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第一話 こんな会社辞めてやる!


―― 地獄より(たぎ)りし炎よ、全てを喰らい、骨の髄まで焼き尽くせ! 灼熱火炎 《フレアバースト》!


―― グォオオオオオオオ!


「よし、効いてるぞ! よくやったイフリート! (とど)めだ! 龍殺剣 《ドラゴンバスター》!」


 目の前に立ちはだかる燃えるような赤い鱗に包まれた、巨大なドラゴンの頭へ剣を突き刺す青年。金色の鎧を纏った彼は、ドラゴンの頭から飛び上がり離れた場所へ着地する。やがて突き刺した剣が光を放ち、竜は衝撃と共に消滅した。蒼いマントを翻し、光を纏ったままゆっくり落ちてきた剣を取る。


「よっしゃー! ナイスだグレイス! Aランクのレッドドラゴン討伐だな!」

 

 そこに、銀色の鎧を纏った騎士風の男が駆け寄る。


「いやいや、バーシュ、俺の力じゃない。セリナが召喚したイフリートのお陰さ!」

「わ、わたしはただ、役目を果たしたまでです! イフリートさん、ありがとうございます!」


 巨大な目の前に居る魔獣に向かって、頭を下げる女性。白いローブを纏った女性は耳が長く、どうやらハイエルフのようだった。


―― 人間ヨ、我ハ還ルゾ。来ルベキ(トキ)、再ビ我ヲ呼ブガヨイ


 巨大な魔獣が咆哮と共に、紅蓮の業火を残しつつ、その場から消え去った ―― 



*********


『イフリート大活躍 《第三世界》勇者パーティ、見事レッドドラゴンを撃破』


「へぇーー、凄いよ、この見出し! レッドドラゴンが倒されるなんて、大ニュースだよ!」


 新聞の記事を周囲に見せながら背の低い羽根の生えた女性が飛び回っていた。身長は百二十センチほど。緑色のチューブトップに白いミニスカートと茶色のブーツを履いている。


「トレントー、静かにして……こっちは昨日部長に夜まで付き合わされて二日酔いなんだから……」


 頭を抱えながらまるで桃色のレースが入った下着だけのような姿をしたセクシーな女性が、たわわに実った二つ果実をぷるんと揺らしながら、ソファーに横たわっていた。


「えーー、部長関係なくセルフィーは毎日二日酔いじゃない、ねぇ、クアトル、凄いよね!」


 セルフィーと呼ばれた女性をそのままに、別の青年に声をかけるトレント。


「へぇー、そりゃあスゲーなおい! さすが勇者お墨付きのイフリートだな! うちの(・・・)イフリート君とは大違いだ。な、《第五世界》のイフリート君」


 黒いスーツに赤いネクタイ姿をしたクアトルと呼ばれた鳥頭の青年。スーツとズボンの隙間から竜のような緑色の尻尾が出ている。彼は、トレントが持って来たニュースに反応を示し、その流れでオフィスの端に座っている青年へと声をかけた。


「いや、それは言わない約束だろ、クアトル……」


 イフリートと呼ばれた青年は、紺のスーツと赤いネクタイを身につけ椅子に座っていた。そして、イフリートに似つかわしくない自身の白いモフモフした、顔のふさふさした毛並みを、電源が入っていないパソコンのモニターごし眺め、今日も溜息を吐くのである。



*********


 こんにちは、ここからは僕が説明します。エレメンタル精霊魔獣商会《第五支部》。ここが僕の勤めている会社です。僕の名前はグランツ・タロウ・イフリート。そう、みなさんが知っているイフリート、炎の魔獣です。


 少し違うのは、みなさんが一般的に知っているムキムキで巨大なイフリートは《第三世界》のフレア・イグニス・イフリートであるという事。彼は身長が三メートル近くありますが、僕は身長も百六十センチしかなく、ぶっちゃけますと、犬と間違われるくらいです。


 その結果、いつも取引先では笑われ、同僚である雷の鳥獣――ケツァクアトルのクアトルには弄られ、ウインディア・セルフィー・シルフ――風の精霊であるシルフにモフモフされては、もて遊ばれる……そんな毎日を送っています。


 この世界は《第一世界》から《第七世界》まであって、各世界に同じような魔獣や精霊が存在します。我々が働くエレメンタル精霊魔獣商会も、それぞれの世界に支部があります。つまり《第五支部》がある此処は第五世界という事になりますね。そして、魔獣や精霊は、人間やエルフの召喚士や魔獣使い(ビーストマスター)精霊使い(エレメンタラー)などの特定の職業(ジョブ)に就いた方々と契約します。でもね、この世の中、冒険者となかなか出会う機会もない訳ですよ。そこで、このエレメンタル精霊魔獣商会が存在するという訳です。


 あ、そうですね、基本は、ギルドからの紹介や、冒険者からの紹介、後は営業活動ですね。契約してもらわないと、自身の力を行使出来ませんから。勇者と魔王が激しく戦う時代はよかった。魔獣や精霊は引っ張りだこでしたから。もちろん魔王が頑張っている世界もたくさんありますけどね。此処、《第五世界》に至っては、給料を貰わないと魔獣も精霊も生活出来ない、そんな混沌の世界ですよ。不条理な世の中になったものです。そう、つまり僕の会社は営業の会社なんです。


 いつしかノルマを課せられるようになった僕たち。S~Fランクのモンスターを討伐した時に貰える既存ポイントと、新規に契約した冒険者のランクによって総合的に月の成績が決まります。


