辰美と稲荷神社の神使 6
「昔から祭具として鏡は重宝されてきましたから。」
ふうん、と辰美は頷く。
「そのアマノトリフネっていう神様が祀られてる神社はどこにあるの?」
「市街地にある小さな公民館という建物の横にある。」
おじいさん狐がそう答えると緑は驚いた様子で「知りませんでした。」
「我々と同様忘れられておるから。」
「…わかりました。後日改めて行ってみましょう。」
「ああ、行ってみておくれ。」
「え、今日行くんじゃないの?」
「雨が降っていますし、夜に山登りをするのは危険ですよ。」
日が陰ってきているのか、白んでいた辺りは暗くなってきている。
「まあ……。」
そんなこんなで今日は緑の自宅へ戻る事となり、神使たちとはお別れするとなった。すると去り際におじいさん狐が言う。
「辰美さん。ペンキでもいいから、次回は鳥居を赤く塗り直してくれんかね。」
「えっ!私が?」
「赤色は魔よけの効果がある。厳格に言えば朱色だが、まあ、よい。塗り直してくれればもう百人力だ。」
傾いた赤鳥居を眺めながら緑は言う。
「知り合いに神仏に詳しい、というよりその道の者がいるので稲荷社を修繕できないか聞いてみます。自治体にも呼びかけてみようかと。」
「緑さんにしては珍しいね。」
「神の使いに言われては、放って置けませんよ。」
「ありがたい!なんていい子なんだ?そなたには加護を授けよう。」
そういうと狐たちは再び感謝の礼をしてくる。辰美はそれをみて複雑な気持ちになった。信仰心の薄れた時代の物悲しさだ。
ゴミ袋を持ちながら二人は黙々と山を下る。雨は相変わらずしとしとと降り注ぎ、湿度のせいか全てが湿っているように感じた。
「ねえ、アマノトリフネってどんな神サマなの?」
純粋に頭に浮かんだ疑問を辰美は口にした。
「本来の名前は鳥之石楠船神といいます。古事記に登場する神様で、武御雷神の派遣の際に事代主神を交渉の場に連れてきました。船を神格化した神だと言われていましたよ、たしか。」
「へえ、物知りだね。緑さんは」
「いいえ、私も知らない事ばかりです。神話も祖父の書斎で知りました。」
緑は遠い目をしながら呟くように言った。
「この町はまるで一昔の世界のようで、他の地域より人々に信仰心がある気がします。じゃないとあの神使たちも存在していないでしょうね。」
「うん。私が住んでいた町も、神社やお寺は歴史的建造物って扱いだった。観光地としか私も認識してなかったし--あ」
見慣れない車が入口付近に停車している。ヘッドライトがついている事から乗り捨てられたわけではなさそうだ。
その近くに人影もある。
「うげ!なんでいんの?」
ようくみるとソレは有屋という女性だった。しゃないりとした体躯とキツめの双眸。有屋はいかにもご立腹といった様相で立ちはだかっていた。
「--貴方たち、神社に行くのはやめなさい。」
冷たい口調で彼女は言いつけてくる。
脳裏に狐が言っていた隷属紋の言葉が浮かぶ。高位の魔法使い-そうか、あの握手の際に感じた違和感は!
「なに?邪魔したいワケ?あたしに隷属紋とかいうのつけといてそれはなくない?」
辰美が食い下がる。「信用ならないからよ。」
「ちょっと待ってください。辰美さんとは知り合いなんですよね?あなた、何者ですか?」
「ええ、よく知っているわ。でも勝手な行動ばかりとられては困る。」
「天鳥船の神社に行かれては困る事でもあるのですか?」
「…辰美さん、あなたが行ってきなさい。」
「え?」
「勾玉と神獣鏡以外は触らないで。分かったわね?触ったら隷属紋で阻止するわ。」
「ハイハイ!分かりましたよーだっ」
挑発した返事に有屋がカチンときているのが伝わってくる。挑発したのだから当たり前であるけれど。
「なら、今から行きなさい。」
「は?」
「明日になるのは許さないわ。そんなに拝借したいのならば今からでも行きなさいよ。」
子供じみた怒りにさすがの緑も呆れ顔をしている。
「さあ、行けばいい。とっとと私の前から消えなさい。」
「ちょっと」あんまりな態度に口を挟もうとする、が、辰美は阻止した。意地っ張りに付き合う必要は無いのだ。手をひっぱって歩き出した。
「緑さん、こんなヤツほっといて取りに行こう。」
「アナタだけが行くのよ。いい?」
「分かったわよ!………はあ、じゃあ、公民館まで行ってくるから。」
「え、ええ。場所は分かりますか?口頭になりますが、簡単に教えますね。」
「ありがとう。本当…あの人なんなのよ?」
深呼吸して怒りを発散させると、疲れが押し寄せてきた。
「あまり関わらない方がいい気がしますね。」
二人はさらに降り積もる疲労感を拭えなくなり、たまだんまりとしてしまった。
日本神話をあまり知らないというか、有名な場面しか知らないので物語を書きながら「へー、知らなかった」となっています。
一応調べているのですが、これは違うんではないか?というのがありましたら是非とも。




