洞窟での出会い
「きゃぁぁぁぁ」
森の中を歩いていた男はどこからか聞こえてきた悲鳴に気づき、位置を特定すべく耳をすました。
「いやぁぁぁぁあ」
『東か…』
男はすぐさま悲鳴が聞こえた方向へと足を向けた。
『このあたりか?』
悲鳴が聞こえてこないときは真っ直ぐ進むしかないためひたすら歩くことに専念していたが、真反対から悲鳴が聞こえ、行き過ぎてしまったと気づき慌てて来た道を戻った。
断片てきに聞こえてくる悲鳴を頼りに進んでいくと大きな口を開けた洞窟へとたどり着いた。
ここ以外に道もなく、悲鳴もこだまするように中から響いてきている。この中で間違いないようだ。
用心しつつ足を踏み入れ、いくつかの分かれ道を進んだ。もちろん分かれ道に出会うたびに立ち止まり悲鳴が聞こえるのをまった。
「いやあああ」
声の大きさからこの壁の向こう側に声の主がいるようだ。
身をかがめながら中を覗くとドラゴンのようなものが見えた。だが、いくら覗いてもここからはドラゴンの背しかみえない。
「仕方ないか」そう呟きつつゆっくりと男は近づき後ろから下から上へと剣で払い上げた。
ずぱぁあ、と音を上げてあっけなくドラゴンは倒れた。
「ひぃ、こんどはなに…?」
どうやら目の前にいるのが悲鳴をあげていた人物らしい。
だが、身体中白いものがついており顔すら見えない状態だ。
「おい。こんなとこで白化粧なんてしてなにをしてるんだ」と、男は女に問いかけた。
「し、しらないわよ。したくてやったんじゃないんだから!」
『どういうことだ?』心の中で男は思ったがいまはそれどころではない。
「というか大丈夫なのか?その…だいぶ匂いがきついんだが…」
そう、さっきからこの女から漂う匂いがかなりきつい。液体まみれだし、くさいし、ほって置いて帰りたいのが本心だったが、ここで帰るほど男も冷たくはなかった。『せっかくここまできたのだ街にくらい送ってやろう』そんなことを思っていると女が口を開いた。
「女の子に向かって匂いがきついとか言う言葉じゃないでしょ!?」
女は叫びながらなぜかこちらへつかみ掛かってきたが、ひょいっと女を避けると、女はそのまま壁に生えている尖った岩に激突した。
「いったぁ…」
どうやら、体力もほとんど残ってないらしい。どうするか。と男は考えた
担いで運ぶにしてもあの白い液体には触りたくないのが正直なところだ。せめて、その液体の正体だけでも知りたいと女に先ほどと似たような質問を再び問いかけた。
「なぁ、どうして…とまでは言わないからその液体の正体が何なのかだけでも教えてくれないか?」
男は岩に頭をぶつけうずくまっていた女に近づきながら言った。
「え、これ?ええと…その、せ…せ、せい。そ、そのドラゴンの…」
と、女はドラゴンに似たものの死骸を指差しながら女はごにょごにょとぎりぎり聞き取れるレベルの声量で言った。
「え?なんだって?ちょっと聞き取りづらいな…」
男はただ困惑していた。聞き取れないし、女は泣き出すかのような顔をしている。これ以上聞くのもやめようかと思ったが、聞くこと以外に選択肢は考えてもなかった。
そしてなにより、くさい。
「だ、だから…そのドラゴンの……。もう!ドラゴンの下半身見てきたらわかるわよ!これ以上言いたくはないわ!」
おおっと、ヒントはこれまでらしい。男は女からこれ以上聞き出すのは諦めて言われた通りテクテクとドラゴンに近づいて行った。
「下半身…下半身…あぁ、そゆこと。」
呟きながらドラゴンの元にたどり着いた男はドラゴンの下半身を見てすぐに液体の正体を理解した。
ドラゴンの性別はオスだ。顔はドラゴンに似てるが体はティラノサウルスのようになっている。背中には羽根が付いてるが小さくて飛べそうにない。そして下半身からは突起物が出ている、先には白いものも。
死んでから数秒のため、しぼみかけてはいるが見ればすぐにわかるようなことだった。
「おーい!白い液体の正体わかったぞー!」
「………」
女からの返事はない。
「はぁ…」
女には聞こえないようにため息をつくと男は元の場所へ戻った。
「おい、液体の正体はドラゴンのせい…」
「それ以上いうなぁぁぁぁあ」
女は突然立ち上がり男のアゴに渾身のアッパーをヒットさせた。
『たしかに免疫のない女に対してはかなり恥ずかしいことなのだろうがここまでしなくともいいじゃないか…』
「あ、あれ?やっちゃった?大丈夫だよね?
