辰美と稲荷神社の神使 8
「それ以上人間に危害を加えたらぶっぱなすぞ。」
殺意を含んだ声音が意識を呼び戻す。手にはぬらりと奇妙で神秘的な光を放つ猟銃があった。
(鉄砲っ?!)
「バカバカしいッス。」
子供が鈴の音のような声音で返した。赤い目には確かに意思が宿っている。"人"の意思が。
手を離した子供はゆらりと体を起こし、不敵な態度で言い放った。
「そんな紛い物であっしを撃ちぬけるとでも?」
「黙れ。私は人ならざる者が大嫌いだ。人の口を持っている貴様の様相を見ると反吐が出る。」
焦げ茶の瞳が熱を帯び、ギラギラと闘志を燃やした。
「ハッ、人のくせに言葉が通じないようですね。」
「人以下の下賎な生物に会話する気などおきぬわ。式神が。」
「ならば、あっしもそれなりの態度をとろう。」
ガバッと口を開けるや牙をむき出しに首に噛みつかれそうになる。
「うわあああ!」
必死に子供を引き剥がそうとするも、後一歩で食いちぎられそうになった。
女性はついに銃をぶっぱなし、狙い撃ちしようとするも式神はピョン、と素早い動きで辰美から離れた。鈍い銃声。逃したのか、銃口を下げると舌打ちした。
「…大丈夫かい?」
「ひ、ひいっ!」
「私は敵じゃないし、なんなら人ならざる者じゃないよ。純正の人間、正しき人類。ほら」
手をさしのべられ、恐る恐る触れる。血肉のある人の温もり。-ーー肌の質感まで実態を感ずる、彼女は正真正銘の人間だ。
「あ、ありがとうございます。」
「畏まらなくていいよ。あたしはそんな人間じゃないのだから。」
「あ、はい。」
「辰美さんが探してたのはこれだろ?」
女性は神鏡と勾玉を手にしている。いつの間に拾ったのだろう?
「はい、ありがとうございます……」
「…ここは魔筋だ。厄災が通る道さ。あまりうろつくのはよろしくないね。まさかわざと迷い込んだのかい?」
「えっ、そうなんですか?!…危なかった。あの、あれは」
「式神だね。これを狙ってた。」
神獣鏡と勾玉を指差し、彼女はいう。
「式神…。」脳裏に赤目のカラスが浮かぶ。
「そうだ、私は町で医者をしているリネンという者だ。よろしく。」
強引に握手をされ、辰美は戸惑う。
「私は佐賀島…辰美、です。」
「うん。知っているよ。」
ニコリと白い歯で笑うリネンに胡散臭さを感じ、後ずさりたくなった。
「は、はあ。」
「うーん。どうも君にはアガシュの親戚か、それとも祖先がいるんではないか?それらしき気配がする。」
「アガシュ?」
「外国の邪視の力を持つ人ならざる者さ。君は邪視の力を持ってる。未確認生物排斥派のさらに過激派だったら、今頃これでバン!だ。」
アハハ!とツボに入る内容だったのか、快活に笑ってみせると銃をくるりと回して見せた。
「え?いや、目がおかしくなったのは高校三年生からでっ」
「ああ、後天性だって?変な話だな。」
「で、ですよねっ!」
「これ以上辰美くんをこわがらせたら、アタシは全知全能の神にキレられそうだ!……さ、魔筋から出よう。"出口"まで送っていくよ。」




