第五話 魔獣召喚は突然に……
―― 古の契約により、我、汝の力を求めん! 炎の番人よ、我に立ち塞がる者へ、業火の洗礼を与え給え! 出でよ、イフリート!
刹那、声が聞こえた瞬間、僕の身体は光に包まれ、視界も真っ白になりました。やがて視界が晴れると、見渡す限り広がる平原の真ん中に僕の身体は放り出されたのです。どうやら突然召喚されたらしいので、ちょっと威厳を見せなければなりません。
「我ヲ呼ンダ者ハ誰ゾ? サァ、主ノ願イヲ言エ……」
どうです? 様になっているでしょう? 一応こんな喋り方も出来るんですよ?
「イフリーーートぉおおおおおーー、助けてくれよぉおおおーー」
すると僕のモフモフな身体に縋りつく、華奢な身体の青年が登場します。僕のよく知っている人物です。ため息をつきながら、僕は彼に話しかけます。
「あ、なんだ。コウタ君か。こっちはせっかくいいところだったんだから、突然召喚しないでよ……どうせ大した用事じゃないんでしょう?」
「いやいやいや、大した用事だよ、こっちは一大事なんだからさ! ……てか魔獣は召喚されてナンボでしょ? いいじゃん、減るもんじゃないし……」
樫で出来た先端に赤い宝石がついた魔法の杖と、黒いローブを身に付けた魔獣使いのコウタ君が口を尖らせて反発します。
「いやいや、そういう問題じゃないからー! ……てか、もうエレメンタル精霊魔獣商会辞めたし……」
「え? うそ!? マジで?」
「タロウさん、それは困りますー。私達の戦力じゃあ、イフリートさんが最大戦力なんですから……」
冒険者に似つかわしくない絹のローブを身に付けた魔法使いの女の子が困った顔で近寄って来ました。
「うん、マリンさん、本当だよ……今日も再就職先で仕事をしていた矢先に召喚……」
そう言ってて気づきました。そもそもエレメンタル精霊魔獣商会のような会社に所属していないと、召喚自体されないのです。顧客との契約が切れると保険に入っている冒険者は、他の精霊や魔獣が紹介される仕組みです。ブラック企業は離職率が高いので、そのあたりのフォローは意外としっかりしているものなんです。あれ……でも召喚されたという事は……
「辞めたって……召喚出来ているって事は、イフリート……辞めてないんじゃないの?」
うん。コウタ君に言われて思い出しました。僕……辞表出してないや……。
「あちゃーー……どうしよう。これは今まで通り、四六時中召喚されるって事だね……で、コウタ君、僕に用事があったんだよね」
用事がある割にコウタ君達が全然焦っているように感じられないのは気のせいでしょうか? ドラゴンが目の前にいる状況だと、こんなに会話する余裕ないですもんね。
「あ、そうそう、あそこにゴン太とマイマイが仕留めたブラックウリ坊がね……」
コウタ君が指差した先には、レザーアーマーとスティールソードを身に付けたツンツン頭で戦士姿のゴン太君、その隣にはウェイブがかかったブロンドヘアーで耳が長い、弓を持ったアーチャーでロリエルフのマイマイさん。彼等は曲りなりにも冒険者なんです。ただし、Dランクの見習いパーティーなんで、ドラゴンを倒せるような実力もありません。つまり、僕が召喚されても、何百という討伐ポイントが貰える訳もなく……
「おーーい、タロウーー! 頼むー! みんな三日ぶりの食事なんだよー。こいつをこんがり焼いてくれーーー!」
「タロウさん、お願いしますなのですー」
そういう事だろうと思いました。魔法使いのマリンさんは氷系魔法しか使えないらしく、マイマイさんはヒール系や治癒系の回復魔法のみ、ゴン太さんは剣と力のみ、最終的に炎系の技はコウタ君が召喚出来る、僕くらいしか使えないという事なんですねぇーーー。いやね、目の前に敵が居るならまだしも、火くらい自分達でおこそうよ……はい皆さん、突っ込みの準備はいいですかーー……いきますよ……
「僕はシェフ役かーーーーーい!?」
あ、でもさっきまで僕、シェフでしたね。
「おー、イフリート、ナイス突っ込みーー。いやぁ、イフリートが焼いてくれると、肉がいつも美味しいからさ、今回も頼むよー」