え、どうしよう…」そんな女の叫びを聞きながら男の意識は飛んだ。
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「……………………………」
『頭がくらくらする…』
何時間気絶していたのだろうか。男は視点の定まらないまま左右を見回すがそこには女の姿はなかった。気絶していたあいだにモンスターに襲われなかったのは幸運だが、女がいないことに関しては少々むっとした。別に女だったからとかではないが、殴った相手を放置するなどさすがに人としてどうかと思っただけだ。
カツンカツンカツンカツンカツン
『何かが来る…』起き上がろうとするもまだうまく力が入らない。盗賊の類からすると、今のこの状況はかなり好都合の状態だ。なんだって獲物は動けない上に隣にはドラゴンの死体まである。
『しくじったなぁ』
男は徐々に近づくを聞きながらせめて1人だけでも首を落としてやろうと腰の後ろに装備している採取用の短剣を握り、音のする方へ意識を向けた。
カツンカツンカツンカツン
あと3メートルといったところか。体がうまく動かないとはいえ、一発分なら根性でなんとかできるだろう。
男は体をフルに回し短剣を飛ばすイメトレをしていた。
「さぁ、こい」
低く呟くと同時に頭の中でカウントしてゆく。
『あと2メートル…』
『1メートル…』
『今っっ!!!』
イメージトレーニングしていたからか、うまく動けた。しかし、姿を表したのは顔を隠した盗賊でもなくモンスターでもなかった。予想の外の外、先ほどの女だったのだ。だが、一撃にすべてをかけて全身を使った攻撃をすぐさま止めることもできずに無理な方向へと力を入れ込む。
ヒュッッッ!ガキイィィィィンン!
「きゃぁぁぁぁぁ!!!」
この悲鳴を聞いたのは何度目だろうか…
すんでのとこでズレ、そのまま岩にめり込んだようだ。女の命は助かったものの、前髪をすこしばかりきってしまったようだ。男は女に申し訳ないという意味を込め、視線を向けた。
「えっちょっ!こわっ!ちょーこわっ!そりゃ殴ったことは申し訳なかったけど、そんなに怒ってたの!?」
女はまたもや涙目になりながら叫び始めた。
「すまない。君はいなかったし盗賊と類だと思ってさ…」
男は壁に刺さった短剣を必死に引っ張りながら言った。
「あ、あぁ、そうなの。でも、逃げればよかったじゃん」
女は自分が殴ったことを忘れているのだろうか。
「お前のパンチが割と効いてたんだよ」
皮肉を言うような言葉に女はムスッとした顔で
「殴ったのは本当に悪かったわ、でも、女の子に向かって言う言葉じゃないからね、君。」
そういうと女は前よりも視界がひらけたことに気がついたのだろう。目線が上を向いたまま震えだした。
「ちょっと!どうして私の髪がないのよ!」
「いやぁ、無くなってはないぞ?」
「無くなってんのよ!伸びるまで何ヶ月かかる思ってんのよ!」
「1ヶ月?でも、割と似合ってるよ、そのほうが可愛いぜ」
「かっかわっ…。ほんと?」
「ああ、ほんとほんと」
『ちょろいな』と内心思ったが言葉に嘘はない。伸びきっていた髪が切れ、顔が露出することによって鼻筋の通った気品のある顔が見える。
「とすると、ドラゴンの件で俺に貸し1、殴られたことは、俺の言葉がわるかったとして、プラマイゼロ、さっきの件で、ドラゴンの件もちゃらで、貸し借りなしだな」
男は会計でもするような調子で経緯を測って言った。
「ちょっプラマイゼロじゃないわよ!?しぬかとおもったんだからね!?ほら、ここ!
