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【11】









「半年ぶりだね、ジスラン……」


 カクテルの入ったグラスを両手で持ったエメ・リエルはうなだれてそう言った。彼女は先ほどまでと同じ席に座っているが、その両隣にはジスランとユーリが座っている。逃亡防止のためだろう。


「散々逃げ回りやがって。ユーリのことも撒きやがって」


 うんうんとユーリがうなずいている。エメ・リエルはユーリに顔を向けた。

「ユーリもさぁ。ジスランに協力することないじゃん」

「僕はメートルの護衛ですよ。あなたを守るのが仕事です。つきましてはジスラン様に協力するのが一番よいという結論に至りました」

「……そうかい」

 はあ、とエメ・リエルがため息をつき、先ほどつかまれていた右腕の袖をめくった。

「おお! 痛いと思ったら痣になってる!」

 どんだけ強くつかんだんだよ、とエメ・リエルがジスランを非難するが、やはり自業自得なのではないかとミレーヌは思う。

 ジスランを初めて見かけたとき、彼は誰かを探しているふうだった。それ以降もそんな様子を見せていたし、エリゼやマリアンヌとのやり取りからその探し人がエメ・リエルなのだろうと予想はしていた。


 でもやっぱり探し人はエメ・リエルだった。


「お前、なんで逃げた」

「逃げたわけじゃないって言ってるだろ。ただ、やることがあっただけ」

「お前、ずっと俺を避けているな」

「そんなことない」

 ジスランがエメ・リエルの腕をとり、自分の手形になっている痣を魔法で癒す。ミレーヌはカウンターから身を乗り出してユーリの肩をちょんちょんとつついた。こちらを向いたユーリに、小さな声で尋ねる。

「ねぇ、ユーリ。あの二人って」

「夫婦だね」

「ですよねー」

 そうだろうと思った。ジスランは左手の薬指に銀の指輪をしている。これは既婚者の証だ。そして、エメ・リエルは青年にも見えるがれっきとした女性。既婚者である男性がここまで親しげな態度をとる女性など限られてくる。そして、おそらく、エメ・リエルが常に手袋をしているのは指輪を隠すためだ。

 外すことだってできるだろうにそうしないのは、エメ・リエルが相手を思っているからだろう。そう思うとちょっとかわいい。


「ミレーヌってさ。実はけっこう洞察力が鋭いよね」

「ユーリを女だと思ってたのに?」

「……いや、それはもういいよ。でも、その経験を踏まえてメートルは女性だってすぐに気づいたんだろ」

「……うーん」


 そう、なのだろうか。よくわからないが、確かにユーリの時に見かけでだまされたので、エメ・リエルの時はちゃんと観察したかもしれない。

「で、今度は何をたくらんでる」

「いや、別に?」

 夫婦の攻防戦が続いている。でも、何となくお似合いなのではないかと思うミレーヌだ。


「ユーリ、何か食べる?」


 呆れたようにジスランとエメ・リエルのやり取りを見ていたマリアンヌが、矛先を変えてユーリに尋ねた。ユーリは少し戸惑った様子を見せる。


「大丈夫よ。お金はこの子が出すわ」


 と、マリアンヌが示したのはエメ・リエルだ。彼女は「おおっ」と声をあげて驚いたふりをする。

「ジスランじゃないんだね」

「この国で一番の資産家が何言ってるのよ。けちけちしないで出しなさい」

「そりゃあ出すけどさ。マリアンヌ、そんな言葉、どこで覚えたんだい……」

 出すんだ。さすがは資産家は違う。今、いくら持ってるんだろう。大金を持っていて怖くないんだろうか。

 そう言ってエメ・リエルが先ほど布に包んだパイプを取り出した。マリアンヌが叱責する前に隣のジスランが手元からパイプを取り上げる。

「禁煙だ」

 端的な言葉にエメ・リエルがふるふると震えた。傍若無人な彼女もジスランには弱いらしい。

「ジスラン様、ついでにカフェイン摂取過多なので見張りお願いします」

「おう」

 ユーリの主張にジスランはうなずいた。エメ・リエルが恨みがましくユーリを睨んだが、涙目だった。ユーリはと言うと肩の荷が下りたようで「ラタトゥイユってすぐにできます?」などと聞きだした。ミレーヌが厨房に確認すると、すぐにできるとのことだった。

