クロエ、強制される1
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無理やり転移させられたその少年は今から五年前、その転移先の家に捨てられた。
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「ちょっ、おま・・・・何でいきなり魔法を撃つ態勢になっているわけ?」
目を覚ました彼の第一声がそれだった。
いつもの部屋で惰眠を貪っていた彼━━クロエ・アスターは不穏な気配というか殺気のようなものを覚えてベッドから飛び起きると右手をこちらに向けて笑顔を浮かべている女の姿が目に入った。
年齢は十二くらいに見えるが、実年齢ははるかに上だということをクロエは知っている。
赤くて派手なドレス、長い紫色の髪が揺れている。
赤くて切れ長の目は猫を思わせた。
見た目の愛らしさに騙されてはいけない、彼女がその例だ。
彼女━━リッカ・フロッサムは有名である。
ギルド【三大賢者】のギルドマスターであり、世界でも有数の実力者に与えられる【ナンバーズ】持ちである。
ナンバーズ第七位の地位にあり、その実力は一人で一国の軍事を凌駕するほどである。
ナンバーズが助力すれば戦局は簡単にひっくり返る━━だから大抵の国や犯罪者たちはナンバーズ持ちにあまり手は出さなかった。
ひょんなことからリッカはクロエの家族兼師匠になった。
朝が大の苦手な彼女がクロエを起こしにくるのは珍しいことだ。
いつもはメイドさんがクロエを起こす係なのだが。
クロエは本気で身の危険を感じた。
「リッカ。なんのつもりだ?」
「それは私のセリフよ。クロエ・アスター。アナタはなぜ、まだ屋敷にいるの?」
「それは眠かったからっ━━って!」
リッカの手から噴き出した火炎がクロエに直撃した。
普通なら軽い火傷でも負う威力はあったがなぜかクロエは無傷である。
それを見てリッカは舌打ちした。
「やっぱり最大限の魔法で」
「ストップ! 屋敷ごと燃やしたいのか!? メイドさんたちも焼け死ぬぞ!?」
ここはわりと大きな屋敷だ。
住んでいるのはクロエとリッカ、そして数十人のメイドさん。
リッカの全力だとここだけの被害だけではすまない。
「クロエは自分の立場を分かってないからね。あ・れ・だ・け・私と約束したというのに」
「何を?」
「今日からクロス学園高等部に通いなさいと言ったよね?」
「俺も答えたはずだけど? イ・ヤ・だと」
「━━死になさい!」
リッカは呪文を必要としない。
無詠唱、詠唱破棄を彼女は簡単にしてくる。
リッカの正体が何なのか知っているクロエは瞬時に動いて彼女の腕を掴んだ。
リッカには分かっていた。
頭の中に刻まれていた魔法の構成が強制的にキャンセルさせられるのを。
それが誰の仕業なのかも。
リッカはあっさりと魔法発動を捨て、クロエに頭突きをした。
「~~~~~~~っ、おまっ、頭突きはないだろう!?」
「それなら隠し魔法ナイフで腹をぶすーっ! としてよかった?」
リッカお得意の目だけがにっこりしてない笑顔だ。
「リッカは俺にとって師匠であって母親のようなものだよな?」
見た目は幼くてもクロエの育ての母親だ。
「そう。母親だ。息子なら母親の言葉は聞くもの」
「息子の気持ちを尊重してくれてもよくないか? 俺は学園に行きたくない。というか、行く必要あるのか?」
「だからボッチなのよ」
「あ”?」
クロエの声がはねあがった。
「俺はボッチじゃないぞ?」
「仕事仲間はいても本当の意味での友達はいないでしょう?」
「だから何?それなら学校でもいいだろう?」
「それでは物足りなくない? クロエ?」
「楽できてよし!」
「そういう子に育てた覚えはないよ!」
吠えたリッカの紫色の髪が逆立ち、それが紅く染まった。
屋敷全体が震えている。
