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第六話 導き出した答え

 その日、空は雲ひとつなく晴れ渡り、ゆっくりと深呼吸をすると、澄み切った空気がすっと身体に入り込んで来ました。昨日までの鬱々した気持ちが洗われたかのような、そんな気持ちにさせられます。


 会社の入り口までは落ち着いて来る事が出来たのですが……


「やっぱり昨日の今日なんで、緊張するな……」


 このまま普通に出勤していいものか、不安になってしまいます。会社の従業員入口の前でウロウロして居ると、後ろから声をかけられました。


「あ、タロウさん! おはようございます」

「なんだー、イフリート、来たの?」


 声がした方を振り向くと、僕の女神、ディーネさんと悪態をつくシルフさんが出勤して来たタイミングでした。


「お、おはようございます! あ、ディ、ディーネさん、昨日はありがとうございました!」


 僕はディーネさんに頭を下げます。


「いえ! 本当心配したんですよー! 来て下さってよかったです」

「え? なに? あんた達、昨日何かあったの?」


 少なくともあなたが考えているような事はありませんよ? 僕がそう思っていると……


「何でもないですよ、シルフさん。さ、タロウさん、行きましょう!」

「は、はい! ただいまーー!」


 ディーネさんに促されるまま、会社の中へ入る僕。それまで会社の前で、尻込みしていた足取りが、いつの間にか、弾むように軽くなっていました。


「ふーん……まぁ、いいわ。興味ないしー」


 シルフさんは、細い目をして、ディーネさんと僕が先に行くのを見つめていたのでした。




 社内に入ると、皆至って普通の反応でした。トレントさんは相変わらず、新聞記事の話題をみんなに振って回り、同僚のクアトルは適当に相槌を打ち、シルフさんは化粧直しをしつつ、相変わらず露出の目立つ格好でソファーに座っています。シルフさんの実った二つの果実がとっても目立っていますが、そんなたわわに実った芳醇な果実なんて、僕は興味ありません! 僕にはディーネさんという心に決めた方が居るのですから。


「タ、タロウさん、鼻から血が出てますよ! だ、大丈夫ですか!?」

「え!? あ、い、いや、こここ、これは違うんです、ディーネさん! 誤解です!」


 ディーネさんがハンカチで僕の鼻から流れる赤い液体を拭き取ってくれました。


「ちょっと、エロリート(・・・・・)! あんた、今私のココ、見てたでしょー! このヘンタイ!」


 シルフが自慢の果実を指差しつつ、僕に迫って来ます。


「ち、違う、そんなんじゃないよ、シルフ!」

「シルフさん、タロウさんはそんな魔獣じゃありません!」


 すると、僕とシルフの間にディーネさんが割って入ってくれます。


「あんたこそ、やけに今日はイフリートの肩を持つわね。あんた達、昨日なにかあったのかしらー?」

「なんにもないって言ってるでしょー!」


 珍しくディーネさんの語気が強くなります。 


「おいおい、朝から騒がしいぞ!? どうしたんだ!」


 うわー、最悪のタイミングで部長が入って来ました。肩にはケロちゃんが乗っかっています。皆それぞれ部長におはようございますと挨拶をします。


「んんーー? んんんんーー? 誰かと思えば昨日威勢よく飛び出していったイフリート君じゃないか? もう帰って来ないんじゃなかったのかね?」

「にゃーーー」


 わざとらしく僕の目線までしゃがんで見つめた後、最後は上から見下ろす部長のベヒーモス。にゃーと続いたのはケルベロスのケロちゃんですね。


「昨日の件は申し訳ございませんでした」


 昨日会社を飛び出した事に、頭をさげる僕。


「ん? 俺は昨日の事を怒ってなんかいないよ? 営業活動に行ってたんだろう? 昨日の成果を教えてくれ。直帰していたようだから、昨日の結果報告を聞いていなかったしな。あれだけ威勢よく飛び出したんだ。きっとたくさんポイントを獲得して来たんだろう?」


 僕に顔を近づけて迫る部長。息が臭いですよ……昨日も遅くまで飲んでいたんですね……。


「い……いえ……」


 僕は思わず下を向いてしまいます。


「なに? 聞こえないなー!?」


 わざと耳に手をあててアピールする部長。 


「い……いえ……なにも……」

「なんだって!?」


 !!!


