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【12】








「おいしいわね」

「お前は一杯だけにしろ」

 両手でコーヒーカップを持った妻に対し、ジスランはつれなく言った。エメ・リエルは唇を尖らせる。

「一杯も二杯も変わらないわ」

「俺の目が黒いうちは駄目だ」

「あなた、瞳の色はヘイゼルじゃない」

「そう言う話じゃねぇ」

 イラついたジスランの声に、エメ・リエルは悪びれなく「わかってるわよ。ごめんなさい」と全く悪びれない口調で謝った。カウンターの奥からミレーヌがじっと見ていると、エメ・リエルがこちらを向いた。

「ユーリがあなたは洞察力が鋭いと言っていたわ。わたくしの正体、気づいているのでしょ?」

「……え、言っていいんですか」

 ミレーヌは目をぱちくりさせた。偽名を使っているからてっきり隠しているのだと思ったのだ。


「たぶん、あなたはフィリドール女公爵ラ・デュシェス・ド・フィリドールですよね」

「ご明察」


 にこりとエメ・リエル……フィリドール女公爵シャルロット・エメは笑って小首をかしげた。ミレーヌも首をかしげた。

「隠してるんじゃないのですか?」

「え、隠してるんですか?」

「別に?」

 しれっとフィリドール女公爵は言った。驚いた顔をしたユーリも半眼になる。貴族が名を使い分けるのはよくあることだ。

 では、この人が帝国に反旗を翻す反乱同盟のファルギエールの首魁。男装しているときはともかく、今はどこからどう見ても清楚な貴族のご婦人にしか見えない。

「あ、コーヒーのお替りでもお出ししましょうか」

 今は貸し切り状態なので、客はフィリドール夫妻だけだ。あと、ユーリも。この人たちが客に数えられるのかはわからないが。ちなみに、従業員はミレーヌしかカウンターに出ていない。他のみんなは厨房での準備をしている。と言うか、こそこそ様子をうかがっている。

「こいつにはディアボロでも出してくれ」

「え」

 ジスランの注文に、フィリドール女公爵が夫の顔を見る。ジスランはじろりとフィリドール女公爵を睨んだ。

「カフェイン中毒だそうじゃねぇか」

「そこまでじゃないわよ。ストレスたまってるのは確かだけど」

「それは俺のセリフだ」

 いらっとしたようにジスランは言った。ミレーヌはとりあえずジスランとユーリにはコーヒー、フィリドール女公爵にはレモンのディアボロを出した。

「……本当にディアボロが出てきた……」

「え、いや、そう言われましたし」


 フィリドール女公爵から訂正がなかったのでそのまま出したのだが。彼女にはタルトも出した。タルトを取りに厨房に入ったら、「お前、よく普通に会話できるな」と他の従業員から感心された。別にミレーヌも怖くないわけではないが、ユーリも一緒だし、と言う思いもある。

「っていうか、フィリドール女公爵ラ・デュシェス・ド・フィリドールは普段何してるんですか? 暇なんですか?」

「暇……暇ではないわね」

 おとなしくディアボロを飲みながらフィリドール女公爵は答えた。

「まあ、いろいろと?」

「たまにはおうちに帰るべきだと思うんです」

 ミレーヌが言うと、フィリドール女公爵のどうなりで男性陣が深くうなずいた。フィリドール女公爵は苦笑を浮かべる。


「まあ、しばらくは王都に滞在するつもりよ。その間は一緒かしらね」


 にこっとフィリドール女公爵はジスランを覗き込むようにして微笑んだ。ジスランは沈黙で返したがまんざらでもなさそうだ。


「……ミレーヌ。この二人、こんな感じだけど仲良し夫婦だから」


 下手につつくと馬に蹴られるらしい。聞こえていたらしく、ユーリはジスランに睨まれていたけど。

「お二人と店長って、どういう関係なんですか? 知り合いなんですよね」

 三十代半ばのマリアンヌと二十代半ばのフィリドール女公爵の接点が良くわからなかった。しかし、フィリドール女公爵の立場を考えれば社交界とか……宮殿? だとすると、マリアンヌもそれなりに身分が高い人物なのだろう。何となくわかっていたが。立ち振る舞いに何となく気品があるのである。

