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土地神


藤虎の嫁が部屋から去ってから数時。ようやく日が暮れた。


「アイツに金魚と会わせてくれたらしいな」


提灯の灯りが頼もしい夜。南坂の神社へ向かう道中に隣で一升瓶の酒と肴を詰め合わせた重箱を包んだ風呂敷片手に歩く藤虎が思い出したように言った。

白猫は金魚を腹下に隠して歩く事に随分と慣れた。辺りを見渡せば大通りから随分と離れたせいか人の姿はまるでない。


「見せろと寄って来たんだ。藤虎、お前が余計な事を言ったせいだ」


白猫は不愛想な口調で藤虎を非難した。しかし、藤虎は気にしない。


「良いだろう、別に。俺は一言もお前から他言無用とは聞いていないからな」

「お嫁さん、とっても綺麗な方ですね」

「だろう。俺の女だからな」


自慢の嫁が褒められてご満悦な藤虎に白猫は呆れる。

藤虎は歩きながら言葉を続ける。


「アイツは昔、金魚を飼っていたんだ。二匹、いや三匹だったか? まぁ、忘れたが大きな丸い水槽にそりゃあ、俺が嫉妬するぐらい大切に愛でてたんだ。それが、三年前に急に空の彼方に消えましたってんで随分と寂しがってな。久し振りに金魚が見れて喜んでたよ。どうだ、金魚。アイツのものにならねぇか? きっと可愛がってくれるぞ?」

「おい」

「冗談だ」


笑えない冗談だ。

ギロリと睨む白猫に藤虎は笑う。其処に以外にも金魚が口を開いた。


「ごめんなさい、藤虎さん。私はもう猫さんのものなのでお受けできません」


はっきりとお断りを告げた金魚。よく言ったと褒めてやりたい。


「だから、冗談だ。そうはっきりと断らなくてもいい」


今度も藤虎は笑う。本当に藤虎は小さな魚に興味は無いのだ。

そうして、ようやく神社に着いた。

急な石階段を飛びあがるようにして登り切って見えた境内は瓦屋根の社に賽銭箱、今は葉しかないが春には美しく咲き誇る桜の大木があって、昼にはお参りに来る人がちらほらといるというのに夜というだけでしんと静まり返っている。


「静かですね」

「何ら変わらねぇいつもの境内だな。変わった気配も特に無いし、本当に居るのか?」

「見た目はな。爺さんは居るぜ。ただし、場所は同じここだが別の所にな」


白猫は首を傾げて藤虎を見上げる。


「何だソレ、謎かけか?」

「まぁ、付いて来い」


そう言って藤虎は真っ直ぐ社に下げられている大きな鈴の前に立った。白猫と金魚がちゃんと横に並んでいるのを確認した藤虎はその鈴と繋がっている太い縄を揺らして鈴を鳴らす。

何度も、何度も鳴らすものだから、普通の人が見れば五月蠅い罰当たり奴とでも思った事だろう。鳴らした回数が十を越した辺りで流石の白猫も何がしたいんだと思い始めた。

十七回目に藤虎は鈴を鳴らすのを止めた。


「よし、これで終わりだ」

「終わり? なぁ、これに何の意味があるんだ?」

「ん? まぁ、合図だな」


意味が分からない白猫。しかし、不意に後ろから声をかけられてその意味を理解する事になる。


「待ちくたびれたぞ、藤虎」


気配も無く、突然現れた初老の男。「何時の間に」と警戒心を露わにする白猫に藤虎は小声で「落ち着け」と諭す。


「白猫、あれが南坂の土地神だ」

「あの爺さんが?」


何処にでも居るような優し気な翁の姿、初めて会う神に白猫は驚く。すると、じっと土地神を見据える白猫に「おや?」と白い眉を上げた。


「何だ、今宵は酒の肴と一緒に連れも連れて来たのか」

「そうだ。駄目だったか?」


もう連れて来ておいて今更感のある藤虎の応えに土地神は能天気に笑う。


「いいや、よいよい。一人より二人、二人より大勢で吞む酒の方が何をしても美味い。見たところ白猫が一匹とその下に空魚が一匹居るな」


千里眼とでも言うべきか、流石は神様と称えるべきか。見事に隠れていた金魚を見つけた土地神に対してこれ以上隠し続けても無駄だというものだ。

白猫は金魚に出て来いと小声で呼び掛けた。初めて会い見える土地神に緊張を隠せない金魚はおずおずと白猫の腹下から姿を現した。


「ふむ、金魚か。昔は水鉢の中で多くの人に愛されているようだったが、空魚となってからは久しく見てなかった。相変わらず、美しい姿をしておる」


金魚は照れた様子で頭を下げた。


「ありがとうございます、土地神様。突然の訪問は申し訳ありません。この度、私は貴方様にお願いがあって参りました。どうぞお聞き届けいただけませんでしょうか?」

「ふむ……」


何を思ったのか土地神はくるりと白猫達に背を向け、桜の大木の方を向いた。一つ、土地神は手を鳴らす。すると、次の瞬間に葉ばかりだった桜が満開の花を咲かせた。神だから出来る所謂、神力というやつなのだろう。

白猫は唖然と。金魚は歓声を上げ、藤虎は「花見酒か」と呟く。土地神は再び、白猫達の方へ向き直った。


「さてと……聞こうか、其方の願いを。但し、酒の席でな」


何時の間にか桜の下には赤い敷物が敷かれ酒やちょっとした料理が並んでいる。

まるで、お茶目な子供のように土地神は白猫達を今宵の酒の席へ招いた。








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