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第二話 イフリートの転職活動


 僕は、缶コーヒーを飲みながら街を歩き、溜息を吐きます。気づけばお昼が近くなり、お腹が空いてきました。


 あ、申し遅れました。僕の名前はグランツ・タロウ・イフリート。格好よくて人気のあのイフリート……の筈なんですが、僕は犬のような人懐っこい顔とよく言われます。あの(いか)つい顔のイフリートは《第三世界》のイフリート、僕は《第五世界》のイフリートです。


「僕と契約すると今ならモフモフし放題ですよ? どうです? 僕と契約します?」


 これ、僕のクロージングトークです。あ、クロージングというのはお客さんに契約してもらう際の決め文句みたいな物です。最初の働きかけがアプローチ、続いてプレゼンテーション、最後がクロージングです。僕の場合がどれが苦手という訳でもないんですが、『君の姿だと敵に嘗められる』とか、『モフモフしても敵は倒せないでしょう?』とか、あと炎扱えるって信じて貰えなかったりで、なかなか契約してもらえない訳なんです。名刺渡した瞬間に、『私が知ってるイフリートじゃないー! サイテー!』とあしらわれた事も……嗚呼……世の中はなんて不条理なんでしょう……人を……僕の場合は獣ですが、見た目で判断してはイケません。Aランクのレッドドラゴンは分かりませんが、Bランクモンスター位なら倒せますよ……


……いえ、鯖読みました……Cランク位なら……。


―― グルルルルルル


 あ、今のは狼が吠えた訳じゃないです。僕のお腹が鳴った音です。腹が減ってはモフモフ出来ぬ――ちょうど目の前に定食屋があったので、そこに入ります。


「いらっしゃいませーー! 何名様ですか? 喫煙席ですか? 禁煙席ですか?」

「あ、い、一名です。禁煙でお願いします!」


 ふかふかのソファー席を案内され、そこに座ります。ふむふむ、デミリザード肉のハンバーグに、ビックシュリンプの海老フライ、どれも美味しそうです。それにあのメイド姿のウエイトレスさん、ブラウンのショートボブにピンク色のメイド服、笑顔がとっても可愛くて、癒されます。


「ご注文はお決まりですか?」 

「え、あ、じゃあこの日替わりランチで……」

「かしこまりましたー! 少々お待ち下さい」


 お昼時という事もあり、お客さんで賑わってます。木造のロッジ風な店内、ふかふかのソファーに自然の木目が美しい材木で出来たテーブル、職人さん、いい仕事してます。なんか天井にお洒落なプロペラのような物が回っていますね。


「お待たせしましたー、日替わりランチ、ミノタウロスのステーキです! 鉄板が熱くなっておりますので、お気をつけ下さい! ごゆっくりどうぞー!」


 一口大にスライスされた、少し赤身がかったお肉、鉄板と面している部分から蒸気と共に、食欲をそそる音と香りが漂って来る。見るからに美味しそうです。ちなみに僕はイフリート、あのケロちゃんとは違って猫舌ではないのです。熱さは得意です。そのままミノタウロスのお肉を口に含みます。


「……う、旨い!」


 口に含んだ瞬間、肉汁がジュワーーーーっと口の中に広がりました。外皮が固いお肉の印象だったのだが、中身は柔らかく、焼き加減もミディアムレアでちょうどいい。噛めば噛むほど、肉の旨味が口の中へと広がっていく……。こんなに美味しいミノタウロスを食べたのは久しぶりです。肉の味を堪能していると、何やら厨房から声が聞こえて来ます。この席が厨房に一番近いため、他のお客には聞こえていないでしょう。


