虚ろを彷徨う者 6
彼女の瞳が揺らいだ。麗羅に対して複雑な心境なのだろうか。
「私と麗羅は魔法使いだったの。魔法使いと言っても、私と立場や派閥といえばいいのかしら。彼女は陰陽系統の魔法使いだったから、違かったけれど。人ならざる者に分け隔てない態度を取り、手を差し伸べる者だった。そこが好きだったわ。」
「魔法使いだったんだ。」
全知全能の神と言われている彼女は、人だったわけである。
「私は難があるから、人が寄り付かないのは自覚しているのだけれども。麗羅は唯一の友人だった。ハンターと言われる仕事をしてからもよく連絡を取ってきてくれたわ。」
「はあ」
「前も言ったけど、とある出来事で生き別れになってしまった。生きているのかも分からなくて、途方に暮れていたら、辰美さん。あなたを見つけて彼女が生きていると分かったの。」
「わ、私?」
「ええ。あなたが存在しているのは麗羅の影響だから。」
太虚で魔神に言われた言葉に似ている。
「あの子はあの出来事が忘れられないのよ。───無意識かもしれないけれど、麗羅はあなたを使って、蠱術をしたのかもしれないわね。」
「えっ」
コジュツ?聞きなれない言葉に黙り込む。その言葉の響きはなんとも不気味なものだった。
「心の内に巣食う破壊願望を、貴方に押し付けたのよ。」
「…あの、有屋さんは何を知っているんですか?」
「教えてしまったら、時空が破壊されてしまうかもしれない。まっさらの状態でいなさい。貴方の心に、影響がこないように。」
溶けだす氷を眺めながら、有屋は言う。
「まっさら、なんて買いかぶりだよ。」
破壊願望は誰しも持っている。ただそれが肥大しなければ、心の隅にしまわれているだけ。
誰だって負の側面を隠している。
「麗羅がしかけたマジナイに染まってしまわないように、よ。」
「…ライラさんは、ハッピーエンドにしろと言ってきました。なのに、私に」
「贖罪、かもね。」
あの出来事とは何なのだろう?そこまでして、麗羅を縛り付けてしまう…。
(私は麗羅さんにまた呪いをかけられたって事?)
そんな考えを振り払いたくなり、辰美は口を開いた。
「もし私が会えても、麗羅さんとは会えないのでは…」
「何故?」
「麗羅さんは"全知全能の神"になっているから、有屋さんも私も……。」
「大丈夫。人のあなたが会えるのだから、会えるわ。」
まるで希望にすがっているかのような声音だった。何も言えなくなり翳りを見せる辰美に、彼女は微かに微笑む。
「あの子にあったら、いつもみたいに叱ってやりたい。」
虚ろを彷徨っているのか。何もない途方もない希望を抱き続けているのだ。
(もしも有屋さんが人ならざる者だったら、麗羅さんと会えるのかな。そうだとしても麗羅さんは有屋さんに会いたくない理由でもあるのかな。)
(麗羅さんも人間の私に頼るくらい、望みがないのかも。)
有屋も麗羅に、何か希望を託しているように思えた。
もう全ては崩れかかっているのかもれない。人類は人ならざる者や神、摩訶不思議な出来事を信じなくなっているから。
「……何度も聞くんですけど有屋さんって、本当は何者なんですか?」
「今は教えられない。教えられるのは、私が魔法を使えるという事だけ。」
「……。」
「早くドリンクを取ってきたらどう?」
無表情に、いや、常に浮かべている仏頂面で彼女は言った。雨が降りそうな曇った外より、どんよりしているように見えた。
「虚ろを彷徨う者」はこれにて完結しました。
蟲術は蠱毒で有名なあれです。




