第14話 「沈黙の森5」 ~謎の少年~
先に動いたのは、ワシじゃった。
気を使い、全身を強化する。
闘気衣を張りながら、首無し騎士に近づく。
首無し騎士が動いた。
剣を、天に掲げると、瞬く間に獄炎が剣にまとわりついてくる。
相も変わらず変わり映えのない奴じゃ。
ワシは構わず、距離を詰める。
来た!
首無し騎士が、剣を振るうと、獄炎が唸りを上げて、襲い掛かってくる。
それでもワシは速度を緩めない。
はなっからこの攻撃を横や後ろに跳んで、避けようとは思っていない。
「応!」
ワシは、さらに自分の足に速度を上げるように指示を出す。
自分の足の筋肉の稼働率がどんどん上昇していくのが分かる。
斧を両手で持ちながら、身は少し屈みがちな状態で、首無し騎士の間合いに跳び込んだ。
獄炎の速度では、もはやワシを捉えることは出来なかった。
久々だ、こんな速度で、戦場を駆け抜けるのは。
エヴァやマンダリン達に付き添っていくところで起こる戦いは、皆には悪いが戦いではない。
じゃからこそ、この直撃すれば、痛みもしくは死が訪れるこの感じが、非常に心地よい。
やはり、ワシの居場所は戦場と実感する。
斧を振り上げ、渾身の振り下ろしを行おうとするが、予想外の攻撃を受け、ワシは横に回転するように避けた。
獄炎を纏いし、剣での突きだ。
剣で付けられた傷跡を獄炎が燃やし尽くし、傷口の回復が難しくなる。
手の打ちどころがなくなる。
少しは考えたようじゃな。
だが、やることは決まっている。
「参るぞ!」
全身の筋肉を強張らせる。
全面に全てを押し出す感じ。
突きに警戒しながら、間合いを詰める。
また首無し騎士から突きが繰り出された。
ワシは、それでも敢えて、突きに向かって突っ込んでいく。
剣先が、ワシの頭部の目と鼻の先まで迫る。禍々しい炎を肉眼で捉える。
何ともおぞましい炎よ。
ワシは身体を軽く左に倒しながら、剣先が自分の頭部からずれ、胴体のぎりぎりのところをかすめていくのを横目で見る。
闘気衣がなければ、獄炎にやられていたかもしれん。
そんなことを考えていたのは一瞬だ。
すぐに次の動作に移る。
鋭い剣を避けたところで、まだ屈強な盾が残っている。
すぐに自分の懐を守ろうと、盾での強烈な打撃を敢行してきた。
かなりの強度を誇る盾の一撃なので打撃といえど、油断はできない。
じゃが、ここでこの盾をどうにかしないことには、首無し騎士に静拳を打ち込むことは出来ん!
突きを避け、そのまま身体を時計周りに回転させ、遠心力をつける。
遠心力を味方にした回転斬りと首無し騎士の盾がぶつかった。
あまりの双方の打の衝撃で、静拳の何割かの気がこのぶつかり合いに持って行かれ、放出された。
いや、気を込めなければ、この盾は破ることはできなかっただろう。
結果として、ワシの斧と首無し騎士の盾は、双方とも使い物にならなくなってしまった。斧は刃こぼれを起こし、柄の部分が大きく曲がり、盾は斧の一撃で亀裂が入り、そこからぼろぼろと崩れ去っていった。
この出来事も一瞬。
ワシは、すぐに体勢を立て直した。
首無し騎士が体勢を立て直す前に、仕掛けて仕留める。
「破っ!」
静拳を繰り出す。
狙うは、胴体だ。
「コオオオオオオ!」
首無し騎士が、最後の抵抗を見せた。
覆いかぶさるように、ワシに向かってくる。
好都合じゃわい!