「え!? マスター、ヤバイですって!」

「仕方ねーだろ! ケンジとシュウが休暇中、冒険でケルベロスに噛まれて負傷したみてーだから。お前とリンと俺でなんとかするしか!」

「だって、火の扱いなんてリザートマンであるあの二人が居ないと無理でしょう!?」

「そんなもん、俺一人で充分だ!」


 どうやら従業員が負傷して困っているようだった。しかも火の扱いと聞こえた。そう、僕はイフリート、火の扱いには自信があるのです。


「マスター、私達だけじゃあ無理です……だって今日は予約も入っているじゃないですか!?」


 メイド姿の女の子がマスターに訴えかけているところへ、僕は勇気を出して声をかけたのです。


「あ、あの!」


 メイド姿の女の子が驚いて振り返ります。


「お客さん、どうしました? 肉、お気に召しませんでしたかい?」


 すると、マスターと呼ばれたコック姿の大男が僕に声をかけます。


「その反対です! あのミノタウロス、絶品でした! マスター、貴方が焼いたお肉最高です! 僕も火の扱いには自信があるんです! だから、ここの仕事、手伝わせて下さい!」


 僕は初めてモフモフという言葉を使わずにプレゼンをしました。


「ねぇ、マスターこの方にお願いしたら?」


 ウンディーネさん以外の女性を初めて女神だと思った瞬間でした。


「どこの馬の骨とも分からない奴に、ここの厨房は任せられねーよ、悪いな、帰りな!」


 そう、いつもそうだ……人……いや、みんな獣を見た目で判断する……。


「そんなのやってみないと分からないじゃない! パパの分からず屋!」

 

 え? いや、パパだったんですか? それはそうと、目の前の女神に僕は感動を覚えます。


「リンーーー、我が儘言うなー。あと職場でパパって言うなーー」

  

 大男が困った表情になる。


「マスター、火の扱い出来るらしいですし、頼んでみたらいいんじゃないですか?」


 もう一人の店員も提案してくれました。そう言えばもう一人居ましたね。女神しか目に入っていませんでした。


「お前、名前は?」


 黙って考え込んでいたマスターが僕をじっと見つめます。


「グランツ・タロウ・イフリートです……」


 そう、この名前を言った途端、いつも笑われるんだ。『あのイフリート、ウソだろ?』とか『冗談なら地獄で言え、イフリートだけに』とか『あんたが炎の魔獣なら、俺は夜の魔獣だな、ガハハハ』とか、過去の嫌な記憶が思い出されます……今回もダメかな、そう思っていると……


「イフリートって、あのイフリートさんですか? 凄い! 炎の魔獣さんだ! パパ、この方なら大丈夫よ! だってあのイフリートさんだよ!」


 気づくと僕の両手をぎゅっと握って、メイド姿のリンさんが丸い瞳をキラキラさせて僕を見てくれました。


「信じて……くれるんですか?」


 真っすぐなその瞳を見て、僕はキョトンとしてしまいます。


「信じるも何も、貴方は嘘をつくような目をしていないもの。ねぇ、パパ!」

「嗚呼……あんたの目を見ればそれは分かるさ。だが、その格好、仕事はいいのかい?」


 この人達は僕の事を信じてくれるのか……一瞬視界が滲んで見えなくなる。こみ上げてくるものを抑え、僕は顔を上げました。


「仕事なら今日……辞めて来ましたから……」


 決意の表情を見て、マスターが笑顔になった。


「どうやら、訳ありみたいだな! よし、採用だ!」

「よろしくお願いしますね、イフリートさん!」


 僕を信じてくれてありがとうございます……。

 

「よろしくお願いします!」


 僕は感謝の気持ちを込めてお辞儀をしました。瞳から雫が床にポタポタと落ちました。


「今日からよろしくなー、俺っちはゴンザレス・ドラゴニック・マイケルって言うんだ。気軽にゴンザレスって呼んでくれ!」


 あ、もう一人居たのをすっかり忘れてました。てか、名前長くないですか?



 こうして僕の、営業以外の初仕事が始まったのです。


 


次回 初めて焼いた肉のお味は? お楽しみに 

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