第50話 「地下の底に居着くもの」
とてもいい表情をしている。
ワシは、自分の父親のことを話すルゥを見て、ルゥの心が和やかになるのを感じた。
ルゥとは真逆で、ワシは父親にあまりいい印象を持っていはいない。母はそんなワシを慈しみ、愛してくれた。
よく守られるかのように、抱擁されていたのを覚えている。
父親はとても厳しい人間だった。
人には厳しく、それ以上に自分自身に厳しい人間じゃった。
故に女性や子供の目には、とても厳しく写ったかもしれない。ワシはそんな厳しく、何にでも容赦なく当たる父親が嫌いじゃった。
今、思うと一族の長は、あれくらいでないといけないのかもしれないとは思うが。
母からは数え切れないくらいの愛を受け取り、父親から受け取ったものは、今は無き気だけである。
皮肉なもんじゃな。
今、こうして一番欲しいのが、好きだった母親から受け取ったものではなく、嫌いじゃった父親から唯一受け取ったものとはのぅ。
やるせない気持ちじゃわ。
「トーブ、トーブ。どうしたのよ」
ワシの肩を揺らしながら、声を掛けてくる。
「エヴァか。ふむ、どうやら思い出に老け込みすぎたかのぅ」
ワシは苦笑する。
「一体何よ。だんまりしていたかと思えば、今度は笑いだして」
エヴァが、わけがわからないと言った表情でワシを見ている。
エヴァの後ろから、ワシを覗いているルゥもどこか心配そうな表情でワシを見ている。
「なぁに、心配するな。ワシは正気じゃぞ」
ワシにとっての親といっても、この二人はマルスとイーダを連想するじゃろう。
じゃから話しても、会話は成立しない。
マルスとイーダのことを寸評するのなら、ワシからしたら二人共、素晴らしい父親と母親である。誇らしいとまで言えよう。
ここまで何不自由なく、育ったのもこの二人のおかげである。
「ならいいけど。そろそろ進まない? 帰るのが遅くなっちゃうし」
エヴァが、大層頼もしげに言った。
「うむ、なら進むとするか」
ワシ達は休憩を終え、先に進んだ。
「水の精霊よ、我に力を。我が眼前にいる敵を穿て! 氷槍!」
ルゥの詠唱が、地下洞窟内に木霊した。
宙に魔法陣が現れ、そこから無数の氷の槍が出現し、ルゥが指定した相手、宙を舞う巨大蚊にまずは一本突き刺さる。
巨大蚊はキィという叫び声を上げながら、その場で氷槍により、貫かれ、爆散し、地面を自分の体液と身体の一部だったもので汚した。
しかし、ルゥの攻撃はまだ終わらない。
すぐに残りの氷槍を、こちらに向かってくる虫達に向かって、叩き込んだ。
鋭い先端をした氷の槍が、虫達に死の奏を歌わせる。
ルゥ……。
お主の魔法の実力はそこら辺の魔導師にひけを取らんぞ。
ワシは、久々に見た友の魔法を見て、ただただ驚いた。
エヴァの魔法は、分かりやすく、大きく、全てを飲み込むような魔法じゃが、ルゥの魔法は、細部まで細かく、指示が行き届いており、緻密で正確な印象を受ける。
そんなことを考えているワシに向かって、ナメクジが、覆いかぶさるように仕掛けてきた。
ワシは、そのナメクジの被さりを避け、そのままナメクジを中心に半円を描くかのように、ナメクジの背面部に移動して、小刀で斬りつけた。斬りつけた箇所から、体液が飛び散る。
このナメクジの体液は、酸性を帯びていることから、ワシはすぐに後方に少し飛び退き、再び別方向から、ナメクジを斬りつけ、とどめを刺した。
流石に気なしでは、一刀のもとに斬り捨てることが出来ないのが痛いが、無い物ねだりはいかんわ。
ワシは、二人を見るがしっかりと距離を取り、自分の間合いで戦えているので、心配する要素も今のところ特にない。
むしろ、ワシよりも活躍しているぐらいじゃ。
「中々面倒くさいわね。終わりはどこなのかしら?」
戦闘終了後にエヴァが、同じことの繰り返しなので、後頭部に両手をやり、ぼやく。
「地下なのじゃから、どこかしらで地上に上がる階段のようなものがない限りは無理じゃろうな」
ワシは、冷静に答える。
今のところは、そういった場所はなく、ただ前に進むことしか出来ない。
途中の所々で枝分かれした場所も全て確認してみたが、最終的にたどり着いた場所は、この虫達がたむろしている行き止まりじゃった。
「でも確認してきて、今のところ何もないのだから進むしかないのかな」
ルゥが、思案しながら、聞いてくる。
「とりあえず、もう少し進んでみるかのぅ。先に進めば何かあるやもしれぬし」