ワシは、右手を後方に弓の矢を引くように構えた。
そして、巨体で押し潰してくる首無し騎士目掛けて、弓から矢が打ち出されるように右手を、首無し騎士の胴体に勢いよく、突き刺した。
静拳。
「コオオオオオ……ガグオオオ!?」
首無し騎士の声に変化が見られた。
この攻撃を食らって、苦しがっているのだ。
手応えはあった。
やはり、気が込められた技であるのなら、問題はないわ。
ずぶりと刺した気入りの右の腕にワシは、さらに力を込めた。
「無ッ!」
掛け声と共に、ワシの右腕から気が放出され、首なし騎士の胴体を、尖った突き状の気が、突き抜けていった。
「コオオ……アアアアン……」
声にもならない、この世に未練があるような恨めしい声で、首無し騎士はその場に崩れ去った。
気入りの打撃と、その後の気の放出での二段撃が静拳である。
昔の気使いは、その放出された気の輝きが星の様から星拳とも呼んでいたそうだ。
首無し騎士が、ワシの手から崩れ落ちるかのように地面に沈んだ。
そしてまるで浄化されるかのように、地面から黒い煙が風に流され、消えていった。
そこに何かが存在すらそこに残っていない。
何とかいや、ワシの完勝じゃな。
よし、首無し騎士を倒した、マンダリンはどうなった。
そう思いワシは、マンダリンの方を見る。
だが、そこにさっきの巨大馬の姿はなかった。
「急に霧のように消えていったぞ」
マンダリンが、傷だらけの身体で言った。
しかし、傷だらけと言っても、ほとんどが腕なので、相手の攻撃から身を守るために、腕で馬の攻撃を防いだものだ。
直撃らしいものは、貰っていないはずだが。
「ちっ、あと少しで仕留めきれたのによ」
マンダリンは、悔しそうに言った。
まぁ、あやつが言うのであればそうなのであろう。
「ワシの方が、どうやら早く倒してしまったようじゃ。すまぬ、マンダリン」
ワシは謝る。
「別にいい。それより、よくあのバケモノを倒したな。どうやって倒したんだ?」
マンダリンが聞いてくる。
歩き格好も問題ないようだ。どこかを庇っている節もない。
「やったの?」
エヴァが、こっちに向かってくる。
息が弾んでいる。
どうやら魔力が枯渇してきているようだ。
「有無、そっちの腐乱死体は?」
ワシはすぐに聞く。
体力は有り余っている。
いつでも戦える。
「それが見て」
エヴァが指差すと、いつの間にか森の木々の間から、日差しが照り始めている。
「それで燃えたのもいるけど、私とルゥで倒したのがほとんどね」
エヴァが言った。
「さっきまでのあの暗さは何だったんでしょう?」
ルゥが不思議そうに言った。
確かに、さっきの森と今の森とでは、大分雰囲気が異なっている。
理由は分からんが、これは自然現象ではない。
明らかに人工的なものじゃ。
「お前ら、しっかりしろ」
マンダリンが、ニハト達に声を掛ける。
あまりの展開にもはや、この三人は蚊帳の外だ。
「あ、兄貴、勝ったんですね。よかった」
ニハトがようやく気が付き、マンダリンに言った。
「別に勝っちゃいない。おい、トッド、ピクルム起きろ」
マンダリンが、直接声を掛ける。
「むにゃ……朝ごはんはまだ……」
完全に寝ぼけておるな。
「マンダリンさん? あれ? あの馬と首無し騎士は?」
流石に、ピクルムは覚えているようじゃ。
「首なし騎士はトーブが倒した。そしたら、馬は消えてしまった」
マンダリンは、淡々と状況を説明する。
「トッド、いい加減起きろ!」
ニハトがトッドの耳元で叫んでいる。
しかし、トッドはまだ夢の世界だ。
「痛い思いをしないと、やっぱこいつは起きねぇか」
ニハトは拳を構えた。
ニハト流のいつもの起こし方だ。
「いやいや、そんなことをしたら、彼がかわいそうですよ」
なんじゃ?