特殊な結界に護られている屋敷でも簡単に倒壊する。
彼女は規格外の力を秘めている。
だからナンバーズ。
この世界の最強の一人。
クロエは知っている。
リッカの強さの秘密を。
その証があの紫色の髪だ。
「子供は母親の言うことを聞くものよ」
「その見た目で説得力はないが」
「見た目のことを言うな!」
部屋が大きく振動。
続いて部屋の壁に亀裂が走った。
「クロエ。学園と学校の違い、分かるよね?」
「学校は普通の勉強をするところ。学園はスキルや固有スキルを伸ばす場所。学園に通う条件は何らかの才能や【ギフト】持ちにかぎる。それ以外なら」
クロエはため息をしながら、
「転生者━━もしくは転移者」
「正解」
リッカは大きく頷いた。
☆
この世界において転生者や転移者は重要な存在である。
かつては一時代に数人いるかいないかだったが、今では二つの存在は珍しいことではなかった。
神と邂逅して誕生する転生者は確率の問題があって少人数であるが、今は失なわれし【空白の文明】からわずかに得た魔術によって転移者を召喚することに成功している。
百パーセントとまではいかないが、かなりの確率で。
転生者や転移者は元からこの世界にはない能力━━強力な固有スキルを持ちが多くその恩恵を得ることができれば確固たる地位や権力も約束されたようなものだ。
だから国をあげたり力のある貴族たちは転移者の召喚をこぞって行ったりするわけだが、転移者の中には何も力もなく平民なみの能力しか持たない者もいる。
その者は劣等生などと呼ばれ、転移先から疎まれることがある。
何ら能力も備えてない彼らは転移先から追い出されることもあった。
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学園に入学する条件は何らかの才があればいい。
たとえ転生者や転移者じゃなくても。
クロエは知っている。
目の前のリッカが転生者であることを。
転生者はみな紫色の髪をしている。
そしてもう一つの証は魔力値をはかる水晶に触れた時、転生者ならば虹色の目映い光を放つ。
「そう。転生者や転移者ならば入学できる。で、クロエもそうよね?転移者」
「・・・・・・」
クロエは黙ってリッカを見返した。
クロエがまだ五歳の時、彼は無理やりこの世界に転移者させられた。
ある一族によって。
しかし二、三年もせずに彼は捨てられたのだ━━養父である男に。
黒い髪と黒い目が転生者の証。
別の世界で金髪だったりしてもこちらの世界に転移させられるとなぜか黒くなる。
だから転移者を見つけるのは容易い。
ただし女性の場合、栗色や亜麻色の髪や目の転移者も珍しくない。
クロエのこの世界の前の名前は黒人、クロエはかつての養母がつけた名前だ。
姓は覚えてない。
「リッカさん。俺が捨てられた理由は分かるよな? 劣等生。無能力者」
転移者だからといってみな超人ではない。
スキルすらない者もたまにいる。
その者は劣等生と呼ばれ、クロエみたいに見捨てられたらどうなるか━━一人で生きるのは難しい。
「その俺が学園なんかにいって何か意味あるのか?」
「自分のことを劣等生と呼ぶのね、アナタは。それなら━━」
リッカはノーモーションである。
まったく身動きすらしてない。
にもかかわらず渦巻く炎がからかうようにクロエに迫った。
それはリッカの魔法だ。
普通のものなら一瞬で目の前に出現したと思うだろう。
それに反応すらできないかもしれない。
だが渦巻く炎がクロエの眼前で突如として消滅した。
クロエを気遣ってリッカが消したのではない。
強制的にキャンセルされたのだ。
クロエに。
「私の魔法をあっさり消し去るヤツが劣等生?
はは……バカも休み休み言いなさいよ?拠点を持たないギルド【零の軌跡】、そのギルドマスター━━クロエ・アスターが」
リッカの言葉にクロエは不敵な笑みを浮かべた。