奥にいるエリゼを呼びに行こうか迷っていると、店のドアが開いた。反射的に「いらっしゃいませー」と声をかける。それから「あ」と声をあげた。ジゼルも気づいたようで言った。


「あ、あの、あの人はどうですか!」

「え、何?」


 戸惑いの声をあげたのはユーリだった。今日は長い金髪のウィッグに帝国の北側の女性用の民族衣装の一つであるディアンドルを着ていた。つまり、今日も女装である。

 彼は男装したエメ・リエルとフランソワと一緒で、フランソワと手をつないでいた。たぶん、エメ・リエルも捕まえておきたかっただろうが、彼女の手を取れば夫が怒りそうな気がしたのだろう。ミレーヌもそんな気がする。

 スカウトマンはジゼルとユーリを何度か見比べた。その上で言った。

「いや、やっぱり君が今回の役にぴったりだ!」

「……」

 ジゼルが「えー」という表情になった。たぶん、ユーリに投げたかったのだろう。彼ならうまく断るだろうし、ジゼルはその間に逃げてしまえばいい。エメ・リエルは面白がって間に入ってくれないかもしれないが、自分の護衛が連れて行かれそうになったら考えるだろう。


「ミレーヌ。どうかした?」


 ついに奥からエリゼが出てきた。ミレーヌは彼を見上げて言う。

「オーナーが来ました」

「うん。それはどうでもいいや」

 相変わらずエメ・リエルに対する扱いが雑である。彼女らは既に席について注文し始めているけど。

「……ジゼルが舞台の勧誘を受けたんですけど、困ってるみたいで」

 ミレーヌがちゃんと答えると、エリゼは「わかった」と笑ってジゼルの救出に行く。

「すみません、お客様。うちの店員が困っているみたいなんですが」

「ああ、すみません! 店長さんですか」

「副店長です」

 エリゼ、すさまじく冷静だった。スカウトマンの視線がエリゼに移ったのをいいことに、ミレーヌはジゼルを回収に行く。

「ジゼル」

 呼ぶと、彼女はすぐに気づいて駆け寄ってきた。彼女はとりあえずカウンターの中に入る。

「ミレーヌ。ジゼルはこっちで保護しておくから、これ、六番テーブルに裳っていってくれ」

「はーい」

 先輩店員にコーヒーやガトーが乗ったトレーを渡され、ミレーヌは六番テーブル……エメ・リエルやユーリがいるテーブルに向かう。


「お待たせしました」


 ユーリの前にコーヒーを置き、エメ・リエルとフランソワの前には紅茶を置いた。どうやら、エメ・リエルはカフェイン禁止令を守っているらしい。その代りにカテキンを摂取していたら意味がない気もするけど。

「ねえ。何があったの?」

「何があったと言うか、現在進行形であっていると言うか」

 ユーリに尋ねられ、ミレーヌは苦笑する。お客さんが少ないのをいいことにそのままそこに居座った。ともに成り行きを眺める。

「十日ほどでいいんです! 彼女を貸してください!」

「いや、彼女ものじゃないし……どちらにしろ、あの子の意思が優先されるんですけどね」

 エリゼがスカウトマンに呆れ気味に言った。しかし、スカウトマンも引かない。

「……結局なんなの?」

 ユーリが再び尋ねた。まあ、彼も巻き込まれそうになったのだし、教えることにする。

「あの人、劇団の演出家だか脚本家で、金髪碧眼のお人形みたいな女の子を探してるんだってさ」

「……へえ」

 現状、二十歳前後の娘に見えるユーリは目を細めて平坦な声で返事をした。エメ・リエルがふっと噴出して笑った。

「……この恰好させたの、メートルじゃないですか」

「そうだね」

 ムースをつついてエメ・リエルが同意した。ミレーヌは首をかしげる。

「それ、変装なの?」

「いや、ただの趣味。私の」

「……」

 ミレーヌは反応に困った。たぶん、エメ・リエルの冗談だとは思うのだが、あまりにも言い方が自然すぎて判断しきれなかったのだ。


「シャル。彼の劇団ってエメ・リエルが所有してるんじゃないの?」


 ガトーをほおばっていたフランソワがエメ・リエルに尋ねた。彼はエメ・リエルとフィリドール女公爵ラ・デュシェス・ド・フィリドールシャルロットは別人だと認識しているらしい。まあ、書類上は別の人なのだろう。たぶん。

