虚ろを彷徨う者 2
「ら、ライラさんは?ライラさんを知ってる?あの人は?--戻り方を知りたくてっ」
「おちついて。ライラ…全知全能の神は、今眠っている。彼女が起きない方が、世界がまだいい状態なのよ。」
「は、はあ」
女性はなだめすかして、辰美の隣に来る。
「それと、騒ぐと周りに知れ渡ってしまうわ。あなた有名人だから。」
「ゆ、有名人って…」
「全知全能の神に会ったヒトなんて、ましてや太虚に生身で来れるなんて有り得ない事。この場所は終わった人しかこれないみたいだもの。」
息を整えて、彼女の言葉に頷いてみせる。この人は何も知らない状態の余所者へ親切に事を教えてくれている。振り切って、いなくなるより聞いている方が賢い選択に思えた。
「私は終わってしまった-死んでしまったという事ですか?」
「いいえ、あなたにはまだ続きがあるみたい。」
「つづき…」
辰美は僅かに瞳をかげらせる。過去の残影が脳裏をケガした。
「そんなカオしないで。私には続きがあるのがすごく羨ましいわ。」
言い聞かせるように彼女は話す。
「アナタは何者なんですか?ライラさんと同じ?」
「私はかつて越久夜町の荒れ野で魔神をしていたのよ。不本意だけれども、暴食魔神なんて呼ばれていたわ。」
越久夜町、という言葉に目を丸くする。この場で聞き慣れた響きにでくわすとは思わなかった。
「か、神さま?」
「まあ、今はなんでもないような存在だけれどね。あなたが住んでいる町が懐かしい。終わってしまったのだから、辰美さんと出会えたのだけれど。」
「こ、ここは」
「"一般的"には太虚と呼ばれているわ。何もなくて何かある場所。限界も形もなく、感覚を超えた宇宙の根源とも言われてる。…そんな大それた場じゃなくて、私はパラレルワールドの"倉庫"だと思っているわね。」
パラレルワールドの倉庫。
頭上で煌めくしめ縄を見上げ、辰美は息を飲む。
「なんでわたし…来れたんだろ。」
ライトブラウンの髪を手で整え、妙齢の女性は言う。
「その眼よ。」
元荒れ野の魔神は目を指さした。
「ミーディアムの目を持っているから。」
「なに、それ。」
「この世とあの世の媒介を担う眼、といえばよいかしら。」
「えっと」
「異界と現実を結びつけてしまう力を持っている、とも言えばいいかしら?心当たりがあるんじゃない?現実世界で人ならざる者の世界と接触している、目が通り道になっているのよ。」
「通り道、ですか。」
瞼を触って、辰美は眉を寄せる。自分だけが人ならざる者を見ていただけではなかったのか。
「それはあまりよろしくないわね。たまに閉じてあげないと。」




