第四話 初めて焼いた肉のお味は? 後編
こんばんはー! 契約するとモフモフし放題! 街を歩けば『きゃあ! 可愛いー! モフモフさせてー!』と可愛い女の子がいっぱい寄ってくる……巷で噂のイフリートと言えば……この僕、グランツ・タロウ・イフリートです! 既にお気づきかと思いますが、後半はほぼ僕の妄想です。
ブラック企業である、エレメンタル精霊魔獣商会《第五支部》を飛び出した僕は、ひょんな事から、ここレストラン『魔獣グリル ミディアムレア』で働いています。実際は飛び出して途方に暮れていた所を偶然拾われたようなものですね。実は辞表も出さずに飛び出したので、会社で僕の立場がどうなっているかは分からないんですが、どうせクビになっているでしょうから、関係ありませんね。そういえば使わせて貰えなかった有給って、辞める時に買い取ってもらえないのかな……四十日位溜まっていた気がするな……使えない物だったから把握していないや……。
さて、そんな僕は今、人生……じゃなくて獣生最大のピンチに立たされています。せっかくお手伝いさせてもらっている店で、ミノタウロスのお肉とレッドドラゴンのお肉を間違えて焼いてしまいました。しかも、このレッドドラゴンのお肉、予約席に常連のお得意様が食べる予定のA5ランク最高級お肉だそうで……今、僕の眼前にある最高級お肉は、漆黒のオーラを纏った闇魔法を浴びたかのような黒い蒸気を出し、お肉とは分からない謎の物体として、目の前に君臨しております。
「マスター! 大変です! ガルシア様が副菜であるシュリンプのソテーを食べ終わりました!」
メイド姿のリンさんがフロアから慌てて戻って来ました。
「ちっ、どうするんだ! ガルシアさんは舌が肥えているから、今更他の肉を出してもバレちまうぞ! レッドドラゴンの肉はガルシアさんから依頼を受け、知り合いの伝手を使ってようやく先日勇者パーティが討伐したという高級肉を《第三世界》から少し送って貰ったんだぞ?」
マスターがどうするべきか、唸り声をあげ、キッチンをウロウロしています。
「僕……お客さんへ謝って来ます!」
どうしたらいいか分からず、キッチンを飛び出そうとする僕……しかし、僕の手をマスターが掴み、引き留めたのです。
「待て……イフリート! お前のミスは上司である俺のミスでもある! この現物を持って、一緒に謝りに行くぞ!」
「え……?」
その言葉に一瞬耳を疑いました。今までだったらこんなミスしたら、『許してもらえるまで帰って来るな!』とか、この『イフリートもどきのモフモフ野郎』とか散々罵声浴びせられて、部長に殴り飛ばされていたのが当たり前でした。マスターは、どうして、こんなミスばっかりの僕を庇ってくれるんでしょうか……?
「だいたい、まだ入りたての新人にちゃんと指示してあげなかったんだ。俺が悪い! すまなかったな!」
「そ、そんな事ないです! 僕、気をつけますから! すいませんでした!」
僕は深く頭を下げたのです。
「頭下げるなら、今から行くガルシアさんのところで下げな! ガルシアさんは俺ほど甘くねーぞ? さぁ謝りに行くぜ!」
謝りに行くと言っているマスターが歯を見せ笑っています。これから謝りに行く人の顔に見せません。この人凄い……僕はそう感じたのでした。
「リン、ホール任せるぞ! あと洗い場に居るゴンザレスにキッチンに回るよう伝えて来てくれ!」
「了解です」
マスターと僕は、レッドドラゴンの肉であった黒い塊を持って、ホール奥の特別予約席へと向かうのでした。
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冒険者ギルド《第五支部》冒険者登録ランクA。熟練の足さばきはあらゆる魔物を翻弄し、蒼白く光る刀剣は、頑丈な鎧も、竜の鱗をも斬り払うと言われている、閃光の聖騎士。クレア・グレイス・ガルシア。それが、本日特別予約席に座っているお客様です。
冒険者であり、美食家でもあるガルシアさんは、まだ冒険者になり立ての頃から『魔獣グリル ミディアムレア』に来ていたそうで、マスターとも親交が深い人物らしいです。当時から『ドラゴンの肉を月一回食べる事が出来る位、俺は有名になりたい』と笑って話していたらしく、気づけば本当に有名になっていたそうで。有言実行出来る人って凄いですね。
「おーー、バルト! 相変わらずのいい仕事だな! 前菜のプリズムサーモンのマリネは、サーモンの旨味をオリジナルソースのほどよい酸味が引き立たせ、臭みを消す事で、素材の味を最大限に活かしてやがる。濃厚なパンプキンスープに、副菜のビックシュリンプのソテー、ビックシュリンプは大味になりがちだが、生きたままのシュリンプを調理前にしめ、捌く事で、新鮮な素材の味とぷりぷりの食感が味わえるという訳だ……完璧だな! これで心置きなくメインのレッドドラゴンへ移行出来るってモンだ!」
お酒も入り、美味しい料理を食べた後だったせいか、ガルシアさんはとっても饒舌に料理を批評しています。
「喜んで貰えてよかったよ、ガルシアさん。ただガルシアさん、そのレッドドラゴンの肉なんだが……」
ドーム状のクロッシュで蓋をしたレッドドラゴンのお肉、中には漆黒の塊が入っている訳なのですが……
「なんだよ! 手に入ったんだろ! あの勇者が仕留めたっていう肉の一部がよ! 第五世界に現れていたら俺のパーティが仕留めていたところだがな……ガハハハハ! ほら、そのクロッシュの中身をここに持って来てくれ!」
