桜の宴
和歌などにアドバイスがある方、また、誤字やミスが見咎められた場合、遠慮なくお書きください!
感想、評価、レビュー、どれもお待ちしております!!
内大臣の大君は十七になる娘である。
父の内大臣は、母の北の方以外に妻はいない。珍しいことではあるが、父は母を愛してやまなく、見ていてこちらが恥ずかしくなってしまうほど仲睦まじい鴛鴦夫婦である。
大君は、仮名を桜の君という。
彼女の美貌は今上の女御にも勝るほどで、今や公達や宮中での話題を独り占めしてある。
かつては、父も女御として桜の君を入内させるつもりでいたのだが、既に三人の女御がいる帝よりも将来有望な公達に嫁がせることにしたのである。
桜の君の身分ならば、正室として結婚できるのは間違いない。問題は彼女には不名誉なあだ名があることだった。
春、内大臣邸で桜の宴が開かれた。
事実上は桜の君の婿選びの場であるのだが───公達とはいえ、所詮は人間。
ピンきりである。
無遠慮に桜の君を御簾越しに覗き込んだり、話しかけてくる者も少なくない。
酒のせいで酔いが回り、公達らしからぬ者も多い。そうでなくても、彼等の目は欲望にぎらぎら輝いているようにしか見えない。桜の君は呆れ果てて言葉を返すこともしない。
すっかり辟易した桜の君は、義務を終えたと言わんばかりに部屋を出た。
父には悪いが今夜の公達とは間違いなく結婚しない。
桜の君の部屋がある東の対の庭に、桜の木が植えており、桜の花は風に吹かれると甘やかな渦を巻き、空へと舞う。闇夜に浮かぶ桜は息を呑むほど美しい。
花冷えの宵こそ、桜の君を表しているようであった。少し風に当たろうと、透渡殿へ出た桜の君は、しばし月を眺めていた。
涼やかな春の風は桜の君の衣や髪を優雅になびかせる。
ふと庭に目をやると、桜の君の方を見る青年の姿があった。慌てて扇で顔を隠すが、明るい月の光の下では既に見られてしまっているだろう。
「申し訳ありません。ただ、貴女があまりにも美しいものですから」
耳に心地よく響く、男性にしてはやや高めな声であった。
「ご心配なく。私は月を見ていますから」
そう言って、桜の君に背を向ける。
「朝霧の君からお話はよく伺っています」
「朝霧は、何と?」
「桜のように美しい、才能あふれる姫君だと」
「……お恥ずかしゅうございますわ」
青年は桜の花を見つめていた。一瞬、月の光で彼の顔が照らされる。
何とも言葉にできない、女に見紛うほどの美貌の青年であった。
「それでは、私はこれで」
歩き出した青年は渡殿の前でぴたりと止まり、おもむろに口を開いた。
「また…ここに来て良いでしょうか」
「…………」
喉が乾いて、言葉が返せなかった。
「いえ、忘れてください。私のような者がお訪ねするなど…ご迷惑ですね」
「いいえ」
思いがけない言葉に、必死になってしまったから、つい声が大きくなってしまった。
「…お待ちしております。いつでも、いらして下さい」
青年は振り向かなかったが、笑ったように感じた。
「では、明日の夜にまた」
青年の足取りが、颯爽と軽くなったように思えた。




