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開闢のミーディアム ~人ならざる者が見える辰美の視点~  作者: 犬冠 雲映子
悪い魔法使いと越久夜町編《人ならざる者が見える辰美の視点》
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異形の狭間 5

ルール(森羅万象)はオレが握っている。このまま偽物の町に閉じ込めてやる、あの女のようにな!-永遠にさ迷え!」

 不意に二人の会話を引き裂くように鶏のけたたましい鳴き声が響いた。朝日が昇ってくる、前触れがやってきたのだ。


「何故だっ!?この町に朝はやってこないはずだぞ!」

 悪い魔法使いがかつてないほどに慌てふためく。思考をぶった切られた辰美(たつみ)も山際に昇ろうとする朝焼けの予兆に目を丸くした。


 何かがこちらにやってくる。--あれは、人影だ。


 麗羅(らいら)が黄金の羊の群れを従えやってくる。

 眩い朝陽が町を照らし、どこかで尾長鶏が朝を告げている。魑魅魍魎(ちみもうりょう)どもはたじろぎ霧散してしまう、そんな朝焼けだ。

 創造主のいない模倣の町があやふやなものへと変わる。景色がグネグネと崩壊していき、辰美は朝焼けへ放り出された。

 手足でなんとかバランスをとろうにも遠心力には逆らえず、なすがまま遠くに投げ出されてしまった。

 均衡を崩した世界でただ独り不変の存在がいる。ぽつんと佇む麗羅。数多の羊が消失していく中で、独りだけがそこにいる。

「麗羅さん!」

 きっと醒めてしまえば「全知全能の神」に出会えたことすら忘れてしまう。忘れたくない。


「--辰美さん、終わらせて。」


 脳裏にうら若き女性の声音が響く。どこかで聞いた事がある、そうだ。

 辰美は遠くへ放り出される自分を眺めていた。地面が熔け奈落の底が垣間見えて背筋がひんやりしたけれど、今は何も抵抗できない。一体何が起きたのかも、悪夢みたいなこの状況も理解し難い出来事ばかりだ。

 ヒントも与えられぬまま暗闇に引きずり込まれる。


 --また会おう!また、夢で会おう!そんときはこれがなんなのか教えてよ!ううん、今度こそはあっちの世界で-


「…ヒロミさんっ!!」




「ヒロミさんっ、どこにいるの?!」

 制限ない莫大な暗闇に放り出され、辰美は喉が裂けんばかりに叫んだ。


 ヒロミ。夢札売りの娘。


「一緒に帰ろう!」

 彼女はまださまよっているのだ。あの摩訶不思議な夢から醒めずに、まだ。

 大きな光の線が暗闇の世界を照らしている。奈落の底は輝かしい、世界の光線だった。-光の束を幾重にも纏わせた巨大な縄が眼前に広がっている。

 まるで銀河系を遠くから眺めているようだった。これは何?

 辰美は眩さに目をくらませる。「って!帰るって、どこへ帰ればいいのよ?!」

 帰る場所が把握出来ず、幾万の、いや、何通りもある世界に迷い込む。


「私の帰る場所って--」


 今の世界は本物じゃない。


 瞼を閉じ、振り払う。


 見水と初めて会った瞬間やそれから仲良くなった時間もこの世界とは、微妙に違う。

 彷徨い、辰美は正解にたどり着けるかと模索する。

 私は本物?それとも新しい時空の住人?それとも--

 二人分の命。いや、この時空の命を。

 -私は、前の時空に戻りたい。

 今の世界の見水と緑さんをなかった事にしようとした。

 考えるのをやめ、"下"にある輝く縄を見下ろした。あれは越久夜町の、いいや、今、辰美がいる"世界"の生命線。


「私は、私のいるべき世界に帰る。」


 光に飛び込み一気に降下した。



 ―――

「人であるがためにお前のようにはなれなかった」と、吐き捨てた。降下していく辰美の記憶に余計なモノが混じり込み、再生される。


 和洋折衷の、うら寂しい一室で男が病に伏せってあるように思えた。月明かりが窓から差し込み部屋を照らす。夜の静寂の中、ベッドの上で弱々しく言葉を吐く。


「結局人は人以上の者にはなれないのだな。」

「主さま…無理をなさらずに。」

 あの、魔筋(ますじ)で襲ってきた式神が悲しげに手を毛布に添えた。椅子に座り、まるで見舞いにきたかのようだった。


(主さま?誰?この人は……)


「あの世なんかに行ってやるものか。お前の中で生き続けてやる。血肉となり…」

「ええ…あっしが食べますから、今は」

「代わりにお前が願いを叶えるのだ。ルールを変えろ。このままでは町は滅ぶ、いや、醜悪な世界になってしまう…人も魔も全ての生物が平等になる、理想郷は…」

 その口ぶりは悪い魔法使いそのものであった。まさか彼は悪い魔法使いなのだろうか?

「あっしは……分霊に戻りたい。主さま、あっしに」

「式神どもは馬鹿だ、たかが人の魂など手に入れても……」

「……ええ…」

「さあ、食え。お前の大好きな魂だ。」

「しかし、主さまはまだ」

 突飛もない発言に式神は舌を巻く。

「式神として保存される前に、オレが死ぬ前に、魂を食え」

「えっ」

「言っただろ。まだ輪廻は巡らない、お前の中で生き続けると」


 記憶が遠のき、あの式神が悲しげにこちらを見つめているヴィジョンが代わりに蘇る。

「主さま」

 あれは彼の記憶、それとも経験した世界か。

 辰美は俯く式神を一瞥すると瞼を固くとじ、集中した。………帰りたい。


(私の世界に。)


 ―――

 早朝。日課しようと努力している荷神社のお参りに、辰美は向かっていた。梅雨の不快な湿気のせいで気分は悪いが歩けばなんとかなるだろう。

 傘をクルクルさせながら路地を歩く。大通りに続く路地に人っ子ひとりいない。閑散としている。


「あ」


 辰美はカーブミラーを何の気なしにみた。湾曲した鏡の中に人間が佇んでいる。

 ミラーの劣化により色あせているように見えるが、落ちかけた金髪を纏めて縛った、よれたTシャツをきた"人間の辰美"が映っていた。

 ミラーの向こうの自分はただこちらを見つめ返しているだけ。

「…。」

 視線を逸らし、歩き始めた。

「異形の狭間」はこれにて完結しました。

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