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【1】

新連載です。いつも通りふわっとした設定ですが、よろしくお願いします。









 ファルギエール王国王都コデルリエの目抜き通りから一本入った通りに、カフェ『ミエル・ド・フルール』は立地している。店を出す場所としては、申し分ない立地だろう。実際、結構繁盛しているし。

 ミレーヌ・ベルレアンは、そんな『ミエル・ド・フルール』のウェイトレスの一人である。ひと月ほど前に給金に釣られて求人に応募したのだが、なんと採用されてしまったのだ。びっくりした。

 給金もさることながら、働きやすいし他の従業員も親切だ。同い年くらいの女の子も働いているし、結構楽しくやらせてもらっている。

 まだ慣れないことも多いが、それなりに仕事の覚えはいい方だと思う。そして、このカフェには変わったお客さんが多いこともわかってきた。


「いらっしゃいませ~」


 ドアベルが鳴る音がして、ミレーヌはドアの方を向いた。一人の男性客が入ってくるところだった。顔をしかめそうになり、あわてて表情を取り繕う。男性が店内の端の席に座るを確認し、ミレーヌはカップや台拭きをトレーに乗せてカウンターの奥に入った。

「ねえジゼル。来たよ、あの男」

「またぁ!?」

 金髪碧眼の美少女が嫌そうな声をあげた。同じアルバイト友達のジゼル・ヴァロンである。ミレーヌより二つ年上だが、年が近いので仲良くしている。彼女は美少女で流行にも詳しい少女だが、気立てのよい娘なのだ。

「あの男、昨日も来たじゃない!」

「そうなの?」

「おとといも来てたしね」

 苦笑を浮かべたのは、三十歳前後ほどに見える男性だ。彼はミレーヌと同じ栗毛だが、瞳の色は違う。ミレーヌは青だが、彼は明るい緑だ。常に笑顔の彼は、エリゼ・グランジェ。『ミエル・ド・フルール』のウェイター兼副店長である。しっかり者の頼りになるお兄さん、と言った感じだ。


 昨日はミレーヌは休み、おとといはジゼルが休みだったのである。両日とも出てきていたエリゼは、連日彼は来ていると語る。先ほど入店したあの男、ジゼルのストーカーなのである。


 名はアロイス・ペルラン。年は二十三。コデルリエの西区に住んでいる青年で、こんな時間からカフェに毎日のように入り浸っているので無職かと思いきや、新聞記者をしているらしい。

 最初は店に来て眺めているだけだったのが、最近になって行動がエスカレート。帰りに待ち構えていたりするらしい。エリゼなどは帰りに送っていく、と言うのだが、この手の変態は対象に異性の影などがあると行動が過激化する可能性があるので同性の店員と帰宅するようにしろ、との命令が出た。

 だが、やはり女子だけだと不安だったりする。ストーカーに襲われても反撃できないし。一応、不審者除けのお守りは持たされているが、ミレーヌもジゼルも魔術師ではないので、本当のところの効果がわからない。


「とりあえず、ジゼルは奥のキッチンをお願い。代わりに私が出るから」

「わかりました。すみません」

「ジゼルが謝ることじゃないでしょ」

 がばりと頭を下げたジゼルに、エリゼは苦笑を浮かべて言った。他の店員に指示を出しに行ったエリゼの背を眺め、ジゼルがつぶやいた。

「やっぱりエリゼさん、かっこいいわ~」

 そのキラキラした目に、ミレーヌも苦笑を浮かべる。

「ジゼルって結構ミーハーだよね。じゃあ、私もホールに戻るね」

「うん」

 コーヒーとガトーを乗せたトレーを持って、ミレーヌはホールに戻る。ちらっと見ると、アロイスは宣言通りエリゼが対応していた。

「お待たせいたしました」

 ミレーヌは微笑んで老夫婦にコーヒーとガトーを出す。老夫婦は「ありがとう」と微笑んでくれるので、ミレーヌも「ごゆっくり」と返した。みんな、こんな客だったらいいのに。