 次の瞬間胸倉を掴まれ、そのまま壁に打ちつけられる僕です。


「じゃあなんでノコノコ会社に出て来た! 契約取れるまで会社に帰って来るな! 契約取れないなら、取れるまで、二十四時間働きやがれ!」

「ぐ……ぐるしい……」


 首が締めつけられ、息が出来なくて……声を絞り出す僕です。


「失礼します! ぶ、部長! あ、お取り込み中すいません。部長にお客様が来ています」


 その時、営業部に、会社の受付嬢であるエルフの女性が入って来ました。あの……パワハラを受けている様子を見て、お取り込み中って言いますか……これ……。


「なんだ、今いいところだったのに……誰だ?」

「そ……それが……なんでも、うちの魔獣と是非契約したいと……しかも……どうみても、あの有名な閃光の聖騎士(パラディン)、クレア・グレイス・ガルシア様なんです!」


 その名前を聞いた瞬間、オフィスに居た全員の空気が変わりました。


「な、なんだと!? よし、すぐ行こう!」


 部長は僕を締めつけていた腕を離し、慌ててネクタイを締め直し、応接室へと向かうのでした。



『ガルシアさん……どうしてうちの会社に?』


 僕は心の中でそう呟くのでした。



*********


「いやぁーーー、かの有名な閃光の聖騎士(パラディン)であるガルシア様が、我が社を選んでいただけるとは大変光栄にございます」


 部長がガルシアさんに向かって頭を下げます。


「ベヒーモス殿、閃光の聖騎士(パラディン)などという名は、名前が一人歩きしているに過ぎぬよ。私も第三世界の勇者に比べたら、まだまだですよ」

「何をご謙遜を! あのノースデュアルの洞窟に巣食う、Aランクの双頭竜を討伐した話は誰もが知っておりますぞ」


「昔の話はもういいんですよ。それより本題ですが、今度私のパーティーがとあるモンスターを討伐しに行く予定でしてね。その際に是非、御社が誇る、魔獣の力をお借りしたいと思いまして、本日は馳せ参じた次第です」

「いやはや、ありがたきお言葉。我が社有数の魔獣を提供致しますぞ。攻撃重視なら、うち自慢のケルベロスなんかどうです? 巨大な身体に似合わぬ素早い動きと、竜の鱗をも砕く牙はどんな魔物も倒せますぞ?」


 ガルシアさんの言葉を受け、会社のパンフレットを開き、お薦め魔獣に載っている『ケルベロス』のケロちゃんをプレゼンする部長。


「いや、それについてはもう契約したい魔獣が居るのですよ。実は昨日既にその魔獣から見事なプレゼンテーションを受けましてね。昨日彼も忙しかったようで、契約出来なかったんで、是非と思いましてね」

「な、なんと!? かの有名なガルシア様へアポイントを取って、プレゼンを!? いやぁー、私もいい部下を持ったものです……して、どの魔獣ですかな?」


 部下を褒められて上機嫌の部長です。


「それはですね……」




*********


 営業部は、この日、突然の有名人来訪にそわそわしていました。もちろん僕もそのうちの一人です。昨日偶然出逢ったガルシアさんとまさかこんな形で再会するなんて……。やがて、応接室から戻って来た部長が、もの凄い勢いで営業部へ入って来ました。


「イフリート! イフリート! ちょっと来い!」

「え? 僕ですか?」


 部長に首根っこを掴まれ、宙に浮いた状態で応接室まで連れていかれました。入り口でようやく地面に下ろされ、僕はようやくスーツを整えます。


「ガルシア様、イフリートを連れて参りました」

「し、失礼します!」


 僕は深々と頭を下げ、応接室へと入ります。


「おぉー、イフリート君! 昨日はありがとう! 君のプレゼン、見事だったよー」


 右手を差し出すガルシアさんに慌てて自身の右手を出す僕。こうやって近くでみると、やはり雰囲気が違います。昨日はお酒の席もあってリラックスされていたのでしょう……今日はより熟練の冒険者が放つオーラを感じます。そして、部長が見えない位置まで近づいた際、なぜか、ガルシアさんが僕にウインクをしました。何の合図だろう……?