「……まあ、古い知り合いよね」

「……」

 フィリドール女公爵はジスランに同意を求めたが、彼は無視して何故か舌打ちした。彼女は少しむくれたような顔をしてディアボロを飲んだ。

「もう十二年になるかしらねぇ」

 つまり、帝国に占領される前からの付き合いと言うことだ。確かに長い付き合いだ。

「っていうか、なんでカフェをやろうなんて思ったんですか」

「いろいろやってみようかなぁって。興味があったし」

 適当にはぐらかされた。ユーリが「よく言いますね」と顔をしかめる。

「どんだけ手を出してるんですか」

「いやね。経済をまわしているだけよ」

 ユーリの呆れたような顔に、フィリドール女公爵がいろいろなものに手を出しているのだろうことが察せられた。それだけ手を出せると言うことは、それだけ資産があると言うことだ。手を引いていないと言うことは、ちゃんと回っているのだろう。

「そんなにお金ためてどうするんです?」

「言うほどたまっていないけれど、まあ、お金ってなくても何とかなるけど、ある方がいいわよね」

 頬に手を当てて彼女は微笑んだ。駄目だ。ペースが乱される。ジスランが「からかうのもそれくらいにしておけ」と言っていたのでやはりはぐらかしていたのだと思う。

 マリアンヌと共に上に上がって行った少年のことも気になるが、踏み込み過ぎてはいけない気がする。


 しばらくフィリドール夫妻の夫婦漫才とユーリのツッコミを眺めていると、二階からマリアンヌたちが戻ってきた。カウンターにいるミレーヌを見て、マリアンヌが驚く。

「あら、この二人の相手をしてくれてたの? 大丈夫?」

「あらマリアンヌ、それ、どういう意味?」

 ミレーヌを心配するマリアンヌに、フィリドール女公爵が心外だとばかりに言う。エリゼと共に降りてきた少年フランソワはにこにこ笑って言う。

「会えなかった期間が長かったからか、いつにも増してラブラブだよ」

「ちょっと、何言っちゃってくれちゃってるのかしらフランソワ」

 あわてる様子もなくフィリドール女公爵が言った。彼女は立ち上がるとフランソワを手招いた。

「お話しできた?」

「うん。ありがとう、シャル」

「旦那様にもお礼を言ってくれる? すねちゃうから」

「てめぇ何言ってやがる」

「ありがと、ジスラン」

「……ん」

 フィリドール女公爵に対しては睨んだジスランだが、フランソワが実際に礼を口にすると彼の頭を撫でた。見た目は怖いが実際は優しい人なのだろう。

「じゃあ、いつまでも貸切にしておくわけにはいかないから、もう帰るわね。また来るわ」

「ええ。一人で来ないのよ。絶対にジスランかユーリを連れてくるのよ」

「マリアンヌ、心配し過ぎよ」

「いいえ。心配しているのはあんたが逃亡することよ」

 なるほど。思わず納得したミレーヌだった。


 ジスランがフィリドール女公爵に日傘を渡す。その様子を見て、ミレーヌは「あら?」と思った。フィリドール女公爵、すらりとしていると思ってはいたのだが、夫のジスランより背が高い。

「……なんだ」

 低いジスランの声で言われ、ミレーヌはびくっとした。思わず夫婦を見比べていたのである。

「ジスランの方が背が低いから『あれっ』て思ったんだよ」

 エリゼがにこにこして言った。いや、その通りだが言わなくてもいいじゃん。たぶん気にしてるし。

「なら言えばいいじゃねえか」

「いや、普通の女の子はジスラン相手にそんなこと言えないわよ」

 妻ひどい。いや、確かに言えないけど。

「……別に気にすることほどじゃない。小柄な俺でもシャルのような長身の美人と結婚できると言うことだ」

 ……これは惚気られたの? たぶんそうだ。フィリドール女公爵が驚いているし。

「……あなた、そんなこと言ったことないじゃない。気障ね!」

「シャル、あんたもなかなか気障よ」

 マリアンヌのツッコミに、フィリドール女公爵は「!」となった。マリアンヌは呆れた。


「あのね。あんたたちもう少し素直になりなさいな。愛した相手が生きてるって素晴らしいことなのよ」


 そのどこか重い言葉にフィリドール夫妻は二人とも視線を逸らした。たぶん、これは侵略戦争を経験したからの言葉だ。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


旦那より嫁の方が背が高いパターン。


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