「私は芸能関係には進出していないからねぇ。劇団は持っていないよ。劇場には出資しているけどね」

 そう言ってエメ・リエルは笑った。フランソワは「ふーん」と首をかしげた。彼は無表情だ。見た感じ、マリアンヌの子をフィリドール女公爵夫妻が引き取って育てているのだろうが、この子、何となく仕草とか雰囲気がユーリと似ている。だが、顔立ちは何となくエメ・リエル……というかフィリドール女公爵シャルロットに似ていた。


 それにしても、スカウトマンがしつこい。まだ粘っている。根負けしたエリゼがジゼルと話しにカウンターに入って行った。われ関せずとばかりに紅茶を飲んでいたエメ・リエルがエリゼに声をかけられる。

「オーナー、ちょっと」

「ん」

 名ではなく肩書で呼ばれ、優雅にお茶をしていたエメ・リエルが立ち上がった。彼女に相談するようだ。

 エメ・リエルがカウンターの奥に引っ込む。ミレーヌはユーリを見る。

「どうするんだろう」

「さあ?」

 まあ、エメ・リエルなら何とかするだろう。


 しばらくしてエメ・リエルとエリゼが戻ってきた。スカウトマンに再び応対したのはエリゼだが、その後ろでエメ・リエルが腕を組んでいた。微妙に圧迫感があるのは気のせいだろうか。

「お待たせしました。一時的になら、そちらの劇団に参加することを彼女も賛成しました」

 この場合の彼女とはジゼルだろう。ジゼルはやはりカウンター越しにこちらを見ている。

「ただし、条件があります。こちらの誰か一人を練習の見学に参加させてください」

「なるほど。心配なんですね。構いません。何なら、公演にもご招待します」

 スカウトマンが請け負った。どうやら、ジゼルが参加する代わりに人をやるようだ。過保護であるが、ジゼルはストーカー被害に遭ったほどの美少女なので心配する気持ちもわかる。


 後から聞くと、どうやらあのスカウトマンが所属する劇団はエメ・リエルが出資している劇団の一つだった。正確には、スポンサーになっているだけだけど。彼女は投資する前に下調べをしているはずなので、彼女が噛んでいるのなら信用できる。

「なんか妙なことになっちゃった……」

 ジゼルが緊張する、と顔をこわばらせて言った。スカウトマンが帰ったあとである。練習は二日後から始まるから、と言い置いて出ていった。

「大丈夫だよ。ユーリを貸し出すし、この子がいけなかったら別の人が同行するから」

「はあ……」

 ジゼルがエメ・リエルを見上げて心配そうにする。そして、勝手に貸し出されることになったユーリが抗議する。

「僕はメートルの護衛ですよ。いくらあなたが強くても、一人にすることはできません。ジスラン様に殺されてしまいます」

「あはは。彼はそんなことをする人じゃないよ。私が怒られるだけだ」

 冷静にエメ・リエルが言った。確かに、ジスランはちょっと怖いが、理不尽に怒る人ではないし、怒るのならエメ・リエル……というか、妻のシャルロットを怒るだろう。

「まあ、気にするなよ。その間、私はジスランと一緒にいるからね。それに、ちょっと気になるんだよ、あの劇団」

「気になる?」

 ユーリが問い返したが、エメ・リエルはにっこり笑っただけで結局何も答えなかった。


 ちなみに、その間にフランソワがエメ・リエルが注文したムースもすべて平らげていた。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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