「イフリート、ガルシア様はな、お前と契約を交わしたいのだそうだ。ふん、私の居ないところでまさかガルシア様にプレゼンしていたとはな。こいつはまだまだ不出来なところが多い魔獣ですが、よろしくお願いします」


 こんなにちゃんと頭を下げる部長は初めて見たかもしれない……やはり相手が有名人だからだろうか? それにしても、僕と契約? ガルシアさんも冗談が上手い。


「不出来? 何をおっしゃいますか? イフリート君は、真面目で心優しい素晴らしい魔獣ではないですか? それに、私の前で、上級の魔導師でもなかなか扱えない、炎熱操作(・・・・)をいとも簡単に披露してみせたんです。あれは実践でも使える。是非うちのパーティーの戦力としてイフリート君を招き入れたい」


「ほ、本気で言ってるんですか?」


 ガルシアさんの言葉に、僕は思わず聞き返します! 気づくと、僕の全身がわなわなと震えていました。


「もちろんだとも? 冗談だったらわざわざこうして、君の会社まで出向かないさ」


「あ、ありがとうございます!」





 こうして、僕――グランツ・タロウ・イフリートと、ガルシアさんこと、クレア・グレイス・ガルシアさんは、正式に契約を取り交わしたのです。部長は営業部へ戻ったため、今はガルシアさんと二人きりです。


 ちなみにガルシアさんは契約主ですが、聖騎士(パラディン)ですので、僕を召喚する事は出来ません。この場合、パーティーの代表者であるガルシアさんが、パーティーメンバーの中から召喚出来る者を指名する事が出来ます。指名されたのは、高位精霊使い(ハイエレメンタラー)のノース・トレディア・エリーナというハイエルフの女性でした。ん……ハイエルフのエリーナ……どこかで……?


「おぅ、エリーナは昨日イフリート君が話をしていたあのハイエルフだよ?」


「ええええーー!? まさか!?」


 あの時、お店で僕を助けてくれたウンディーネさんに次ぐ、リンさんと並ぶ第二の女神ですよ! 精霊使い(エレメンタラー)は普通、精霊のみしか契約出来ないものですが、高位精霊使い(ハイエレメンタラー)になると中級の魔獣あたりまで扱えるようになるんです。ちなみに魔獣使い(ビーストマスター)は高位になると、悪魔召喚なんかも使えるようになりますね。


「あいつな……あの店が好きで、夜になると勝手に飲みに行くんだよ。まさか俺がメンバーに内緒で予約した、昨日も居るとは思わなかったからな。昨日あの後大変だったんだぜ?」


 エルフはお肉を食べないので、レッドドラゴンの肉はどうでもよかったらしいのだが、お忍びで高級肉にパーティーのお金を使っていたのがバレてしまい、大変だったらしいです。


「ガルシアさんも、大変なんですね」

「まぁな。そうだ、今度、俺のパーティーも紹介してやるよ。一癖二癖あるようなやつばかりだけどな」


 ガルシアさんが笑って話します。


「でも、どうして僕がここに所属しているのが分かったんですか?」

「俺の人脈を嘗めてもらったら困るよ? まぁ、イフリート君は魔獣だから、精霊魔獣商会系の会社をいくつかあたってみたら、ここがヒットした……という訳だな? 昨日の光も召喚されたんだろ? 大変だな、『二十一時以降は召喚しない』みたいな特記事項ついてないんだな」


 普通優良企業ならついてるんだがな……そうガルシアさんが補足していました。残業せずに帰る、今はそういう時代なんですね。時代と僕の会社は逆行している気がして来ました……。


「よし、決めた! 昨日の様子だと、イフリート、どうせ会社からあんましいい扱い受けてねーんだろ? 俺がお前をトップ営業マンにしてやるよ?」


 いやいや、突然何を言い出すんだこの人?