ワシは、二人の士気が徐々に下がってきているのを感じた。
こういう士気が下がる微妙な時間が一番危険なのじゃ。
対処する相手も単調な動きで、言うなればある程度、力を抜いても倒せるくらい。
だからこそ気をつけねばならん。
ワシの経験から学んだことじゃ。
「うん」
うなずいたエヴァの返事には、この地下に落ちて、ワクワクしていた頃の輝きはなかった。
再び枝分かれした三本の道を左手から順に進む。
左手の道は、すぐに行き止まりじゃったので、真ん中の道を選択し、進む。
途中、ここに紛れ込んだのであろうか。
動物の死骸が骨のままでそこにあった。
このことから、この地下に紛れ込む方法があるのではないかという淡い希望的観測がワシの脳裏をよぎる。
「きゃ!?」
突然の驚きの声にワシは、少し先を歩いていたエヴァの元に向かった。
エヴァの視線と指差す先には、白骨化した人間の亡骸が地面に転がっていた。
当たりか。
「人か。ここで迷って亡くなったのか、ここにいる虫達に食されたのか。分からないが……むっ!」
ワシは、亡骸の近くに転がっている木の棒を拾い上げた。
ボロボロにはなっているが、この先端が太くなって丸みを帯びている形状は見覚えがある。
「それって杖じゃない?」
エヴァが、真っ先に声を上げた。
「確かに形状からいって杖みたい。この人のかな?」
ルゥが、恐る恐る亡骸を、ワシの影から覗いた。慣れるわけがない。
「かもしれんな。偶然落ちたのか。それともここに理由があって赴いたのか。魔道士という職業から、そう考えてもおかしくはないな」
ルゥのおばあさんが魔道士ということから、友人なのか、それともこの地下に目的があって赴いたのか。
どちらにしても、ルゥのおばあさんとこの地下の関係を紐解かない限り、全てがあくまでもの予測になってしまう。
「あまり、長く見るものでもないわ。この杖はワシ達がここから出たら供養するので、しばし預かります」
ワシはそう言うと、亡骸に両手を合わせた。
つられて、エヴァとルゥも両手を合わした。
「さぁ、進もうぞ。ここからは是が非でも出ねばならんわ」
ワシはそう言うと、二人より先に前を歩いた。
空気が奥に進むにつれて、さらに湿り気を帯び、少しずつひんやりしてきた。
この真ん中の道で合っているのかどうか。
にしても歩いたな。
結構な距離を歩いておる。
引き返すとなると、また体力がいるわ。
「!?」
なんじゃ?
前へ前へと進むワシ達は、突然の地面の揺れを感じた。
「えっ!? なにこれ」
エヴァが、自分の身体の体勢をうまく保ちながら、言った。
ルゥも地面に杖を付いて、振動に耐えている。
そして、短時間続いていた振動は、すぐに収まり、さきほどと変わらない静けさに戻る。
「地震の類と言うより、一時的なもののようじゃのう。二人共怪我はないか?」
突然の揺れということから、ワシは二人の安否を気遣った。
「私は大丈夫、平気よ平気」
エヴァからは、すぐに無駄な元気な返答が返ってきた。
「私も大丈夫。一体何だったんだろう?」
ルゥからも問題なく返答がきて、とりあえずは一安心じゃな。
「詳しくはわからんが……前方から揺れがこちらに向かってきたような感じはしたが」
ワシは、これから自分達が向かうであろう前方を凝視する。
「行くしかないでしょ。どのみちこの道を進むか、戻ってあの右の道を行くしかないけど。私は戻るのは嫌。進みたい。進んで駄目だったらその時に戻ればいいのよ」
エヴァが、ワシ同様前方を見ながら言った。
「そうね。私もみんなが行くのなら。それに従う。別に自分の意見がないとかじゃないの。みんなと同じ先の道、未来を見たいから」
ルゥも同じく、前を見てくれた。
ふむ、中々まとまりが出てきたな。
虎穴に入らずんば虎児を得ずか……。
この気持ちの風の流れを断ち切るわけにはいかんわ。
「よし、ならば三人で前に進むべし。参ろう」
ワシを先頭にして、再び歩き始めた。
十分に警戒しながら、どんどん前に進む。
すると、ワシの目には、洞窟の一本道が遂に終わり、大きく広がった広間のような場所にたどり着いた。
一気に広くなったな。
広くなったのにも意味があるはず。
「場所が開けたわね」
エヴァが周囲を見回しながら、言った。
ルゥも辺りを警戒しながら、首を左右に動かしている。
妙に静かすぎる。
さっきの振動が、あったのはここからなのか。
ワシ達は、固まりながら、ゆっくりと広間の中に入っていく。
その時じゃった!