そう叫びながら女は自分の髪を見せつけてきた。
「あ、ああ、左右対称だな、この頃の流行りか?」
男が煽るように言うと
「ええ、どこかの意地汚いヤツに強引にやられたのよ。ご・う・い・ん・に・ね!?」
女は強引という言葉を強調してきたが、髪から匂ってくるいい香りに気がついた。
「なあ、さっきのドラゴンのせぃ…白い絵の具?はどうしたんだ?髪からもいい香りしてるし」
女がまた拳を握ったため慌てて訂正し憤怒の表情から真顔に戻ったところで白い絵の具でいいのかと了承しながら男は言った。
「なに嗅いでんのよこの変態!普通思っても口にしないわよね!?」
女は相変わらず叫ぶように言った。
「まあ、貴方が気絶している間、最初のうちは看病してたんだけど飽きてきたから、その辺見てたのよ、そしたら奥に水が溜まってたから、洗ってきたのよ…シャンプーは持参よ?」
俺が疑問を見抜いてか最後に付け足し女は説明を終えた。
「命の恩人に飽きてきたとかいうなよ!!」
だが、新たな疑問に男は叫び返した。
「冗談よ、冗談」
「冗談って言えばなんでも許されると思ってないだろうな…」
呆れつつも一応非礼を謝っておく
「最初の方はお前は俺を置いてどこかに行ったんじゃないかと思ったんだ、すまなかった。」
「え、ええ、そうよ、私が置いていったとかそんなことしないわよ?」
「へぇ、そうだよな、置いていったわけじゃないよな、ただ単に匂いをとるための応急処置しにいったんだよな、うんうん」
女の言葉に男はおもちゃを見つけた子供のような笑顔で言った。
「ええ、そう言ってるじゃない。私がこいつをおいていこうとしてた事実なんてないもん、うん、いける」
「おい、思考だだ漏れのうえに暴言入ってんぞ」
男の返答におんなはごめんなさいごめんなさいと荷物の中から食料を並べ拝むように謝ってきた。
「いやそれ俺の荷物だから。」
「水浴び、気持ちよかったぁ」
女は話を強引に終わらせるらしい。
「そういうことにしといてやる」
「ありがとうございます」
そういうと男はだいぶ動くようになってきた体を起こし自分の手荷物から湯沸しと寝袋を取り出し女に渡した。
「水を汲んできてくれ。この寝袋は貸してやる」
「みずたまり…ドラゴンのとかいろいろ入ってるけどいいの?」
「……やっぱりいい」
あんな匂いのする水を沸かすなら1日ぐらい水を飲まなくたっていいと自分に言い聞かせ、床に寝っ転がった
「今は夜のようだな、俺は寝る。そいつを使うなら使え、外は危ないが、行くなら行けばいい。」
ぶっきらぼうに言い放つと女の返答を聞かずに目をつむった。
「え、あの…どうしよう…夜はモンスターうじゃうじゃ?…うん、寝よ。」
女は男の腰掛けている壁の近くで寝袋を広げ入り込んだ、そこで『うぉ?』と疑問に思う。寝袋は3人余裕では寝れるであろう大きさだったのだ。男の気遣いにちょっぴりうれしくなりながらも、寝袋は1人で寝るには大きすぎてすこし寂しかった。
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キィンっザシュッ
女の目覚まし音はなにかが引きちぎれる音だった。
『あれ…男がいない……』
眠たいまぶたを持ち上げながら上半身だけ起こし周りを見渡す。
ザシュッシュバっ
昨日水浴びをした場所へ続く道から聞こえてくる音の方へ意識を向け、音の方へと足を踏み出す。通路には昨日の男がいた。
だか、緑色の液体が彼の足元から自分の足元近くまで広がっている。彼の足元には無数の死骸。
「ちょ、どうしたの!」
女が声をかけた瞬間自分の鼻の先に剣が向けられた。
男の顔は意識がないような、機械のような目をしていた。
「ちょ、2回目よ!?」
