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開闢のミーディアム ~人ならざる者が見える辰美の視点~  作者: 犬冠 雲映子
未確認思惑《パラレルワールド分岐点》
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未確認思惑「お仕事依頼 或いは全ての元凶」

 気だるげに少女は再度宣言する。魚子(ななこ)が意図を(さっ)せず「だれが?」と聞き返した。


「…。誰でもいいじゃん。」


 (愚図だなあ魚子って。)麗羅(らいら)はため息を噛み殺し、白々しいスマイルを作ってみる。小さい頃から笑うのは嫌いではなかった。

 ニコニコと微笑む麗羅に少女は胡散臭いと嫌がった。


「なんだかしらないけどそれより、これを広めてほしいんだ。」

「やだ。」

「意固地にならんでさ。私たちはこれを探さないとご飯も食べられないのよ。ね。」

「勝手にやってなよ。しつこいなあもう。」


 ──これを探さないとご飯も食べられない仕事って何よ。少女の愚痴がわずかにもれる。一般常識であるなら本当に何よ、なお仕事である。


「飛ぶよりいいと思うんだけど。」


 ぶうたれた瞬間、みずみずしい肌が赤く染まった。羞恥かあるいは怒り。顔面を高揚させる感情はそれぐらいだろう。

「そういう気分になったっていいでしょ!なに?!あんたらメンインなんたらとか偽った偽善団体なの!!?人の生き死にぐらいほっといてよ!」


 少女は打って変わって攻撃的な口調でこちらを牽制した。これが思春期というやつなのか、それとも自棄になっているのか。お年頃の賞味期限が切れてしまった麗羅に残念ながら知る由もない。


「し、し、し、死ぬつもりだったんですかっ?!」

 魚子がまったくとんちんかんなリアクションをする。この子はバイヤーなんてやってないで(売れやしないだろうが)喜劇役者にでも務まっていればいいのに。


「どっかいけ!じゃないとこれで刺す!」


 いきなりカッターナイフを突きつけられますます場が気まずくなる。これ以上逆上させたら奇声をあげて屋上から落下しかねない、それだけはご勘弁だ。

 麗羅はなるべく真顔を装いながら、物腰柔らかに語りかけた。


「よく聞く言葉だけどさ。どうせ人は誰しも死ぬ、っていうじゃない?赤ん坊もあんたも、あたしも、ジジババも。みんな死ぬ。だから死ぬ前に一花咲かせようよ。」

「…なにそれ。テロ誘ってんの?」

「まさか。これを広めてくれりゃええの。ただの情報だよ。馬鹿みたいでしょ?」


 ふざけたミームを彼女へ差し出す。少女はその紙切れをまじまじとながめ、さらに絶望した。なにこれ。そう顔に書いてある。


「えっと…宇宙人?」

「そうよ。今脱走してるの。早く捕まえないと、いろいろ大変なことになる。」メン・イン・ブラック風に格好をつけてみるも反応は―


「……ははっ」

 どろんとした瞳が三日月型に細まる。


「……探してるなんてウソなんでしょ?」へんちくりんな奴らに絡まれたのも運の尽き、少女はついに折れてくれた。


「これを町中に拡散させればいいの?」

 女子高生は片眉をあげて訳の分からない怪物にいっそう興味を示した。紙面には下手くそなタコが踊っている。画力は二人がかりでも、こんなものにしかならなかった。


「SNSでもなんでもいいわ。お金はあげるから、本物チックに虚構を作り上げ、噂を撒き散らして。」

「え~なんか怪しいなー。」

「これ。あげるから。」

「…。いいの?それ?」

「あんた、頭良さそうだし。」


 すると少女の顔があからさまな殺意に染まった。きつい睥睨に魚子は彼女の青さ特有の尖りを察し後ずさりしそうになっている。まったく。よくぞこれまで“バイヤー”を務めてこれたものだ。


「頭なんて、よくないし。それにこんなの不幸の手紙とおんなじじゃんか。くだらない。」


 札をぶんどって彼女は乱雑に立ち上がった。折角乗り気になってくれたのに、とバイヤーは恐々としている。一方麗羅は胸の躍動に口角があがる。粋のいい“悪ガキ”だ。こんなヤツほどこういうことが大好きなはず。

 参考書を片付けないまま少女はビルを去っていった。

 残された二人はしばらく無言だった。


「いいんですか?あのお年頃にしたら大金ですよ…?それに彼女が確実にひろめてくれるかもわからないんですよ。大損じゃないですか。」


 魚子が階段を降りながら不平を目立つ漏らしている。

 何故あんなトコロにサボタージュした女子高生がいたのかも謎だが、現在において例外なんてものは存在しない。


「暗ったるい顔してるからあけだの。かわいそうデショ?」と心にない言葉で魚子を納得させる。逆効果に終わってしまったが。

「はあ…だから、麗羅さんは一生貧乏なんです。」

 アンニュイな趣きで彼女は吐き出した。


 麗羅は魚子の感情が理解できなかった。何故、そこまで彼女はネガティブなんだ?小首をかしげバイヤーを眺める。


「なんですか?ジロジロ見て…。」

 暗鬱としていた表情が軽蔑に変わる。


「そもそもメン・イン・ブラックって、情報を拡散させないために働いてる人でしょう。本拠からお叱りを受けたらどうするんですかっ?!」


 少女は“大金”を手にして何をするだろう?お買い物?それとも破壊してしまった参考書を買い直す?あれが三途の川の渡し賃になったのなら、少女もあがったりだろう。なら、別にこっちは魚子のいう「大損」にはなっていないのでは?

 まあ、そんなこと個人の尺度でしか測れないのだから。


(それに、あの様子じゃあ…未練はタラタラだよねぇ。)


 それにもしかしてだけど、あの子のお気に入りの場所を血で汚したくはなかったのかもしれない。あの子。顔もよく思い出せない、悲しい子。前髪を撫で下ろし、憂いを振り払う。


「はあ、明日は主任からめちゃくちゃ怒られますよ~…島流し所じゃなさそう…うう。」


 魚子ががっくしと肩を落としている。当たりはいつの間にか陽が傾きつつあった。かすかに橙色を含んだ透明な日差しが肌に照りつける。一日が終わってしまうのも、早いものだ。


「ハッハッハあたしは生粋の自由の民だからねぇー。さてっ、UMA狩りに行くぞーっ!」

「あっまてっ!逃げるつもりかっ!時間料払えっ!」


 錆び付いた非常階段を駆け下りる。ギシギシと足元が悲鳴を上げ、童心が蘇えった。結局何もなかった。何も、進展すら起きなかった。いつも通りに暇を潰しただけで―腕に血が滲んでいる。紙をひったくられた時、カッターナイフの刃が掠ってしまったのかもしれない。


 ―――

 屋上での記憶は些細な出来事だと麗羅は忘れようとした。いや、正気の奥底に捨てられてしまった。

 まさかあんなお遊びが世間を揺るがすとは、誰も思うまい。──そう、お遊びだった。現実を逃避するためのその場しのぎだった。


 いつのまにか季節が進み、木々は生命力を失い、人々はこれからやってくる冬の支度をしている。あれだけやけましかった自然の衰えを寂しさであると勝手な感傷が思考を揺らす。麗羅は暗い底を歩いているような最悪な日々を送っていた。些細な幸運と多大な不幸。まるで苦しむさまを見て遊ばれている気分であった。当然あの稚拙な悪巧みさえ忘れ去り、魚子とも疎遠になって…。

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