ワシは、エヴァとルゥを突き飛ばした。
すると、突然ワシ達三人がいたところに、白い固まりが飛んできた。
ワシは、その固まりを身体に浴びて、背面の岩肌に吹き飛ばされた。
岩肌にぶつかり、背中に痛みを覚えたが、それは大したことではなかった。
ワシに付いた白い固まりは糸じゃった。
全身が拘束される。
「トーブ!」
「トーブ君!」
エヴァとルゥがワシの名を呼び、こちらに駆け出して来ようとするが、
「来るな! ワシのことより、自分の身を案じるのじゃ!!」
ワシは、腹の底から声を出し、二人に注意を喚起した。
二人の足が止まり、それぞれ近くの岩陰に隠れる。
三人固まっていたら、みんな狙い撃ちにされてしまうわ。
ワシはそうしている間にも、この粘着性の糸を小刀で急いで斬っている。
幸い、きちんと手入れをしている小刀なので、糸は抵抗なく、問題なく切れた。
糸ということは、また虫の類か。
じゃが、これまでの攻め手とは異なる。
今までの虫とは違う奴じゃな。
ワシは、糸の飛んできた方向を睨む。
すると、そのワシの視線に写ったのは、蜘蛛ともサソリともつかない化物じゃった。
胴体と頭部にかけては蜘蛛なのじゃが、胴体から尻尾に向けての部分がサソリである。
大きさは、さっきの巨大虫達が可愛く見える大きさじゃ。大体大きさにして五ノーテスくらいじゃろうか。
距離的にエヴァやルゥの方が奴に近い。
どうする?
エヴァ達が、指示なしにうまく立ち回れるか。
否、それは難しい。
なら、やはり注意はワシが引きつけねばなるまい!
拘束した糸を勢いよく、全て切り裂き、サソリ蜘蛛にワシは駆け出す。
「ワシが注意を引きつける故、全力で攻撃を頼む! 迷うな、恐れるな!」
エヴァとルゥに大まかな指示しか出せないが、今の二人なら心得ているはず。
ワシは一瞬、二人の方を見て確認する。
二人からの返事は、言葉こそなかったがこくりと頷く肯定じゃった。
相手の実力がわからぬ以上、出し惜しみは出来ぬ!
ワシは、腰元に忍ばせていた杖を取り出した。
そして、駆けながら詠唱を開始する。
「土の精霊よ、我に力を! 万物を支える大地よ、我が眼前の敵に猛威を震え! 岩破片!」
詠唱文を気迫のこもった声で唱えると、魔法陣がワシの足元に現れた。
するとその魔法陣の中からワシくらいの大きさの岩が数個飛び出してきた。
「破っ!」
まるで気を使用した時のような掛け声で、ワシは魔法を唱えた。
魔法陣から飛び出た岩が、サソリ蜘蛛に向かって飛んでいく。
まずは一個目の牽制。
ワシは、サソリ蜘蛛の足場のちょうど下を目掛けて岩破片を打ち込むよう念じる。
岩はワシの念じた通りに、足場を崩し、サソリ蜘蛛の身体の均衡を奪った。
ここまではワシの思い描いている通りじゃ。
続けざまに一個の岩破片を、サソリ蜘蛛の頭上から胴体の上に落ちるように念じる。
これも成功で、蜘蛛の胴体の上にどしんとした岩が直撃する。
「キィイイイイイイ!!」
声にもならない悲鳴が聞こえる。
効いているのか、それとも!
