クロエ、見て見ぬふりをしたい
☆
クロス学園高等部らしい建物はすぐに分かった。
学園都市クロスのちょうど中央、これでもか!というように大きな建造物が存在をアピールしている。
学園都市クロスの門は東西南北に一つずつ。
わりとすんなり南門を通過したクロエは大きく伸びをした。
グレン・ロルクとその家族と別れておよそ三十分。
クロエは遠くに見えるクロス学園高等部の建物を眺めていたが、流石に飽きた。
そういう手の建物は珍しいほどではない、
学園都市に似た場所は世界にいくつかあるし、ここは都市として機能し出したのはまだ二十年ほど、他のそういういった場所よりいくらか小さかった。
はじめて目にしたら時間も忘れて感激したかもしれない。
だがクロエは冷めたため息をつき、荷物を背負い直してから歩き出す。
まず向かうのはクロス学園高等部だ。
その校舎は目立つから途中で迷子になることもない。
南門通りは殺風景だった。
露店がちらほらとあるだけで決して賑わってない。
何だかぴりぴりとしたような、何やら警戒しているような雰囲気が広がっていて━━
クロエはその原因がすぐに分かった。
クロエの前、対峙する二組の男女。
彼女らから戦闘の意思が伝わってきた。
男二人組には興味ないからたとえばAとBにしよう。
女━━少女二人組は無視できない美貌の持ち主だった。
どちらも年齢は十七歳くらい。
まず一人、こちらは気の強さを象徴するかのようなつり上がった目に健康そうな肌の色。
小柄である。
それは背丈の話ではなく色々な部分が。
それを口にすれば確実に地雷を踏むことになる。
その少女は黒髪であることから転移者だ。
杖を持っているから魔術を主体とした攻撃スタイルのかもしれない。
クロエは彼女のステータスを見た。
>名前:ノエル・ヒュンケル
種族:人間種族、転移者
職業:クロス学園高等部魔術科二年Sクラス
クラス:黒魔術師
固有スキル:魔力爆発
二人目の少女は落ち着いた感じの少女だ。
転生者の証である紫色の髪、紫色の目。
透けるほどに白い肌で、ノエルという少女より女性らしい体のラインだ。
剣を構えるのでもなく鞘ごと抱き締める格好をしているところから戦うことは苦手なのだろう。
クロエはその少女のステータスにも目をやった。
>名前:ルイセ・フィールド
種族:人間種族、転移者
職業:クロス学園高等部武芸科二年生Sクラス
クラス:護法剣士
固有スキル:魔力解放
ギフト:聖女の加護の髪飾り
クロエは二人を交互に見、息をした。
━━やっぱり見間違いじゃないよな。
二人はクロエの記憶にある少女が成長した姿だ。
早い話、こちらの世界での幼馴染みということになる。
━━なぜこうなった?
クロエは幼馴染みとの再会よりも現状を分析した。
クロエが彼女らを見つける前に何があったのか、すぐに分かった。
何人もの男たちが地面に倒れている。
みな同じ制服を着ているから━━クロス学園高等部の生徒だろう。
クロエが来る前にノエルとルイセが男たちを伸したのは明白だ。
「勝負は二体二のはずだったわよね?」
ノエルは不機嫌そうに口を開く。
「それなのに数人がからってどういうこと?そんなことをして学園側が許すと思っているの?だから所詮Cクラスなのよ」
「うるさい!
Sクラスのヤツに正々堂々と挑むバカがどこにいる!?