そう言いながら、ガルシアさん自ら銀の蓋ごと自身のテーブルへと持っていきます。
「あ、すいません! あの……」
慌てて声をかける僕……
「お、なんだ? 見ない顔だな? 新人かい?」
「はい、僕……新人のグランツ・タロウ・イフリートって言います! その肉、僕が焼いたんです! 本当に申し訳ございません!」
ガルシアさんに真っすぐ頭を下げる僕。
「ん? どうして謝るんだ? それに、イフリートはあのイフリートと関係があるのかい? まぁ、細かい事はいいや。いいじゃねーか!? 新人でレッドドラゴン焼くなんて早々出来たもんじゃねぇー。なぁ、バルト、お前が一緒にやったんなら俺はお前を信じるぜ!」
そういうと、銀色の蓋をガルシアさんが開けたのです。
「あ!」
黒い塊からあがる熱気が蒸気となって天井へ舞い上がります。黒魔法により完成したかのような漆黒の肉がここに降臨したのであります。
「……おい、バルト、随分と俺が食べた事のあるレッドドラゴンと違うようだが……?」
終わった……僕はここをクビになる事でしょう……明日からまた転職活動です……。
「いや……すまない……俺がちょっと目を離した隙にだな……俺が悪い! すまん! 今日のお代はいいから! 申し訳ない!」
僕と一緒にマスターが頭を下げてくれました。
「いえ、マスター、僕が悪いんです、頭をあげて下さい。ガルシアさん、新人の僕が、間違えてレッドドラゴンの肉を焼いてしまったんです! そしたらこうなってしまって……本当に申し訳ございません!」
じっくり腕を組み……目を閉じ、考え込むガルシアさん……やがて目を開けたガルシアさんから思わぬ言葉が飛び出した。
「よし、分かった。食べよう!」
おもむろにナイフとフォークを取り出すガルシアさん。
「え?」
「いやいや、ガルシアさん、何を言い出すんです!?」
僕もマスターも驚きの表情でガルシアさんを見ます。
「おい、バルト、お前もまだまだだな? レッドドラゴンの肉はな、火が通りにくい塊だから、何度もフライパンの上で回転させながら、じっくり時間をかけて焼き上げるのが一般的な調理法だ。だが、このレッドドラゴンの肉は丸っと真っ黒に焦げてやがる。イフリートって言ったな? お前……これ直火でやったろ?」
「え、あ、はい、僕、炎を使える魔獣なんです……」
僕は一瞬掌から小さな炎を出し、すぐ消します。
「だろうな、じゃないとそもそも焦げねーだろ、レッドドラゴンの肉なんてよ」
「そう……言われてみれば……そうだな……」
マスターが言われて考える。
「ま、見てな! お前ら、謝る必要なんかねーぜ!」
そういうと、レッドドラゴンの肉にゆっくりナイフを入れるガルシアさん。
……
……
「!!?」
「な!!?」
次の瞬間! ナイフを入れた場所から光が溢れ、黄金色に輝く肉が出て来たのです。ちょうどいい焼き加減の赤身と黄金色の筋、予約席に突如現れた光に他のお客さんからどよめきが起こり、気づくと予約席の周りに人だかりが出来ています。
「ま、そういう事だ。いただきます」
笑顔になったガルシアが黄金のひと口を口の中へ入れる。
「む!? これは!?」
一瞬口の中から光が溢れたかのように見えました。
「鍛え抜かれ締まったドラゴンの肉を、一気に炎で包む事により熱を閉じ込め、一見ただの焦げた塊に見えた肉を蒸し焼きにしていたのさ。炎の熱を肉の内部へ循環させる事により、本来巨大オーブンのような全体を焼き上げる機械でしか出来ない芸当を、直火でやってのけてやがる。しかも炭火焼きの時に出来るようなこんがりと焼き上がった香りつき、レッドドラゴンの肉はな、中身がミディアムレアのちょうどいい焼き加減で焼きあがった時のみ、この黄金色の光を放つんだよ。俺も、長く冒険者をやって来たが、これだけの光輝く肉を見たのは初めてだ」
おぉーーーー! と、ふと気づけばいつの間にか、周りから拍手と歓声が巻き起こっていたのです。
「よかったな、新人! これでクビにするって言ったら俺がバルトを疑うぜ!」
肉の味に舌鼓を打ちながら、ガルシアさんがマスターに向かって話しかけます。
「いや、俺も長く料理に携わって来たが、こんなに光るレッドドラゴンに巡り合った事はねぇ……タロウ! すまねぇ、お前のセンスを疑った俺が間違っていた。お前、才能あるよ!」
その瞬間、僕の瞳からはなぜか涙が溢れていました。恐らく、才能あるなんて言葉……一度も言われた事がなかったからだと思います。
「あ、ありがとうございます! ガルシアさん、バルトさん!」
溢れる涙を堪えながら、お辞儀をする僕。
「いい新人が入ったな、バルト! てか、お前、タロウって言うのか? イフリート名乗ってもいいんじゃねーか? よろしくな!」
握手を求めるガルシアさんの手を僕は握りました。
その時です。僕の身体が赤く光り始めたのです。僕の頭に言葉が聞こえて来ました。
―― 古の契約により、我、汝の力を求めん! 炎の番人よ、我に立ち塞がる者へ、業火の洗礼を与え給え! 出でよ、イフリート!
「おい、その光はどうした! タロウ!」
マスターが僕の様子を見て慌てて声をかけます!
「え!? 今……ちょっと待って!」
次の瞬間、僕の姿はこの場から消失したのです。
「おい、バルト……まさか、あのイフリート……本物か?」
この時ガルシアさんがマスターへ話しかけた言葉は、僕の耳には届く事はありませんでした。
次回 魔獣召喚は突然に…… お楽しみに