秘密
白露の君が桜の君の父、内大臣に会いに行ったのは、翌々日の朝のことであった。
美しい桜の君が彼から受け継いだのは、天性の賢さ、魅力というものであったようだ。
容姿はいわゆる美男という訳ではないが、温和で理知的な雰囲気の、柔らかい物腰の男性であった。しかし彼の双眸は、百戦錬磨の鋭い光があった。
一通り、型通りの挨拶を終えると先に切り出したのは内大臣であった。
「さて、少将殿。お話とは何でしょうか」
「既に聞き及んでいることにございましょうが、内大臣様の御娘、桜の君を正室としてお迎えしたき所存にございます」
一瞬の間があった。
「……さようでございますか。ですが、少将殿。娘は十九。貴方様より二つ歳上です。それよりでしたら、十五になる中君を妻に娶る方がよろしいのではないでしょうか」
つまり、桜の君との結婚を婉曲に断られたということになる。しかし、こんなことで諦める訳にはいかない。
「いえ。私が愛するのは、桜の君。彼女を差し置いて、どうして他の姫君を娶ることなどできましょう」
内大臣は白露の目を捉えて離さない。じっと凝視するように見つめ、やがて嘆息しながら視線を外した。
「確かに、あれは類い稀な美貌の持ち主でもあり、女にしておくには惜しいほど賢い。貴殿があの者に惹かれることもよくわかります。ですが、嫁に出すとなれば話は別。あの者をそう簡単に嫁入りさせる訳にはいかないのです」
「訳をお聞かせ願います」
内大臣は毅然とした態度を崩さないが、語調には、口惜しさが滲みでている。確かに、桜の君のような娘を嫁に出せないというのは、あまりにも残酷だろう。
「少将殿、これから話すことは、他言無用にするとお誓い頂けますか」
白露は迷わず頷いた。
内大臣はそれでも迷っている様子ではあったが、白露を信じる気になったらしい。やがて、ぽつぽつと語り出した。
「あの娘は子を産めば、すぐに死んでしまう」
白露は、目を大きく見開き絶句した。
「我が家の長女は生まれつき短命なのです。出産という大事に耐え切れるほどの命が、おそらく備わっていないのでしょう。私の長妹や叔母がそうでした」
「しかし、桜の君がそうでない可能性もあるでしょう」
「わかりません。ですが長妹もその可能性に賭け、亡くなったのです。短命の代わりなのか、妹も叔母も、それはそれは見目麗しい人でした。記録によれば、ただの一人も例外はいないのです。このことを知らないはずですが、賢いあの娘のことです。気づくのは時間の問題でしょう」
「ならば、私は桜の君を娶っても子をなすようなことはしないと、誓います」
白露が勇んで言うと、内大臣は悲しそうに笑って首を横に振った。
「貴殿も娘も不幸にしかならないでしょう。貴方はまだ若い。他の姫君を、どうぞ娶ってください」
内大臣は一礼すると、その場を去った。
その顔はいつもの変わりない威厳のある面持ちではあったが、それは、むしろ悲痛なものであった。