オンナはオトコに尻でも振っていればいいんだ!」
男Aは唾を吐きながら叫ぶ。
ノエルは嫌な顔だ。
「ルイセにフラれたくせに何度も言い寄るなんて、自分の身分をわきまえたらどう?」
「フィールドに言い寄ったのは俺だけじゃねーだろう」
「アンタ並にしつこいヤツはいなかったわ。ルイセをかけて二体二の試合だといったから受けてやったのに、アンタがしたことは犯罪、アンタだけじゃなく家も潰すわよ?」
「貴様に何の権利がある!?」
「私になくてもルイセならある」
━━そりゃあそうだろうな。
クロエは胸中で呟いた。
「ルイセはフィールド王国の第二王女様よ。アンタの家はフィールド王族に支えているんっしょう?」
ルイセの一声で男たちの家は存在しなくなる。
フィールド王国は学園都市クロスの近くにある隣国だ。
その歴史は古く、城砦国家でここ百年あまり外敵からの進撃は許したことはないらしい。
そこの王は情にあつく、モンスターにも寛容で誰の目にもふれさせないように秘密の里もつくった。
フィールド王国の現国王には三人の姫がいて、目にいれても痛くないほどの溺愛ぶりだという。
三人の姫が傷つけた者には容赦しない。
そしてフィールド王国の王家には護衛魔術師がいる。
小さいときから魔術を習い、才にあふれた魔術師。
「私はルイセの護衛魔術師。私の目の黒いうちはルイセに近づけさせない」
「俺は貧乳には興味ねぇよ」
「あ”ん?今なんて言った!?」
年のわりには残念な体つきにコンプレックスがあるのか、ノエルは柳眉を逆立てた。
やはりそれは禁句だ。
隣にいるルイセがビクッとしている。
「本当のことを言って何が悪い!?それからこの勝負は俺たちの勝ちだ」
「は?何を言って」
そう言ったノエルは異変に気づいた。
気絶していた男Aの仲間であろう者たちがゆらり、と立ち上がったのだ。
それらに意識が戻ってないのは明白だ。
「雑魚のわりにはそれなりの力を持っているのね」
それは男Aではなく男Bに向けた言葉だ。
クロエは男Bのステータスに表示されたスキルに目をやった。
スキル:傀儡人形
「俺っちは気絶したヤツなら何でも操れるんだぜ。アンタたちは俺っちたちの人形集めに協力してくれたというわけだ」
「たかが雑魚が増えただけじゃない。燃やせばいいのよ」
「ノ、ノエル!」
ルイセが焦ったようにノエルの腕を掴んだ。
「そんなことしたらノエルにもきつい罰が」
「仕掛けてきたのはアイツらよ。正当防衛ということで大丈夫」
「でも学園内での瀕死の重症、もしくは死にいたらしめた場合、一生幽閉とか処罰されるから」
「それだったら操っているヤツをやればいいのね」
その言葉に男Bはギクリとした。
その前に男Aが出る。
「簡単にやられるかよ」
クロエは男Aのステータスにも目を向けた。
スキル:硬化
肉体を鋼鉄にする魔術はあるが男Aの自信ぶりからそれ以上の硬さがあるのだろう。
「腐ってもCクラス。でも私たちの敵ではない」
「じゃあやってみるか?」
ノエルと男Aはお互いに睨みあう。
ルイセは少しだけ戸惑いつつあたりを見回して━━
目があった。
いつの間にか露店から鳥の串焼きを買ってボーッとしていたクロエ。
ルイセの控えめな目が大きく開かれた。
何年も会ってないからこちらのことを分からないと思ったが、
「え? 何で?」
ルイセが口を開くよりはやく。
「ちょっとそこのアンタ!」
ノエルが声を投げてきた。
☆
きつい眼差しでクロエを睨んでいる。
「か弱い乙女が困ってんのよ! 助けたらどうなのよ!?」
はた目だと困っているようには見えなかった。
「それは俺に言っているのか?」
「アンタ以外に誰がいるっていうのよ」
クロエはあたりを見回し、舌打ちした。
まばらだった露店がいつの間にか撤収していた。
逃げたのだ。
とばっちりがくることを予想して。
「外をあたってくれなんて言ったらぶっ飛ばすわよ?」
ノエルはこちらが何者か分かってないようだ。
「見ず知らずのヤツを助けるつもりはない。というか、無理だ」
「アンタ、転移者でしょう?」
黒髪+転移者=固有スキル持ち。
「俺はお前らが期待するような力はないぞ?
無能者━━劣等生というヤツだ」
「劣等生?何でここにいンのよ!?」
「今日から学園に通うことになった。親しくなるつもりはないから名乗らないけどな」
「だったらどっかに行きなさいよ。目ざわりだわ。こんな連中は私一人で」
「いや。俺も手伝う」
ノエルが男たちに視線を戻した時、第三者の声がした。