異形の狭間 2
犬人間は答えずただこちらを見つめ返しているだけだ。ニヤニヤも冷やかしもしない。不気味である。
あの犬人間が、だ。
夢だからだろうか?それとも--
ふと自らの左手を見やる。犬人間になりかけている左手は-異形の手をしていた。
鋭い爪を持つ三本指。現実ではまだ五本の指があった。
「もしかして、あれは私?」
異変に気づき、視界にある右手を見やる。左手のみならず右腕、いや、体中が人でないクリーム色の体毛で包まれている。獣特有の鋭い爪、奇妙な指。カーブミラーに映る辰美は犬人間であった。
「う、うそっ!」
カーブミラーの犬人間も驚いてよろける。「わ、私…?!そ、そ、そんなぁ!」
血の気が引き頭がクラクラとして膝に力が入らなくなる。ヨロヨロと辰美は彷徨い、ブロック塀にぶつかった。
ブロック塀は大きな音を立てて崩壊する。
「ヒッ!」軽く体が触れただけでコンクリートを破壊してしまうとは!
辰美は慌てて距離をとるとしゃがみこむ。
--この体は地球に適していない。
(どうしよう。これは夢なんだよね?起きても犬になってないよね?!)
周囲を挙動不審に見渡し、やはり夢だと確信する。夜空には月も星もなく虚ろが広がっていた。明かりと言えば街灯のみである。
もし雲がかかっていれば空の色が霞むか、赤みがかる。しかし雲一つない晴天の黒々とした紺色だった。
偽物の越久夜町だ。地球にいる以上、月や星のない空などありえないのだから。
辰美は掌をもう一度まじまじと眺めた。
(偽物なら、壊しちゃっても文句は言われないわよね?)
(警察も、医者もいないんだよね。偽物なら破壊してみてもいいよね?)
辰美は思い切って崩れたブロック塀の残りに触れてみた。ヒビが入り、そのまま崩壊していく。面白いほどに、いとも簡単に壊れていった。
痛みも感覚もない。
「……。」
漫画の主人公の繰り出す技のように、勢いよく地面を殴ればクレーターや亀裂ができる。電信柱を握れば壊れながらも振り回す事ができる--まるで怪獣にでもなったみたいだ。
楽しくなって、民家を破壊しようとした時だった。
何かが屋根に佇んでいる。
「お前もバケモノか?」
「ち、ちがう、けど」
「その姿こそバケモノじゃないのか?」
触手をゆらめかせながら人間に似た塊が言う。目と口だけが発光して目立っているものの、タールが集合したかのように形容しがたい。鼠にも似ているが背中から数本の触手が生えているから、何者でもないのだろう。
「私は、人間よ。」
「お前からは人の気配がしない。」
キッパリと言われ、辰美は傷つく。確かに今は犬人間ではあるがれっきとした人間である。
「人のフリをしているが冷徹なバケモノだ。」
「違う。」
「どうだか。」
「-アナタこそ何者なの?」
バケモノは目玉や眉こそ見当たらないがニヤニヤと小馬鹿にした顔をしていた。
「オレは町で悪い魔法使いと呼ばれている者だ。」