「だって」

「じゃあそれで」

「お前も何か食っとけ」

「お金出すの私だけどね……フリカッセでもお願いしようか」

 というかそもそも、お金を出してもここはエメ・リエルの店だから、彼女に帰ってくるのではないだろうか。


 帰りもユーリとジスランはエメ・リエルを拘束して帰っていった。その際、エメ・リエルはマリアンヌに「明日の朝、また来るから店にいてね」と言っていた。ちなみに、ミレーヌも明日は午前中からのシフトだ。今日は少し早めに上がって、明日は遅めの午前中に出勤になるけど。

 男性店員に送ってもらって帰宅したミレーヌはそのまま眠った。一番上の弟が、家事はだいたい終わらせてくれていたのだ。そして翌日遅めに出勤して、ミエル・ド・フルールのある通りに入ろうと曲がりかけた時、親子を見た。


 そう。親子。親子だと思う……たぶん。微妙に自信が持てなかったのは、何となく見知った人だったからだ。


「あ、ミレーヌ」


 親子らしき三人の後ろから周囲を警戒しつつついてきていたのは、今日もちゃんと男装のユーリだ。今日も無駄にハンサムである。

「あら、おはよう」

 にこりと微笑んだ日傘のご婦人は……ご婦人は……。

「え、誰?」

 あ、いや、手をつないでいる子供はともかく、一緒にいるのがジスランなのでたぶんエメ・リエルだと思うのだが、雰囲気が全く違う。


 黒髪は毛先がふわりと撒かれ、ハーフアップにされている。纏っているのは濃い青のドレスで、街に溶け込めるようにさほど質の良いものではないが、本人の雰囲気のせいか気品がある。

「ミレーヌ、時間は?」

「あ、そうだった!」

 ついでに店の正面開けますね! と言ってミレーヌはミエル・ド・フルールに入る。その後から、ユーリたちはゆっくりやってきた。

「おはようございます」

「おはよう、ミレーヌ。昨日は災難だったみたいだね」

 そう言って微笑んだのはエリゼだった。開店前の準備は終わっている。だが、ミレーヌは言った。

「エリゼさん、今、ユーリとか、ジスラン様が来てます」

「あ、そうなの? マリアンヌ! みんな来たって!」

「はいはーい!」

 少し離れたところにいたマリアンヌが返事をする。エリゼが正面を開けに行くのに、ミレーヌもついて行った。さらにマリアンヌもついてくる。


 がしゃん、とエリゼがカギを開けてドアを開く。最初に入ってきたのは十歳くらいの子供だった。

「おはようございます」

「はい。おはようございます」

 エリゼが微笑んで挨拶を返した。その後からエメ・リエルとジスラン、最後にユーリが入ってきてドアを閉めた。エリゼは勝手に『貸切』の看板をドアにかける。


「おはよう、みなさん。良い天気ね。しばらくお邪魔するわ」


 おっとりと女性、エメ・リエルは言った。ジスランが彼女から日傘を受け取って立てかけている。

「母上!」

「フランソワ! 久しぶりね!」

 褐色の髪のその少年はマリアンヌの息子らしかった。何故エメ・リエルとジスランが連れてきたのかは……たぶん、首を突っ込まない方がいいのだと思う。

「大きくなったわねぇ」

 マリアンヌが瞳を潤ませて言った。さらに言う。

「大丈夫? シャルたちにひどいことをされていない?」

「さすがに人聞きが悪いですわぁ、マリアンヌ」

 エメ・リエルがやはりおっとりと言った。ものすごい違和感。いや、今の恰好からするととても似合っているはずなのに。

「シャルもジスランも会えば遊んでくれます」

「ジスランが遊んでいる姿はちょっと想像できないわね」


 マリアンヌの切り返しに、ジスランが舌打ちした。この似たもの夫婦。


「さて、私がついて行くから二階で少し話をしては? シャル、しばらく不在にするから」

「わかったわ。ゆっくり話して来てちょうだい」

 ひらひらとエメ・リエルが手を振る。エリゼがマリアンヌとフランソワを連れて二階に上がると……妙なメンツだけが残った。いや、奥の厨房にはまだ人もいるけど。


 ひとまずどうするかな……と思ったミレーヌはコーヒーを淹れることにした。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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