 第三世界のイフリートさんは、どうやらAランクのレッドドラゴンを倒したそうですから、五百ポイント獲得ですね。Sランクは魔王級ですから、Aランクでも相当凄いですね。まずは召喚してくれるパーティーが強くないと、倒す機会すら貰えない訳ですから。ちなみにマスコミ(・・・・)という取材班が世界を駆け回ってますから、ドラゴンの皮や角といった、討伐した証拠を持って帰らなくても、召喚された履歴や、実際に討伐したかどうかなど、全て記録され、分かるシステムなんです。便利な世の中ですよね? あ、さっき樹精霊であるトレントさんが持ってきたのは、マスコミさんがこの世界の事象を書き記し、まとめた精霊魔獣新聞ですね。


 すいません、説明が長くなっちゃいましたね……え? 嗚呼……僕の成績ですか……それは……


「万年成績最下位のタロウ君! 今月まだ十五(・・)ポイントしか取っていないとはどういう事だ! 今月の目標は三百ポイントだぞ! 座っている暇があったら早く営業に向かいたまえ!」


 目の前にあった机がいつの間にか吹き飛びましたが、これも日常茶飯事です。ちなみに部長は紫色のムキムキした身体をピチピチのスーツで隠したベヒーモスです。あ、また怒った勢いでスーツのボタンが飛んでるよ。


「あ、部長、おはようございます」


 目の前にあった机がない状態のまま、僕は部長を見上げます。


「おはようございますじゃない! 《第三支部》のイフリートの話を聞いただろ! お前悔しくないのか?」


 部長が僕を威圧しますが、もう慣れっこです。


「いや、彼は彼、僕は僕ですよ、部長」

「お前はそんなんだから万年最下位なんだ!」


 気づくと僕の身体が入口付近まで吹き飛んでました。魔獣権利尊重委員会へ、パワハラ(・・・・)で訴えていいでしょうか? これが、イフリートではなくて生身の人間だったら、きっと天国へ逝っていた事でしょう。


「タ、タロウさん、大丈夫ですかーー!」


 自身の掌から冷たい水を出し、タオルを濡らして、スーツを着たオフィスレディーが僕のところへ来てくれました。たぶんこの()が居なかったら、もうとっくに辞めていたかもしれません。


「ディーネさん、ありがとうございます。僕は大丈夫ですから」


 目の前にいる優しい笑顔の女性は僕の女神、水の精霊である、ウンディーネさんです。僕は親しみを込めてディーネさんと呼んでいます。蒼い髪と透き通るような水色の肌が艶やかで美しく、その笑顔を見る度に僕はウットリしてしまいます。


「ウンディーネ、そんなやつはほっとけ! 皆、始業時間だ! 早く営業に行け!」


 部長が叫ぶと、みんなそれぞれの仕事を始めます。

 

「はぁーい、もう、うちのクズリート(・・・・・)のせいで、とばっちりねー」


 シルフが溜息をつきながら席につきます。そして、部長はと言うと……


「おーー、今日も可愛いねーーーケロちゃーーん、おーーよしよし」


 革張りの高級そうな椅子に座り、ペルシャ猫のようなケルベロスのケロちゃんをモフモフしています。


「にゃああああああーーごろごろごろ」


 ケロちゃんはとても嬉しそうにごろごろしています。巨大な部長の手に押し潰されそうで心配になりますが、ケロちゃんはああ見えても、召喚される時は顔を三つに変化させ、五メートル級の大きさまで巨大化出来るらしいので、心配はいらないそうです。実際は、狼のような姿をした《第三世界》のケルベロスの映像しか見た事ないので、よく知りません。


「おーー、ケロちゃんは可愛いねーー、同じモフモフでも、あそこのイフリート君と大違いでしゅねーー」


 ケロちゃんは確かに可愛いけど、一緒にされるのは(しゃく)に障ります。何せこの部長は一日モフモフしているかシルフの女体を(はべ)らせる事しか頭にないのですから。僕はゆっくり立ち上がり、自身の机があった場所にある営業鞄を取り、入口へと向かいます。なんか今ので吹っ切れた気がします。何でもきっかけがあるというものですよね?


「お、タロウ君どこに行くんだい? 営業活動かい? それとも火遊び(・・・)でもしに行くのかい? 子供は火遊びしちゃあダメでちゅよーー? ねーー、ケロちゃん」

「にゃああああああーーー」


 前々から思っていました。僕はこのままでいいのだろうか? 僕の個性って何だ? 僕の良さって……プルプル震える腕を止め、僕は入口で振り返りました。


「こ……こんな……」


 僕は震える身体を、煮えたぎる感情を抑えつつ、言葉を振り絞ります。


「ん? どうした? 何か言ったか?」


 部長が冷たく僕を睨みつけます。


「こんな会社! 辞めてやる!」


「タ、タロウさん!」

 

 ディーネさんがオフィスを出た僕を追いかけて来てくれているような気がしましたが、僕は振り返らずに、そのまま会社の外へと出て行きました。





 そう、これは勇者が魔王を倒す話でも、最強の魔獣イフリートが悪魔や人間を蹂躙する話でもありません。


 ブラック企業に勤める僕が、世間の荒波に揉まれ、それでも抗い、生き抜こうとする、そんな物語です ――




―― 第一話 こんな会社辞めてやる!  完 




次回 イフリートの転職活動 お楽しみに 

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