腰を落とし剣が突いてくるのを避けながら女は叫んだ。
「あ…お、おはよう」
男はスイッチが切れたように一度体が止まりそれから剣を払いながら、言った。
「お、おはようじゃないわよ!!私もこの虫みたいに切られるとこだったのよ!?」
女はまた叫ぶと男は耳をほじりながら答えた
「よく叫ぶ女だな、洞窟なんだから、ちょっとは声押さえろよ…」
昨日の優しさはどこに行ったのか疑いたくなるほどの彼の声音に女は後ずさりまでした。
「ご、ごめん…じゃなくて!顔面よ?!」
「ああ、悪かった、ほんとに無意識でやっていたんだ。あいつら、俺が寝てたら近づいてきたんだよ。俺の睡眠を…」
後半また声をいらだたせながら彼は答えた
「もしかして、この虫君が全部?」
「ああ、たぶんここ一帯のやつは一匹残らず始末したはずだ。こいつらは夜行性じゃないからな。朝方になって動き出したんだろう。」
「へ、へぇ、もし気づいてなかったら私たち虫の餌食だったのかしら」
「そうかもな、よし、飯にしよう、荷物まとめろよ」
そういうとこれ以上は話さないというかのように荷物が散乱している場所へと戻っていった。
「なんなのよもう…」
女のつぶやきは男には届くはずもなかった。
女は戻ると貸してもらっていた荷物をまとめ彼に渡した
「準備OKね、さ、いきましょ」
先程の虫でほとんどの獣も逃げて行ったのか洞窟を出るまでモンスターと出くわすことはなかった。朝の戦闘で虫の体液が飛散したいた場所では女がまた騒いで担ぐ羽目になったが。
洞窟の外に出ると同時に女は話しかけてきた。
「今からどこに行くの?」
「俺はこれから行くとこがあるんけど、君は?」
「私は行くとこなんてないわ、のらりくらりぶらぶらしてるだけよ」
「家族とかはいないのか?」
「いないわよ、家族なんていないわ」
言い方に疑問を感じたが男は触れてはいけないと思い話をそらす。
「そういえば、朝飯がまだだったな」
「そうね、そう思ったらお腹がへってきたわ」
「木の実でもあればな…もしくは食用モンスターでも出てきてくれればいいんだけど。」
そう言うと男は、ひょいっと木に登り辺りを見回した。
「森を抜けたあたりに数匹いるから行ってくる。一匹でも捕まえればいいだろう」
そう言いながらそのまま木を飛んで男はいってしまった。
「えぇ、私は置いてきぼり?き、木の実あるかなー…」
返事が帰ってくるはずもなく1人木々を見つめていたが男は数分で戻ってきた。
「なんか取れたかー?」
「この辺にはなにもないわよ。」
男が叫び、女はふてくされたように返答した。
「なにもなかったのか。んじゃ、こいつ食うか」
そう言いながら背に担いでいたものを捌き始めた。
「それ、さっき言ってた食用モンスター?」
「ああ、この辺は結構いるぞ、捕まえるのは大変だけどな」
そういうと慣れた手つきでどんどん部位を分けていく。
「と、ところでさ、私たち名前すら知らないわよね。なんて言うの?名前。」
火をおこし、肉を焼く間の、しんとした場に我慢できず男へと喋りかけた。
「名前?ああ、別にずっと「お前」でも困りはしないけどな」
男は笑いながら言った。
「お前って言われるこっちの立場にもなりなさいよ。もう。」
「ヒュウガ・アンデバランだ。」
諦めたように話を終わらせようとしたが、男が声をかぶせてきた。
「ヒュウガ…あ、アンデバラン?」
「ああ、お前は?」
「……ヘラクレア。クレアでいいわ」
「ヘラクレア?上の名前はないのか?」
「ないわ。」
「ふぅん、まっ焼けたみたいだし食おうぜ」
話なんてそっちのけでヒュウガは食べ始めた。クレアはあまり名前についてツッコまれなかったことにホッとしながら串刺しで焼きあがったものへと手を伸ばした。