「ねえ、今日はあの子いないの? あの金髪の」


 そんな言葉が聞こえて、カウンターの向こうに戻るところだったミレーヌはそちらを見た。ストーカーのアロイスだ。

「それはお答えいたしかねます」

 困ったように笑い、エリゼが無難に答えた。それはそうだ。他人にシフトなど教えられないし。

「なあ、いるんだろ。知ってるんだぜ。今日店に入っていくところ見たんだからな」

 何それ普通にストーカーじゃん。ミレーヌは顔をしかめそうになり、あわてて顔を逸らした。やばい。普通にきもい。


 エリゼならうまく対応するだろうが、ミレーヌはその間に他の客の対応をしなければならない。ミレーヌはキッチンに向かって言った。

「紅茶ひとつ。ナッツタルトひとつ、お願い」

「了解」

 おそらく、今朝もストーカーされていたのであろうジゼル。だが、ミレーヌからは何も言うまい! エリゼの対応の結果が出るまでは!

 ミレーヌはジゼルから紅茶とタルトの皿を受け取ると、注文した客の元へ運んだ。エリゼはアロイスに対応中だ。ふと、レジ担当のバイト仲間と目が合うと、彼女は顔をしかめて小さく首を左右に振った。エリゼの説得を受けても、ストーカーはストーカーらしかった。


「駄目だね、あれは」


 結局、昼の営業が終わるまで彼はいた。午後六時以降は酒場としての機能を併せ持つようになる。そのままぶっ通しで働くこともあるが、若い女性であるミレーヌやジゼルは、あまり酒場勤務は回ってこない。

「駄目、とは?」

 夜の営業の準備をしながら話しはじめたエリゼに、ミレーヌは首をかしげた。駄目とは、どういうことだろうか。

「ん? 更生の見込みがないってこと。彼は本気の変態ってこと。ジゼルを守る騎士シュヴァリエのつもりらしいよ」

「えー、何それ。本物の騎士に謝るべき」

 ジゼルが本気で嫌そうに言った。ストーカーには、自分がこんなに好きなのだから、相手も好いてくれているとか、自分は相手を守っている、とか思っている族が多いらしい。

「謝るかはともかく、ジゼルはやっぱりしばらく早番だけだね。一人で外を出歩くのも駄目だよ」

「わかってますよ。でも、女の子だけだとやっぱり不安なんですよね」

 相手を刺激するようなことはしない方がいいってわかってるんですけど、とジゼル。正統派美少女である彼女は、こういう経験が初めてではないらしい。

「うーん、まあ、そうだよね」

 エリゼが考え込むように言った。一応、現状は店長にも報告してあるが、何も起こっていない以上、騎士団も手の出しようがないらしい。

 ジゼルも、よく一緒に行動するミレーヌも護身用の魔法道具は持たされているが、そう言う問題ではない。


「何。君ら、何難しそうな顔してんの?」


 ツッコミが入った。ミレーヌは声のした方を見る。


 え、誰?


 ジゼル張りの金髪に青い目の女性だった。年はいくらか上だろうか。でも、二十歳は越えていないと思う。髪を一つに束ね、つむじのあたりでしばり、おでこを出していた。

 すらりと長身で、シャツにパンツスタイルである。それにジャケットを羽織っただけの素っ気ない格好だが、それが逆に似合っていた。

「ユーリ、久しぶりだね。国外にいたって聞いたけど」

「まあね。うちのメートルは腰が軽くていけない。まさか二ヶ月も帰ってこられないなんて思わなかったよ」

 エリゼの旧知らしく、ぽんぽんと会話が進む。というか、どう見ても十歳以上年の差がありそうだが、どういう関係だ?

「で、ちょうどよかった。ユーリなら大丈夫でしょ」

「え、何が」

 ふらっとやってきて巻き込まれそうになっている事実に、その女性、ユーリは慄く。


「ジゼル、喜べ。力強い護衛が出来たよ」


 ニコニコと言うエリゼの腹の底が読めない。ジゼルと一緒にいたミレーヌも、そろってぽかんとした。え、どういうこと。

「ねえエリゼ。それ、僕のことを言ってる? ねえ、僕のこと?」

 しきりにユーリが尋ねた。まあ、そこは気になるだろうな。ミレーヌも気になるし。

「エリゼさん。そろそろ店開けたいんですけど」

「はーい、ちょっと待って!」

 店側から呼ばれたエリゼはそちらに返事をし、ポン、とユーリの肩に手を置いた。

「じゃ、よろしく。君ならできると信じてるよ」

「……」

 やるともやらないとも言わない間に、エリゼは店に出て行った。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


今日はもう一話投稿します。


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