コウタ君が言い終わる前にパパっと炎を出して、ブラックウリ坊をこんがりミディアムレアに焼いてあげます。普通召喚した魔獣が料理とかしないですよね……。さっさと終わらせてここは帰りましょう。まぁ、召喚されただけで二ポイントは獲得です。こんなんだから僕は営業万年最下位なんだよな……。
「キターーーー。ありがとうイフリート、さぁ、みんなで食べよう。ほら、イフリートも食べていきなよ」
「いや……僕は帰るよ……」
コウタ君に誘われましたが、彼等に背を向けて僕は帰ろうとします……。ちなみに召喚された目的が達成された後、魔獣や精霊は自分の意思で元居た場所、或いは登録した地点へ還る事が出来ます。僕の場合は先ほどまで居た『魔獣グリル ミディアムレア』か、『エレメンタル精霊魔獣商会』、または自宅になります。今更、魔獣グリルにはもう戻れないから……自宅へ帰りますかね……。
「なぁ! イフリート! 本当に辞めるのか!?」
「タロウさん! 居なくなるなんて嫌ですよー!」
「そうだぜ、タロウ! 頼りにしてるんだぜ?」
「タロウさんをモフモフ出来ないの嫌なのですー」
みんなの声に一瞬立ち止まった僕ですが……
「……もう、決めた事なんで……」
そう言い残し、僕はそのままその場を後にしたのです……。
*********
自宅のベットに横たわり、僕は今日一日を振り返っていました。
今日一日で、色んな事がありました。会社を飛び出してたまたま入った『魔獣グリル ミディアムレア』での思わぬ出会い。メイド服が似合うショートボブのリンさん、マスターのバルトさん。ホールで僕を助けてくれた常連のお客さんでハイエルフのエリーナさん。そして、予約席に居た、閃光の聖騎士――クレア・グレイス・ガルシアさん。優しくしてくれた方や、僕を認めてくれた人もいっぱい居ました。
「あのままお店に居たら、そのまま働く事が出来たのかなぁ……」
ミスは誰にでもあるのです。それを言い訳せずに認めて、ちゃんと謝る。どうしてもその場から逃げたくなってしまうものですが、誠実な対応をしていけば、見てくれてる人は居る……という事でしょうか……。あのお店での体験はとても不思議な体験でした。
「辞表を出さずに飛び出した僕も悪かったんだよな……」
僕一人居なくても代わりは居る、が、部長の口癖だったんですが、まさか自らのお客さんに召喚されるとは予想していませんでした。ただし、召喚先でもお肉を焼いただけなんですけどね。
「コウタ君……怒ってるかなぁ……」
無理矢理帰った事を少し反省する僕です。コウタ君は見習い魔獣使いになって、初めて契約し、召喚出来たのが僕だったそうで、僕も同じく初めての契約がコウタ君でした。コウタ君もいつまでもランクが上がならい冒険者なんですが、僕もあまり人の事言えません。初めて出来た友達のように意気投合した日を思い出します。
「今度……召喚されたら謝ろう……」
そう思って気づいた僕です。今度ってあるのか? 会社を辞めようと決意した身だぞ? もう未練なんてないんじゃ……。
――ピロリロリロリン!
ふいに携帯が鳴り出して、メッセージが届きました。どうせ広告か迷惑メールか何かでしょうけど、メッセージアプリを立ち上げます。
『ディーネです』
画面に表示された名前を見て、僕はベッドから転げ落ちそうになりました!
『こんばんは。夜分遅くにすいません。今日はあのまま戻って来られなかったので、心配で連絡しました。大丈夫ですか? タロウさんばかりいつも部長から酷い仕打ちを受けているので心配で……明日は来られますよね? みんな、きっとタロウさんの事を心配していますよ? 私、待ってますから……お身体無理なさいませんよう……それではおやすみなさい』
炎の魔獣だって瞳から雫のひとつやふたつ流すんですよ? 最も、今僕の瞳からは滝のように水が流れてますけどね。
「ディーネさん……ありがとうございます」
最後の『私、待ってますから』の文面がディーネさんの優しい声で脳内再生され、ベットの上を転がり回る僕です。
会社に未練なんてないつもりだったのになぁ……。
僕は本当に必要とされているのでしょうか?
僕はそのまま布団に潜り、しばらく考えに耽るのでした――
次回 イフリートの出した答えは……? お楽しみに!