白露の君
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翌朝、昨夜の青年と思われる者からの文が届いた。
他の公達からは本気かどうか計り知れない文がごまんと届いたが、女房の村雨にさっさと片付けさせてしまった。
その青年からの文を読んで頬を真っ赤に染める桜の君を見て、村雨と紫乃がそばに寄ってくる。
慌てて文を隠そうとするが、あっさりと見られてしまう。
「紫乃、おやめ!」
「まあ!姫様は、白露の君と恋仲になられましたの?」
嬉しそうに言う紫乃の横から、村雨も口を添える。
「白露の君!姫様にぴったりですわ」
「白露の君…?聞いたことがある名だけど…どなただったかしら」
「左近の少将様ですわ!」
「ああ、朝霧と似たり寄ったりの」
「何てことを!今をときめく若き有望な公達ですわ!お姿も見目麗しく、笛と和歌が大変お上手なのだとか。引く手数多なのも、無理がありませんわね」
確かに、あの若さで少将かつ美男子となれば引く手数多なのも無理はない。
「女癖が悪いのは欠点ですけれど、この際、目を瞑っても問題ありませんわ」
紫乃も村雨も、完全に歓迎ムードである。
「………」
朝霧のような者が、自分に求婚してきたら、一も二もなくお断りである。
確かに、昨夜はとても素敵であったが。
「ささ、姫様。早速、お返事を」
村雨が上質な和紙を取り出したものだから、失敗しまいと気が引き締まる。
やっとのことで書き上げ、使いの童に持たせたものの、微妙なところである。
もっと良い歌ができたのではないかと、あれこれ考えてしまい書物をよむのにも集中できない。
桜の君の趣味は、何と読書と弓矢なのである。北の方を始め、紫乃も村雨も何度とやめさせようとしたが、桜の君お得意の冷たい視線で黙らせた。
いつの間にか、うつらうつらしてしまっていたところに弟の朝霧が現れた。
「姉上様」
朝霧も元服しているのだが、御簾越しに話すなど馬鹿馬鹿しく御簾の中に招き入れる。というよりも、勝手に入ってくるのだ。
それでもしっかりと桧扇は使っている。
「なあに、朝霧」
「聞きましたよ。白露から恋文が届いたと」
うんざりするほどの情報の早さである。
朝霧も白露の君に負けず劣らずの色男として、都中の女から熱い視線を送られているのだ。
仕事ぶりは良いのだが、朝から女の匂いをぷんぷんさせながら姉の元にやってくるのはいかがなことかと思う。
「そなたのお耳は沢山あるのですね」
「いやいや、姉上。片手で数えられるほどしかいませんよ」
と、気楽に笑い流す弟に桜の君は嘆息するしかない。
「白露ならば私も大歓迎ですよ。姉上がどこの馬の骨かわからぬ公達に誑かされるより、遥かに良い」
高飛車な物言いではあるが、本当は心優しい弟であるので憎めない。
「あら、そうですか」
「姉上はこんなに器量が良いのに、氷の姫などと噂されるなど」
パシン、と音がして朝霧が仰向けにひっくり返った。
「妾の髪に、なれなれしく触るでない」
自慢の黒髪を触った不届き者の弟の頬に、桜の君が桧扇で張り倒したのである。
「ああ、痛い。酷いと思わぬか、紫乃」
母性をくすぐるような潤んだ目で見つめてくる朝霧に、紫乃も虚を突かれたようであったが、すぐに気を取り直していた。
「姫様のお髪に触られるなど、とんでもないですわ」
「紫乃……昔は、そなたも私に優しくしてくれたのに……」
懲りずに、紫乃の手を取って、甘えるように胸によりかかり、情を引こうとする朝霧、そして、それに徐々に口説かれる紫乃に、桜の君は顔を顰める。
「朝霧。私の女房を口説きに来たのなら、お帰りなさい」
情けない言葉を発した乳姉妹に呆れながらも、朝霧を追い出す。
また来ます、と上機嫌に帰って行く朝霧に見惚れながら、桜の君は鼻息荒く脇息にもたれかかった。
「白露の君…ね」
ついうっとりしてしまった桜の君は、慌てて衣に顔をうずめた。




