投じられた花
それから一月。ほぼ毎晩、桜の君の元を白露は訪れた。
見るたびに美しくなる桜の君に、白露は強く惹かれていた。
だが、この白露の行動は他の女達の嫉妬を煽った。更に先日の発言が広まると、火に油を注ぐこととなった。
桜の君は、どのような手を使って白露は落としたのか。
きっと、姫君とは思えないずる賢い手を使ったのだろう。
内大臣邸に白露がおいそれと通う訳にもいかず、足は遠のくばかりである。
仕方なしに文を送るが、途中の道で何者かに文を盗まれる事が相次ぎ、最後の手段として、朝霧か夕霧に頼むことにした。
気の良い二人は了承してくれるが、帝に気に入られ、蔵人に昇進した夕霧は多忙のためになかなか会えない。
それだけでなく、当の白露も朝霧も嫌がらせかと思うような異常なまでに多忙であり、そう頻繁に文のやりとりもできず、疎かになりがちであった。
***
最近、白露が訪ねて来ない。理由は、もちろん分かっている。
白露はもともと、その容姿から左大臣の三の君や、右大臣の四の君からも恋心を抱かれていた。
白露も相手の身分が故に邪険にできず、そこそこの対応をしていたらしい。
それが、裏目に出た。
自分が白露と恋仲にあるという噂は、たちまち広がった。組み合わせなのか、時期が悪かったのかは分からない。
だが、自分も、かつては世の中の男を一様に風靡した女人として有名でもあった。
それがある日突然、ぱったりと止んだのである。自分が氷の姫と噂され、ようやく波風も静まってきた頃に白露とのスキャンダルは出たのである。
噂を気にする質ではないので、精神的な影響は皆無だったのだが、このままでは、また父に迷惑をかけることだけでは済まない。
自分のせいで、白露の輝かしい未来まで奪ってしまう可能性すらある。
私はその罪悪感に押し潰されそうだった。先ほども言ったが、もとから周囲の誹謗中傷などを気にかける質ではなく、そんなことはどうでも良いのだが、愛する者が自分のせいで不幸になることはどうしても許せなかった。
「姫さまのせいではございませぬから……」
村雨が慰めても、私には響かないだけでなくむしろ怒りをさらに増長する。
「お黙りなさい」
別段、ヒステリーになる訳ではない。
だが相手にとってみれば、背筋が凍るほど冷たく、震え上がってしまうほど鋭いのだ。
白露の君を守るためなら、何だってする。
そう思えるほど、桜の君は白露の君に恋をしていた。恋は時に凄まじい力を人に与える。周りが見えなくなるほどまで。
そう、例えば、自分が傷つくことによって相手を助けることを最善策として、いとも簡単に認めてしまうほど。後から冷静になってみれば、だ。
「紫乃、朝霧に伝えなさい。左近の少将殿には、私を棄てて中君を勧めるように」




