呼ぶ
あれだけ感じていた蒸し暑さを感じない。桜が舞う境内は如何やら、季節も春になったらしい。土地神に促されるまま料理を挟んで土地神と向かい合う形で座った白猫と金魚。
金魚はここに来た経緯を話した。数分の間だけだが、ジッと会話が終わるのを待つ白猫と違い、待つことを知らない藤虎は勝手に酌を始めているものだから勝手な奴だ。
「ふむふむ。つまるところ、其方は儂に水神との仲立ちをせいというのじゃな。いいぞ、やっても」
「本当ですか!?」
全てを聞き終わって土地神は頷いた。
「あぁ、簡単な事じゃ」
「マジか……」
こんな簡単に話が通るとは土地神の懐は随分と深いらしい。
早く次へ行けそうだと白猫は内心、ほくそ笑む。其処に、盃を片手に藤虎が土地神へ問いかけた。
「おいおい、爺さん。アンタ程度の土地神が格上の水神相手に仲立ちなんて本当に出来んのかよ」
「何を言うか。確かに格で言えば雀と鷹を比べる並みに渡り合うには難しい相手じゃが、生憎儂も何百年と神をやっとる端くれじゃからな。出雲に出向いた際に何度か顔合わせはしとるわ」
「へー」
「その様子だと信じとらんな。良かろう。水神に今直ぐ来れるかこの場で聞いてやろう。藤虎、その酒瓶を寄越せ」
心外だ。半ば強制的に藤虎から酒瓶を奪い取った土地神はポンと一つ手を叩き、何処からか顔の一回りも大きな盃を出した。
一体何をするのだろうか。白猫は不思議そうに土地神を見据える。
そして、土地神は盃になみなみと酒を注ぐといきなりそこへ顔を突っ込んだ。一同、唖然である。
「……藤虎」
「何だ?」
「あれは何してんだ?」
「さぁな。俺も分からん」
堪らず、真顔で藤虎に問うが期待した答えは得られない。隣をチラリと見下ろせば、困惑している金魚が居て「まぁ、そうなるよな」と白猫は思う。
そうして、一同がただ見守る中、ようやく土地神は顔を上げた。
「終わったぞ。水神は直ぐ来るそうだ」
「えっ?」
(今のあれで?)
「本当ですか、土地神様!」
「爺さん、今ので何したんだよ」
「何、難しくは無い。単に水神の所に顔を出しただけだ。まぁ、お前達、妖怪の妖術を応用したようなものじゃな」
そう語る土地神によれば、如何やら術を使って水を媒介に水神のもとまでの道を作り、水神と話しをしたらしい。
便利なものだ。普段、藤虎が人間に化けたり怪火で辺りを照らしたりする以外にも術の使い道があるとは知らなかった。
感心する白猫。その隣で今にも踊り出しそうな勢いで金魚は歓声を上げている。
「凄いです、土地神様。ありがとうございます!」
「よいよい。そう喜んで貰えると嬉しいものよ。それに比べそこの二人の何じゃその顔は」
ジロリと白猫と藤虎を睨む土地神。
「もう少し、驚いた顔をせんか。この金魚ぐらいしてもらわんとつまらんぞ」
せっかく術を使ったというのに思ったよりも二匹の態度が変わらなかった事が土地神には不満らしい。
白猫と藤虎は互いに顔を見合わせる。少なからず、感心はしていた白猫はともかく土地神の不満は「あっそ。ただの術の応用か。へー」と酒を呑んでいた藤虎のせいが九割を超えるだろう。
(おい、藤虎。これどういう言うのが正解だよ)
(まぁ、驚いてるって言えばいいだろ)
面倒だ、話を合わせろと目で会話した二匹は改めて土地神に向き直る。
「凄いぜ、爺さん。驚いた」
「そう、十分、驚き――っわ!」
「猫さん!?」
唐突に予期せず、首後ろを掴まれる形で持ち上げられた白猫は脚をばたつかせる。自分の意思以外で地に足が着かない状態は恐れに近い。
「何だ、誰だ。下ろせ!」
「何故、ここに猫が居る。我は猫が嫌いだというのに猫が二匹も居る場所に呼び付けるとは大層ご身分が上がったではないか、南坂の土地神よ」
後ろで囁かれる低く冷たい声に白猫はぞわりと毛を逆立てた。
本能的に逆らってはいけないと感じた。言うなれば次元が違う。蛇に睨まれた蛙というのはこういう風になってしまうのだろうか。白猫は強張ってしまい動かなくなった身体に何とか動けと命令するがやはり動けない。
「これは、これは水神様。突然のお呼び出し、受けて頂けて感謝する。じゃが、取り敢えずその子を下ろしてやってはくれませんかの。その子は儂の数少ない友人の友。そして、貴方様の庇護下にある金魚の友人ですぞ」
「この猫がか?」
如何やら、白猫を摘み上げた相手が待ち望んだ水神らしい。ゆっくりと更に上へ持ち上げられた白猫は初めて此方を疑いの籠った眼差しで見据える水神と対面した。
淡く銀色に輝き波打つ長髪。吊り上がった眦。上質な絹を何枚も纏う身体の凹凸は少なく細身で中性的な容姿のせいか女か男か分からない。
ただ一つ、確かに言えるのは――
「ちいせぇ」
水神は十二歳の子供並みに幼かった。