辰美と稲荷神社の神使 9
リネンに案内されて路地をぬう。彼女は見慣れない"魔筋"の道をスイスイと進んでいく。
鬼気迫る相貌が第一印象だが、ジッと眺めれば彼女は白衣に似た上着のせいか知的な雰囲気を醸し出している。スラリと痩せた体躯からして、体育会系ではなさそうである。事実医者をしていると言っていたのだから、間違ってはいないのだろう。
物騒な猟銃を背負っていなければ、だが。
「そろそろ出口だ。よかったよ、何事もなくて。」
「はい。ありがとうございます…助けてくれて。」
「いやいや、助けなければならないんだ。だって辰美さんに用がある。…理由は明かすべきだろうが、今は時期じゃないな。」
「えっ。」
自らに用がある?辰美は背筋が寒くなった気がした。
今の所、こちらに寄って来る人物は怪しい者しかいない。犬人間といい、有屋といい…安心ならない。
「そんな疑い深い目で見ないでよ。私は魔法使いをしている、しがない町医者さ。」
「…魔法使いなんだ?」
「じゃないと式神に銃ぶっぱなさないだろう?ハハ、大丈夫。悪さはしないよ。辰美さんには」
ウインクをすると大通りを指さした。
「ほら、道案内おしまい。」
「あ、見たことある道。」
「じゃあ、ワタシは去ろうか。…多分、また会える。」
バイバイ、と手を振られ癖で振り返してしまった。慌てて腕を下げるもリネンは踵を返し、歩き出している。
(疲れた…。)
緊張の糸が解け、辰美は脱力する。腕に抱えられた神獣鏡の存在を思い出し稲荷神社へ向かわなければならないとさらに疲労感が募る。
一ヶ月ぶんの出来事と気力を使った気がする。(はあ。行かなきゃ…)
「持ってきたのね。」稲荷神社に向かうと、ヘッドライトがついている。山の入口に有屋が仁王立ちに近い姿勢で立ちはだかっていた。
「げ」
「コヤツ、話をきかんでな。一歩も退かないというんだ。」
隣でおじいさん狐が佇んでいた。彼もこまった様子で耳を伏せている。二人で何かしら話していたのだろうか?
「私が緑さんに渡すわ。とても貴重な物だから、壊されたりしたら困るもの。」
ズイ、と手を差し出され渋々渡した。
「はあ、絶対に渡してくださいね。」
「もちろん。これで町が救えるのなら。」
有屋は不機嫌な表情で鏡と勾玉を受け取り、風呂敷のバッグに入れると承諾した。散々振り回しておいてそれか。
「今回は私も大人げなかった、それについては謝るわ。だから貴方を家までおくっていく。いい?それに最近、悪い魔法使いが接触してきてるんじゃないかしら?」
「ま、まあ。」
(なんで知ってるんだろ…。)
有屋は軽自動車のロックを解除すると助手席を開けてくれた。
「気をつけるんだぞ。」
おじいさん狐が見送ってくれる。狐が親切に車を見送るなんて夢でも見ているようだ。
「ありがとう。」
雨合羽を脱いで助手席に乗り込むや、有屋がおじいさん狐に礼を言う。二人はどのような関係なのだろう?
一般的に、魔法使いと神使に接点はあるのだろうか?使い魔の動物ならまだしも、神の使いである。
分からない事だらけであるが、今は疲れきってシートベルトを閉めるしか出来なかった。
薄荷の清涼感のある香りが鼻腔を満たす。なんだか、いつだか嗅いだような気がする--。
「あなた、親は?あんなボロアパートに住むなんて反対されなかったの?」
車を発進させながら、有屋は聞いてくる。
「あはは……親とは仲が悪くて。」
(なんで家まで知ってるんだろ…。)
「栄養失調で孤独死されて、越久夜町を穢されたら困る。あなた、ちゃんとご飯も食べてないんじゃない?だったら私の別荘に来なさい。食事もたまに振舞ってあげるから。」
「え?だ、大丈夫です。」
いきなりなんて事を言い出すのだ?
(四六時中…か、監視されそう。)
「結界も張られているから、安心して過ごせるわ。」
「何かあった時に使わせてもらいます…。」
車は大通りにくると、数台とすれ違う。フロントガラスを流れていく雨粒が払われていくのを眺めながら、辰美は気まずさに手を握りしめた。
「地主神も悪い魔法使いにやられてしまった今、私たちの界隈ならば結界付きの別荘なんて喉から手が出るぐらいの条件だと思うけれど。」
「それ、悪い魔法使いの仕業じゃない。」
「…。」
辰美は鬼神の存在を打ち明けるか迷う。鬼神や悪い魔法使いを庇う訳ではないが、間違った情報がながれて状態が悪化するのは嫌だった。
緑や見水に悪影響が及ぶのは避けたいのだ。
「狛犬を壊したのは、地主神を倒してしまったのは鬼神…神社に鎮められていた怨霊なんだ。なぜ知ってるのかは、私が、鬼神と会ったから。」
「………。あの怨霊、目覚めたのね。」
有屋は前を見据えながら静かに言い放った。
「悪い魔法使いではなければ、考えを改めなければいけないわね。皆に言わなければ。」
(みんな?)
「これから目まぐるしくなると思うけど、何か進展したらまた会って情報交換をしましょう。」
「え〜…」
「えー、じゃない。それと稲荷神社へ定期的にお参りしてあげて。」
有屋はこちらを一瞥した。その瞳が一瞬、黄緑色に見える。
「有屋さんって、何者なの?」
「私は私よ。」
―――
雨合羽を抱えながら、アパートの階段を上る。カン、カンと耳障りな音が夜に響く。
辰美は疲れ果てた体でそのまま布団に入ってしまおう、とツラツラ考える。--この雨はいつまで続くのだろうか、とも。
「…?」
不意に空が煌めいた気がした。雲が光るわけがない、何かが煌めき正されたのだ。
「なんだろ?…ま、いいや。」
疲れには何も変えられない。
「辰美と稲荷神社の神使」はけれで完結になります。
読んでくださりありがとうございました。