気がついたら、トッドとニハトの間に一人の少年が立っていた。
身長は、ワシくらい。
長髪で髪の色は青だ。
声からして、まだ子供のようではあるが。
服装は、動きやすそうな薄黄色の胸元が空いた襯衣と股引きを着用している。
「よっこらせっと……ここら辺かな」
その少年が、トッドの上半身を起こし、背中ら辺をさすっている。
そして、ある部分で手が止まった。
「よいしょ」
軽く弾く感じで、少年はトッドの背中を、掌ではたいた。
すると、さっきまで一向に起きなかったトッドに変化が、
「あれ? あれ? おいら、何でこんなところで寝ているんだ」
トッドは、ゆっくりと立ち上がった。
「あっ、兄貴、みんなおはよう」
あまりの場違いな発言に皆が、吹き出しているが、ワシは、この少年から視線が離せずにいた。
「ほら、別にそんなことしなくても起きるでしょ」
少年が、ニハトを小馬鹿にしているように、笑いながら言った。
マンダリンも、このいつの間にか、突然現れた少年に警戒しているのか、少年に視線を移したままだ。
「貴方、いったいどこから来たの?」
エヴァが突然、突拍子もなく、現れたこの少年に聞いた。
「いまさっきここには、来たばかりさ」
少年は、そう言いエヴァの近くに歩んでいった。
「へぇ、君はいい目をしているね。真っ直ぐで何も疑うことを知らない目だ」
突然の少年の言葉に、エヴァはきょとんとしている。
少年は次に、ニハトの元に向かった。
「君は、もっと落ち着いて物事を解決の方向に導いたほうがいいよ。いきりたつことは馬鹿でも出来るからね」
その少年の言葉が、引き金になった。
ニハトが怒り心頭で、少年に向かって殴りかかった。
思いの外、拳に速度がある。
磨けばもっともっと早くなるはずじゃ。
しかし、渾身のニハトの攻撃も、虚しく、空を切った。
ニハトは、どこに少年が消えたのか、首をきょろきょろしながら、探している。
後ろじゃ。
ワシが言おうとした瞬間、
「後ろだ、ニハト」
マンダリンのいつもの野太い声が聞こえた。
「兄貴!? よっしゃあ」
マンダリンの指摘で、はっとなったニハトは、自分の後ろでいるであろう、少年に裏拳を繰り出した。
少年はその攻撃を軽く、後方に数歩下がったくらいにして避ける。
明らかに、ニハトを見ている顔を見ていると、弄んでいる表情が浮かんでいのが分かる。
そして、すぐにニハトに距離を詰めて、拳を繰り出した。
大した速度ではない。
ニハトは、その拳を避け、反撃に転じようと、一歩踏み込んだ時だった。ニハトの腹部を、何かが襲った。
その正体は高速の掌打だ。
早い。
先の遅い一撃は油断させるための一撃であったか。
「あれ? そうか、見えなかったかぁ」
少年は、倒れているニハトを見ていった。
ニハトはふっーふっーと荒い息遣いをしているが、まだ闘争心は折れていないようだ。
視線はしっかりと、少年を睨みつけている。
「気に入らないな。やられてるのに。こっちは、来たら来たで、目的の魔物はもうやられてるし。ここに来た意味が無いし、ふんだり蹴ったりだよ」
そういうと、少年は足を上げた。
ニハトを足で踏みつけようとしている。
「弱いくせに…」
そうぼそりと言い、ニハトを踏みつけようとした時に、状況が変わった。
少年に向かって、マンダリンが仕掛けたのだ。
少年が、元いた場所の地面が陥没しているのが分かる。くっきりと地面にマンダリンの拳の跡付きだ。
「兄貴……さっき起きたばかりなのに、また寝ちまった……」
ニハトはうつ伏せに倒れながら、つぶやいた。
「ふん、そんなくだらない冗談が言えるなら、心配なさそうだな。おとなしくしていろ」
マンダリンが、ニハトと少年の間に割って入った形になった。
「へぇ、君はそっちの寝ている彼とは、違って少しは出来そうだね。身体から放っているものが違う」
少年が、マンダリンを品定めしているようだ。
「だったら何だ、試してみるか。悪いが、俺に手加減という言葉はないぞ」
そういうと、マンダリンは、少年に距離を詰めた。
「いくぞ」
マンダリンは少年に向かって、拳を繰り出した。激しい音が鳴ったが、直撃はしていない。
やはり、後方か。
じゃが、マンダリンもそれは承知しておる。
マンダリンの攻撃を避け、少年は、やはり例の如く、マンダリンの後方に移動していた。この少年の癖なのかしれない。
マンダリンは、自分の背面に回し蹴りを繰り出した。間合いの広い広範囲を網羅できる蹴りだ。
「へぇ、意外と手強い」
少年は、その回し蹴りを後方に軽く、飛び退いて避ける。
ふんっ、手強いといいながらの、その余裕な面構えはなんじゃ。
ワシは、少年の表情を見てぼやいた。
マンダリンでも、この少年に勝つことは不可能じゃろう。
この少年は、おそらくさっきの首無し騎士より強いかもしれない。
何故なら、さっきからあの少年にワシの視線は、釘付けになっているからじゃ。ワシの洗練された本能がそう告げている。
また、さっきのトッドを起こした技は、気に非常に似ている。
「次は当てる」
マンダリンは身を低く、構えた。
これは、持久戦を意味する。
「マンダリン」
ワシは思わず、マンダリンの名を口に出していた。
「どうした?」
マンダリンが、ワシの方を向いている。
少年も、突然急に現れたワシに視線を向けている。
「奴とは、ワシが相手をする」
マンダリンに、ワシは自分の意思を話す。
マンダリンは、初めは怪訝そうな顔をしていたが少ししてから
「今回だけだ。次はしない」
マンダリンはそう言い、構えを解いて、渋々下がっていった。
ようやく、ワシは少年の前に対峙した。
「変わるってことは君のほうが、さっきのオーク族の彼より、強いってことだよね?」
少年が、あっけらかんとして聞いてくる。
「どうかのぅ。それは拳に聞けば分かる話じゃ」
ワシは構えた。
相手が獲物を持っていないので、ワシも持たずして闘う。
少年も構える。
刻々と時が、刻まれる中でワシは、ようやく全力が出せそうな相手を見つけることが出来た。
行くぞい!