「ええい! 関係ないわ!」
ワシは残りの岩破片を、サソリ蜘蛛に直撃させるように念じる。
頭上、正面、側面と多角的に攻める。
そして、本命のワシ自身もこの相手の体勢を崩している隙に乗じて仕掛ける。
見た感じ、サソリと蜘蛛の特徴通りなら、外骨格の硬い相手のようじゃ。
じゃがこの手の相手は、関節駆動部の小さな隙間や腹下は柔らかい。
狙い目はそこじゃ!
ワシは、小刀を改めて握りしめ、確認するように自分の獲物を一瞬、見つめる。
よし!
あと少しで、サソリ蜘蛛の懐に入るというところで、ワシは自分の身体の自由を失った。
なんじゃ?
突然のこの感じにワシは、一瞬自分の身体に何が起こったのか分からなかったが、すぐにその原因が分かった。
そうか、そうなのか。
地面の揺れの原因はそれか。
ワシは、先程の地面の揺れと、今のワシの身体の自由を奪った原因が一緒だと理解した。
サソリ蜘蛛の長く鋭利な尻尾の先端が、地面に刺さっている。
その地面に尻尾を、何度も複数回叩きつけることでこの揺れが発生しているのじゃ。
むぅ、これではせっかくの好機を無駄にしてしまったわい。
ワシは、苦々しくサソリ蜘蛛を睨みつけながら、揺れの干渉しない宙に、跳躍しながら後退する。
するとちょうど、この揺れで詠唱にとまどったのか、少し遅れてエヴァとルゥの詠唱が終わったようじゃ。
「火の精霊よ、我に力を。暗闇を照らす猛き炎となれ! 火球!」
「水の精霊よ、我に力を。我が眼前にいる敵を穿て! 氷槍!」
二人の詠唱が終わり、火球と氷槍の赤と青がサソリ蜘蛛に唸りを上げて、襲いかかる。
息もぴったりじゃ。
お互いの魔法の相性は良くないが、うまく干渉せずに、目標のサソリ蜘蛛に直撃した。
調整しているのは、ルゥな気がするが、そんな気遣いができるルゥがいるから、エヴァは全力で攻撃に集中できるということか。
エヴァとルゥの魔法が直撃したサソリ蜘蛛。
効いているかと思いきや、煙の中から出てきたのは、ほぼ無傷に近い奴じゃった。
やはり、あの厚くて、硬い外骨格を何とかしないとどうにもならんか。
「効いてないの? なんて硬さなの!」
エヴァが、声を上げて驚く。
今までの虫達があまりに脆く、手応えがなさすぎたのじゃ。
「見るからに、今までと違うって感じ。ならこっちも今まで通りじゃ駄目ってことか」
ルゥはそう言い、深く呼吸をした。
何か考え直したようだ。
「何か妙案でもあるようじゃな?」
ワシは、ルゥに尋ねた。
「妙案? そこまで大層なわけじゃないけど。でもこの魔法には少し詠唱時間がかかるの」
ルゥは、眉間に皺を寄せた。
つまり、その皺寄せの原因の詠唱時間を、ワシとエヴァが稼がねばならないということじゃな。
「つまり、その詠唱時間を何とか作らないといけないってことか。いいわね? トーブ。私達がその時間を稼ぐの」
エヴァは、自分が危険な目に遭うかもしれないという状況なのに、笑っている。
その笑みは、ルゥを信じてるという心の現れじゃろうか。
「言われずとも、わかっておるわ。是が非でもルゥの魔法は成功して貰わんとのぅ」
ワシもエヴァに対して、にぃと口角を上げて笑みで返す。
「なら決まりね。それはそうと杖を持ってきてるなら言ってよね。貴方が魔法を使えるってことをこっちも把握しておきたいから」
エヴァにずばりのところを言われて、
「すまなんだ、ワシもまだ不得手じゃから、使用するかどうか迷っておったのじゃ」
ワシは、素直に謝った。
エヴァは、ワシが謝ったことで、どうやら納得したようじゃ。




