悪い魔法使いと越久夜町 2
人ならざる者--ごく普通の人が知らぬような言い草をした男に警戒され、変な汗が滲み辰美は固まってしまった。軽蔑的な視線が嫌に突き刺さる。
「どこへ行ったの?出てきなさい!」
するとザリザリと砂利をふむ音がして、二人の拮抗は解けた。慌てて伸び放題の生垣に隠れるも誰かがやってきてしまった。
「有屋。なぜ、家にいるんだ?」
(有屋さんっっ?!)
怪訝そうな顔をした男(の声だが)に、有屋 鳥子は不機嫌そうに言い放った。
「あなたこそどうして庭にいるのかしら?星守家のご子息。」
「変な女を見たからだ。」
(星守家の…ご子息?たしか、この家)
表札に「星守」と書いてある。(へえ、こんな大層なお家。人が住んでたんだ。)
ソッと草をかき分け、様子を伺う。
「変な女?まさか泥棒?」腕を組んで有屋はさらに不機嫌になる。あれは正真正銘の有屋だ。
「そうかもしれない、勝手に庭に入ってきた。」
「冗談はよして。早く部屋に戻ってくれる?」
「…分かった。」星守という男は素直に部屋に戻っていった。
息を潜めて辰美は有屋が消えるのを生垣から見守る。
上から声が降ってくる。
「辰美さん?なぜ庭にいるの。」
「うわっバレてたっ?!」
驚いた拍子に立ち上がり、あわあわと挙動不審になる侵入者に彼女はため息をついた。
「隷属紋をつけているのだから、どこにいるかは分かっているわ。」
「わ〜〜~すいません。綺麗なお家だと思って、えへへ。」
「不法侵入なんて、あまりよろしくないわね。」
「次からはしませんからぁ!」
そう言い残して、一心不乱に走り出した。
「あっ!待ちなさい!」
走りながら背後を見るも有屋は追ってきてはいないようだった。ハァハァと息を切らしたながらも足を止める。
全力疾走したのは久しぶりなように思えて、自らが滑稽だと恥ずかしくなった。
「あ、自転車……。」
停めていた自転車がそのままになっている。
「取りに行くか〜〜………。」
来た道を帰ろう。そう思って背後に奇妙な気配がする。人ならざる者にしてはそれらしい気配がなく、人にしては獣臭い。収まりつつあった動悸がバクバクと早くなる。
背後だけではない、囲まれているのである。暗がりからぬぼっと無表情の人間が数人現れる、距離が取り返しがつかないほど狭ばっていた。
「はっ!?」
町の住人であろう―人間が生気のない様相でのろったく近づいてくる。見た目はごく普通であり、老若男女、野良仕事の格好をしている者や寝巻きの者もいる。ご丁寧にゾンビみたいな呻きを上げ獲物へ手を伸ばしてきた。
異常だ。
「いやっ!くるなっ!」咄嗟にゾンビの腕を振り払う。脳裏でゾンビ映画の冒頭が再生される。こういう時はなすすべもなく餌食になってしまうのだ。
間抜けにもあっつけない最期を迎える…はずだった。
「あんたら、これがなにかわかんだろ?だったら下がりな。」
凛とした女性の声と共に銃声が轟ろいた、それにまた驚いてあげへたり込む。映画の撮影に迷い込んでしまったのだろうか?
点になろうとしていた輪を散らしたのは物騒な物だった。「あなたは…!」
ライフル銃をまさに映画の登場人物の如く構えたさまは、アクション系で飛躍する果敢な女戦士を彷彿させた。威嚇行為をものともしないゾンビに女性は声を張り上げる。
「これが最後だっ!撃つよ!」
「えっ!」
鼓膜をつんざく爆音に耳を塞ぎ、四方八方に散らされるゾンビどもを唖然と見送る。銃声に反応するとなるとゾンビというよりは野生動物?狐につままれていたのか?
銃を手に、辰美を見やるとニヤリとサディスティックに笑った。
リネン。町医者、または魔法使い。
「また会えたね。辰美さん。」
「は、はは…」
「会えると思ったよ。無事でよかった。」




