異形の狭間 1
辰美はぐにゃりと混沌とした夢の中でさまよっていた。夢に囚われていた。
歩きながら、辰美は前を見すえる。上も下もない混沌の最中を歩き続ける。
(私は、今の緑さんや見水は好き。)
見水と緑の顏が脳裏をよぎる。新しい記憶、新しい会話。情景。
(でも今の世界は本物じゃない。)
瞼を閉じ、振り払う。
(見水と初めて会った瞬間やそれから仲良くなった時間もこの世界とは、微妙に違う。)
混沌を彷徨い、辰美は正解にたどり着けるかと模索する。
(私は本物?それとも新しい時空の住人?それとも)
考えるのをやめ、"上空"にある輝くしめ縄を見上げた。あれは越久夜町の、今辰美がある"世界"の生命線。
「私は、前の時空に戻りたい。」
ハサミで糸が切られたようにしめ縄がちぎれる。縄が融解し境界線が揺さぶられる。
視界がぐちゃぐちゃになる。全てが混沌に還る。開闢の前に、戻っていく。
「!」
ハッと目を覚ますとちぎれた縄が数多に散らばる路地にいた。--魔筋。リネンが言っていた道だ。
「私、何を…」
--私は、前の時空に戻りたい。
夢の中でそう言ってしまった。あれが夢なのか、大虚での出来事なのかも曖昧だけれど。
「ここは……魔筋だけど。」
越久夜町の街並みにとても似ていた。似てはいるが何かが違う。人の気配がしない、現実感がなくスクリーンに映し出された精巧な街並みに迷い込んだみたいであった。
匂い、感覚、全くそれらがない。無味無臭の世界にやって来てしまった?
「夢?」起きたのかと思ったが、まだ夢の中にいる?
縄が解けアスファルトに散らばっている。あのしめ縄の物なのか、または違うのかは分からない。この光景は--やはり魔筋だ。……だが。
「なんなの?ここ。」
辰美はカーブミラーを何の気なしにみた。湾曲した鏡の中に犬人間が佇んでいる。
色あせているように見えるが赤い垂れた耳を持つ、犬と人間の合間にいる生物が映っていた。
「なに?冷やかしに来たワケ?」