「僕なんか……そんなの無理ですよ……召喚されてもお役に立てるかどうか……」

「やってみないとわからないだろう! 何でもな、やらないで逃げるのが一番いけないんだ。やるだけやってみる。失敗を恐れるな、昨日だって、失敗したと思っていた事が成功だった訳だしな」


 あれは偶然な気もしますが……。ガルシアさんが続けます。


「イフリート君、今月の営業目標は何ポイントだい?」


 突然部長みたいな質問をされて、驚く僕です。


「えっと……たしか三百ポイントです……もう今月もあと少しなんで……厳しいですね……」


 下を向くイフリート。その様子をガルシアさんがなぜかポカーンとした顔で見ている。


「何言ってるんだ? むしろお前、達成してるじゃないか?」

「へ?」


「討伐ポイントと新規契約ポイント、仕組みは一緒だろ。俺と契約してるじゃないか? Aランク冒険者と契約したんだ、五百(・・)ポイント獲得で達成だろ!?」

「あぁ、Aランク!?」


 あまりにも普通に会話していたため、ガルシアさんが凄い人だった事を忘れていました。レッドドラゴン討伐と同じくらい凄い事を今、やってしまった事になるんですね……。


「達成おめでとう、イフリート君。ただし、今から大変だぞ? 何せ俺と契約するんだ。マスコミも動くだろうし、注目もされるだろうからな」

「僕……大丈夫でしょうか」


「お前は、お前のままでいい。出来ることをやって、少しずつ成長していけば、結果は伴ってくる。これからは俺も面倒見てやる。部長を見返してやれ」

「ガルシアさん、ありがとうございます! よろしくお願いします」


 瞳に熱い雫を溜めたまま、僕は深々と頭を下げたのです。



*********


「へぇー。これが閃光の聖騎士(パラディン)と新星の炎魔獣(イフリート)さんとの出逢いだったんですねー。いやぁー、感動しましたよ! ここから、あのクラーケンとの戦いや、炎の料理人対決に、イフリート対談と、数多くの伝説が始まったという訳ですね。じゃあ、記事を取りまとめて今度載せますから、発売日が決まったら、追って連絡します。後は読者がつくか次第(・・・・・・・・)で、連載も夢じゃないですよ?」

「あわわわ、連載なんてそんな……僕のエッセイ(・・・・)なんて人気が出るかどうか……」


「何をおっしゃいますか!? 今やモフモフしたい魔獣ランキング一位のイフリートさんですよ? 売れる事間違いなしです!」

「そ、そうですか……そういってもらえると少し安心しました……」



 第三世界のイフリートが出すエッセイが、果たして売れるのかどうか……全ては読者のみぞ知るという訳なのである……。


 そう、これは勇者が魔王を倒す話でも、最強の魔獣イフリートが悪魔や人間を蹂躙する話でもありません。


 ブラック企業に勤めるイフリートが、世間の荒波に揉まれ、それでも抗い、生き抜こうとし、とある出会いをきっかけに成長し、有名になるまでの(・・・・・・・・)物語なのである ――


 こんばんは。いかがでしたでしょうか? 今連載しております「近森」とはまた違う、ほっこりしたファンタジーものになりますね。こちらの小説案が浮かんだ時、当初は短編の予定でしたが、物語をイメージしていく上で、世界観がどんどん広がっていきまして、結果こういった形で出す事になりました。長編も視野に入れた内容になっておりますが、最後に書いてある通り、続編希望があれば? という事になりますね。


 ここまで読んでいただき、ありがとうございました!

 今後の励みになりますので、ブクマ・感想・評価等あれば、よろしくお願いします!

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