虚ろを彷徨う者 1
目を覚ますと視界が定かでない。暗く、天井のない遥かな空間が口を開けて迫ってくる。辰美は飛び起きて周囲を見渡した。
見た事がない場所だ。下も上もない、虚ろな空間。自分が何故寝そべっていられたのが不思議なくらい、感覚を確かめられない。
「ここ、どこ?」
冷たい風に似た冷気といえば良いか、そんなモノが肌を撫でた気がした。
これは夢ではなく、白昼夢でもなく、どこか実在した場所に来てしまったと悟る。奇妙なしめ縄が連なりキラキラと粒子が輝いている。
あれはなんだろう? 辰美は上を見上げていると、ノスタルジアを感じた。前もこの場に来た?
思考をめぐらしていると、遠くから橙色の物体が歩いてくるのに気づいた。
最初は人だと思い、辰美は僅かに期待した。問うてここがどこなのか、何なのかを確かめられる。
それに麗羅かもしれない、と思った。
目を凝らして麗羅ではないと勘づいた時には遅かった。あれは──虎だ。
ベンガルトラなのか、それとも…種類は分からないが人より大きく、動物園で目にした虎よりもはるかに大柄だ。のしのし、と歩いているのを見て、そっと立ち上がり息を潜めた。
動いてしまったら、バレてしまうかもしれないからだ。
(どうなってるのよ?!ここ!)
虎は雄大に歩いて近くを横切っていった。現代日本で野生の虎は見られない、いや、日本に野生の虎はいなかったはずだ。辰美は口を塞いでカチカチと鳴る歯を食いしばって、やりすごした。
(早く行って…!)
幸い、気づかれなかったのに安堵して虎を見送ると、声をかけられた。
「あなたが辰美さんよね?」
優しげな女性の声音であった。虎の次は"天の声"なるものか?!
「ひっ」
コートを着た妙齢の女性。そんな彼女はぬらりと暗闇から現れた。
「こんばんは。」
「わっ!!」
あまりに唐突な表れ方に尻もちをつきそうになり、辰美は目をひん剥く。
「ごめんね、びっくりさせちゃって。私も辰美さんに会えるのを楽しみにしていたから、つい。」
くすくす、とライトブラウンの髪を揺らし彼女はわらう。三十代くらいの物腰おだやかな人といった、そんな雰囲気である。
「そ、そうなんだ。」
「ここでは有名人なのよ?あなた。」
短めです。




