辰美と稲荷神社の神使 7
あれから骨董屋にたどり着くと、緑と別れ、教えてもらった道順で公民館に向かう。
さすがに日は沈んだのか暗くなり、街頭だけが頼りになる。懐中電灯を借りてくればよかった、と辰美は後悔する。
人気はまったくなく、やんわりとした雨音だけが暗い路地を占領している。どこらからか夕飯のカレーの匂いが漂ってきて、内心ホッとした。
(あ、あった。黄色い棒。)
公民館は住宅が集まった地域の中心にある。商店街からも近く、隣は駐車場で、黄色い棒が立って注意を促している-。
言われた通りの、平たい一階建ての小さな公民館があった。
緑はたまに地元民の集まりや、自治会の集まりに参加するから知っているとの事。
地蔵と板碑があるものの神社らしき物は見当たらない。携帯のライトをつけて照らしながら、周囲を気にする。もし不審がられたら一巻の終わり。田舎町で後ろ指をさされてしまうかもしれない。
駐車場の住みにある茂みに勇気をだしてわけ入ると、中くらいの木々に紛れて壊れかけた-ほんの小さな社があった。
長年忘れられているのか、今にも崩れそうである。
(神を信じなくなった時代だからって…。)
天鳥船という神様はこれをどう思うだろう。辰美は今日あった出来事を反芻しながら、社の扉をゆっくりと開けた。
「……。」
神鏡と古めかしい木箱が二つ、ちょこんと置かれていた。禍々しい気配はなくこれが例の神具だと察する。ソッと壊さぬように木箱から神獣鏡と勾玉を取り出した。
(よし。)
神獣鏡は手鏡よりは大きいが、重さも持ち運べないわけではない。木箱は社の物なのではないかと考え、持ち出すのはやめておいた。
そろそろと足早に公民館から去る。
ゴールデンタイムに差し掛かり、薄ら寒い空気が、背後から漂ってくる。自然と変な汗が垂れる。雨音しか聞こえない静けさがまた心地を悪くした。
行く先々にアスファルトに藁のような束がそこらじゅうに転がっている。
来たときはなかったはずだ。
(人ならざる者の時間だ。)
日が沈み、人間の安全な領域から魔が跋扈する危険な異界へと町は姿を変える。行きはよいよい帰りは怖い、その言葉が身にしみた。
神獣鏡をぎゅっと力を込め抱きしめる。サビつき濁った鏡面が皮膚を痛めつけた。
「あ」
街頭の光が路地の闇に影をつくる。
暗がりに古風な服装をした子供が雨に打たれていた。紫色の狩衣に近い、奇妙な衣服だった。
髪型も平安貴族の子供のような奇抜なもので、髪飾りがキラリと光を反射する。
灯りにてられた肌はやけに血の気がなく白い。
辰美はゴクリと唾を飲みこんだ。
人ならざる者ーー。
子供が振り向き、赤い目が反射した。血を垂らし込めた赤黒い双眸がこちらをとらえた。
「ヒッ!」
息を飲むのが早いか、子供がゾンビのように牙をむき出し、襲いかかってきた。
「ぎゃっ!」ガッチリと体を捕まれ、反動で地面に転倒してしまう。「やめて!」
神獣鏡と勾玉がアスファルトに落下する。
ガッと首を締められ、辰美は苦悶の表情を浮かべる。冷たい手の感触と人ならざる者の怪力に意識が飛びそうになった。
(ああ、もうだめかも--)
話の区切りを意識しながら投稿しているのですが、今のままで良いのか悩んでいます。




