クロエ、ドロンする
☆
声をかけて現れたのは黒髪の青年が一人。
年齢はクロエより一つ上。
落ち着いた感じの、イケメンである。
白い鎧姿、手には槍。
>名前:レン・コープス
種族:人間種族、転移者
職業:クロス学園高等部武芸科三年Sクラス、
クラス:雷鳴の騎士
固有スキル:雷の零式
美少女たちが襲われている時に颯爽と現れるのはまさに王道の主人公だ。
クロエは彼のことも知っている。
レン・コープスは転移者であり、こちらの世界のクロエの幼馴染みの一人だ。
「レン!」
「レンさん」
ノエルは嬉しそうに、ルイセはホッとしたように名前を呼んだ。
「またお前らか」
「レン・コープス。なぜ貴様がここにいる?」
「足止めしてきたお前の仲間のことを言っているのか?彼らなら伸してやったぞ」
「くっ・・・・」
男Aは苦々しく表情を歪めた。
レンの登場に警戒━━ではなく、恐怖のようなものが浮かんでいる。
「審判もいないからこれは学園内の規定の試合じゃないよな?学園側に許可なく戦うのは校則違反。それを分かっているのか?ノエルも」
「それはヤツらがルイセを」
「それなら生徒会に報告すればよかったんだ。それか【三勇者】に頼むかすれば大事にならなくてすんだ」
「やっぱ問題になる?」
「合意でしたのなら。反省文百枚」
「ふへー」
ノエルは心底苦手な表情をした。
見るからにそういうのはダメそうだ。
「それなら私も」
「これは私が買ったようなものだからルイセは関係ない」
声を出そうとしたルイセにノエルは男らしいことを言った。
それを眺めるクロエは既に空気だ。
クロエは内心で「レンナイス!」などと思っていた。
レンのおかげでノエルの頭からクロエの存在は消えたようだ。
「お前らにかんして色々と苦情がきている。【三勇者】の権限によってお前らを捕らえる」
クロエはレンのステータスに称号が記されているのに気づいた。
称号:雷の勇者、雷のドラゴン殺し《スレイヤー》
勇者の称号を手に入れるには単独で特殊なクエストをしなければいけない。
冒険ギルドやその他のギルドでは危険度最高ランクはSと定めているが、それ以上の難度など個々のギルドでは難しいので共同の形をとって任務をする。
それが危険度ランクSS。
そして勇者の称号はこの中にあって、自然災害級の魔物などを一人で倒す必要がある。
つまりレンの実力はナンバーズにまでいかないまでもギルドマスターに継ぐほどだと考えてもよさそうだ。
━━レンは三勇者と言ってたな。
ということは他にあと二人、勇者の称号を持つ者がこの学園にいるということになる。
なかなか侮れないのかも知れない、この学園は。
しかしレンが勇者とは驚きだ。
昔から正義感があったがまさかドラゴン殺しをやるような無謀な性格とは思わなかった。
「勇者だから何だ!?俺は━━」
「鋼鉄の肉体を持っていようと」
レンは一瞬で男Aとの間合いを詰めた。
男Aはぎょっと目を開くがまったく反応しなかった━━できなかった。
「俺の雷の一撃からは逃れない」
レンは刃ではなく握りの部分で男Aをぶっ叩いた。
刹那、雷撃が男Aの体を直撃し・・・・
男Aは吹き飛んだ。
派手に地面を転がった男Aは気絶したのか、動かなかった。
「手加減はしてやった。お前はどうする?」
レンは槍の刃を男Bに向けた。
その眼差しは鋭かった。
「お前は金で雇われたんだろう?
体をはる義理はないと思うが?」
「ぐっ・・・・」
男Bは悔しげに唇を噛んだ。
彼も分かっているのだ。
レンは自分ではまったくかなわない相手だと。
たとえ傀儡とした仲間たちで一斉に襲わせても、怪我させることはできない。
それにはじめから今回のことは乗り気ではなかった。
男Aと心中するつもりはない。
だから彼はあっさりと両手をあげ、白旗を振った。
☆
「レン。ありがとうとは言わないわよ?私でも処理できたんだから」
「別にそれはいい。幼馴染みを助けるのは当然だからな」
ツンツンしているノエルにレンは笑いながら応じる。
「それにしても」
ノエルはあたりを見回した。
「どうした?」
「ちっ、いつの間にかいなくなっているわね」
「誰が?」
「私たちうら若き乙女が危ない場面なのに助けなかったヤツよ」
ノエルは鼻を鳴らした。
「それは誰だ?」
「分からない。多分、転移者。自分のことを劣等生と言っていたし」
面白くない感じでノエルは地面を蹴る。
「気にすることもないだろう」
「だけど無性に腹が立つ」
レンが魔術の雷鎖で縛った男たちにノエルはげしげし!した。
「・・・・・・」
「ルイセ、どうしたの?」
ノエルはルイセの護衛魔術師であるが幼馴染みであり親友でルイセから呼び捨てで呼んでと言われているので敬語でルイセに接しない。
黙ったまま様子がおかしいルイセを見、ノエルは驚いた顔になった。
なぜかルイセは目を潤ませ、頬あたりを紅潮させていたからだ。
「ち、ちょっとルイセ!?」
「さっきの人・・・・」
「ああ、失礼なヤツね」
「・・・・よ」
「何?」
「クロ君だよ」
「クロ君って誰?」
ノエルは怪訝そうに首を傾げ、
「まさか、クロエ・オリバーか!?」
頓狂な声をあげるレン。
その声を耳にしたノエルはなぞるように「クロエ」の名前を繰り返し、目を見開いた。
心当たりがある名前だからだ。
「あの家を出たクロエ!?」
記憶の中のクロエと先ほどの不躾な態度のクロエがガッチしなかった。
子供の時のクロエは泣き虫だったからだ。
「ルイセの勘違い・・・・なんてないわね。ルイセはクロエと一番仲良しだったし」
「それなら一言あってもよくないか?少なくともルイセに声はかけると思うが」
「ビビったんじゃないの?」
「ノエルが見たクロエはビビるような人物だったか?」
「ううん。それはないわね」
ノエルは答える。
「この学園の制服を着てた」
「じゃあ会う機会が増えるな」
「えーっ」
「ノエルは嫌なのか?」
「無理にかかわりあわなくてもよくない?どういう経緯か知らないけど、クラスは私たちと違うだろうし。
アイツ、劣等生じゃん。クラスは最低ランクよ」
「ノエル。そんな言い方」
ルイセはノエルを咎める。
「本当のことでしょう?今さら会ったって。アイツのお姉さまならいざ知らず妹のほうが黙ってはいないわよ。彼女・・・・クロエのこと、恨んでいるし」
「「・・・・・・」」
その言葉にルイセとレンは黙りこんだ。
「私は、クロ君に会いたい。会って話したい」
ルイセは両手を握り、何やら決意めいたように言った。
「停めやしないけど、ガッカリするわよ?」
「それでも。私、この機会は逃したくないから」
答えてルイセは微笑んだ。