虚ろを彷徨う者 4
目を覚ました。布団の上でいつものように、ぐっすり眠っていたのだ。
消し忘れた電灯がチカチカと切れかかっている。前の住人が引越しする際に新しくしたと、大家さんは言っていたのに。もしかするとその住人がいなくなったのはかなり昔だったのかもしれない。
その点滅を眺めていると、徐々に体へ感覚が戻ってきた。
魂だけが"太虚"へ旅立って、あの魔神だった女性に出会ったのか。
魂なんて物が、本当に存在するのか。
辰美は重たい体を起こして、今何時かと携帯を手にした。
着信アリ。そんな不気味な表示が残されている。
見水 衣舞。大学の友人だとしたら、非通知でかけてくるだろうか?いや、それはない。
とりあえずコールバックしてみる。イタズラ電話や間違え電話でも、この携帯になかなかかかってこないのだ。
「もしもし。」
「ああ、辰美さん。私よ。有屋 鳥子。」
「有屋さん。」
「あなた、太虚という場所に行ったでしょ?」
淡々とした機械のような有屋の言葉に軽く驚く。
「……。なんで知ってるわけ?」
「あなたに追跡可能な呪いをかけているからよ。」
「夢かもしれないのに?」
「私には分かるのよ。--これからお話をしましょう。聞きたい事があるから。」
「えー…。休みなんだけど〜。」
「休みだからよ。とりあえずコンビニで集まりましょう。」
「なんでえ?遠いじゃん。」
「家の前に来たら怪しまれるじゃない。この町は噂が広まりやすいの。」
確かに田舎町に、予定にない出来事があったら皆気になって仕方ないだろう。大家さんも見慣れない車と人がアパートに入り浸っていたら、怪しむかもしれない。
見水が来た時は嬉しがって、話してきたぐらいだ。
「はあ〜…分かったよ。じゃあ向かいますよぉ。」
「よろしく。」
ブツリと電話が切れて、辰美は眉をしかめる。時刻は午前十時。朝と言えば朝である。
「なんなのよ、全く。」
―――
コンビニに向かうと、人気はないが駐車場に町の者でないナンバープレートの車やバイクがある。有屋はそこまでして身を隠していたいのだろうか。
どんよりと曇った空の下、有屋が車から出てくる。
「遅かったじゃない。」
「自転車で来ればよかった?」
「……ま、いい。何か一つぐらい奢るわ。」
しゃなりと腕を組むと、彼女はコンビニをみやった。
「本当?ありがとう!」
金欠であるのは変わりはなかった。が、いきなり大仰な物を強請るのは無知な気がした。
「挽きたてのアイスコーヒーがいいな。」
「それでいいの?」焦げ茶の瞳にわずかな驚愕がにじみ出る。
「うん。急いでご飯食べてきたし、お腹は空いてないから。」
「そう、じゃあ待ってて。」
「ねえ、この前も聞いたけどなんで隷属紋をつけたの?魔法使いってみんなそうなの?」
問いただすもさも当然の結果だというように「必要だったから」とシラを切られた。
「無許可でそういうのはやめてほしかったなぁ〜〜~。」
辰美はムッとして、彼女を睨みつけた。けれどそれを肩透かしに有屋は言ってのける。
「貴方が危険人物であるのは変わりない。知っているんだから。」
「知ってるって。」
「じゃあ。」踵を返し、カツカツとコンビニに歩いて行かれる。それを眺めため息つくや、脳裏に記憶が蘇えった。
「!」
「今回は普通のクリプティッドではない。人類の悪意から製造された腫瘍よ--」
残像がリアリティを伴って、脳を支配する。
(たまによみがえる私の記憶じゃない、誰かの記憶。)
くらりとして、わずかに瞼に手をやる。
(私のせい?…この目はダレのもの?)
辰美は去っていく有屋鳥子を見やり、左手をグーパーさせた。
(どうなってくんだろう。これから。)
しばらくして自動ドアが開き、挽きたてのコーヒーを手に彼女がやってきた。
「はい、これ。」
「ありがとう。」アイスコーヒーをもらい、礼をする。
「あなたも大切な休みなのだろうけれど、私もやっととれた休みなのよ。」
「べ、別に根に持ってませんよーだ。」
そう、と小さく呟いて
「一応言っておくべきだと思っただけ。ワガママ言っていると思われたくないもの。」
「はいはい。有屋さん、見た目からして忙しそうですよね。」
バリバリのキャリアウーマンと言ったところだ。
「…彼女の少し具合が良くなったみたいで、私も安心しているの。忙しくなくなるといい。」
「雇い主の人ですか?」
「ええ。私からしたら先輩だから、そんなに堅苦しい間柄ではないわ。」
「先輩…。」
「いつか会う事になると思う。」
冷めたい表情を少し弛め、彼女は先輩なる者を案じている。辰美はそれを見て意外だときょとんとした。
(そんなに先輩が大事なんだ。)
「そのセンパイって何者?」
すると有屋はいつもの鉄仮面に戻り、「今は言えないわ。さ、行きましょう。」
感想、よろしくお願いします〜〜~。