大地を踏みしめ、少年に向かっていく。
少年は、そんなワシを不敵な笑みで迎えてくれる。
「せいやああああ!」
掛け声一線。
少年に拳を打ち込む。
しかし、ワシの拳は空を切る。
そんなにすぐに当てれるとは思わない。
少年の避ける場所を先読みしているので、すぐに次の行動に移れる。
ワシの蹴りと掌打の応酬。
少年は、避けれる攻撃は避け、捌ける攻撃は捌く。
「へぇ……」
少年は何故か驚きの顔をしている。
「驚くこともなかろう」
ワシは、規則的な攻撃を繰り返していたが、少年が防御するのに、慣れてきたのを見計らって、変則的な攻撃とさらに攻撃速度を上げていく。
少年の動きにどこか思いっきりの良さがなくなってきた。
ワシの攻撃で、何が来るのか分からないから、瞬時に対応出来なくて、困惑しているようだ。
「隙ができたぞ。破ッ!」
ワシは、少年の腹部に拳を打ち込んだ。
そして渾身の力で、そのまま少年の体ごと殴り飛ばした。
少年は、後方に吹き飛び、そのまま地面を転がりながら、地べたに倒れている。
さっきのニハトと同様だ。
「どうした? この程度か? だったらワシの思い違いかのぅ」
大声で、わざと聞こえるように少年に言う。
「へぇ、中々強いや。だったら本気だしてもいいか!」
前方で倒れていた少年の姿が消えた。
上か!?
一瞬の跳躍で、そこまで跳びはねることが出来るとは。
上空からの重力を味方につけた手刀を、ワシは避ける。
避けるたびに、ただの打撃とは違う何かを感じる。
「いい加減当たれよ! おらぁ!」
少年が吠えた。
渾身の突きだ。
ワシは、それを気を込めた掌で受け止める。
ワシの持っている気と奴の持っている何かがぶつかる。
「これは!? まさか」
どうやら少年も気が付いたようだ。
すぐに、ワシから距離を離す。
そして、ワシを警戒して見ている。
「どうした? 来ないのか?」
ワシは、少年に声を掛けるが、
「今日は退かせてもらいます。次は覚悟して置いて下さい。あと赤髪の君、次回は違った形で会いたいな」
少年はそう言うと、森の入口の方に駆けていった。敵意が去っていくのが分かる。
なんじゃ、これからがおもしろくなるというところで。
しかもエヴァに対しての、あの言葉は何じゃ。
「どうやら退けたみたいだな」
マンダリンが、声を掛けてきた。
「気を少し見せたら、驚いて帰っていったわ」
あの少年とは、次に会うのが実に楽しみじゃ。
だが、これでようやくこの森から帰ることが出来る。
流石に少し疲れたわ。
エヴァに、早く帰ろうと伝えに行くと、
「さっきのトーブは、トーブなんだけどトーブじゃないみたい。怖いトーブ。いつものトーブに戻って」
とエヴァに泣きつかれてしまった。
本当のワシとは一体どのトーブなんじゃろうな。
ふと疑問に思った。




